99話 それは誤解だ、言いがかりだ
昨日は朝四時に起きて、午前中は漁船で釣りを、午後はレストランで決闘をして、三人目の仲間ができた。
達成感と疲労、加えて睡眠をろくにとらずにいたせいで、次の日の朝はまったく起きられなかった。目覚ましのアラームを何度鳴らしてもまったく気付かなかったほどに爆睡し、ようやく目が覚めたと思ったら午前十時半。
夏休みだし、のんびりしたっていいじゃないか。毎日のように寝坊するならまだしも、朝四時から活動を開始して、それ以前は一睡もしなかった日ぐらいは大目に見てくれてもいいじゃないか。それぐらいの心意気でいたのだが、急に予定が変わってしまった。
「やっちまったな……やっぱり、通知来てる……」
恐る恐るスマホのホームボタンを押すと、大量のメッセージが一斉に現れる。ろくに目を通さないまま画面を消し、唸りながら寝転がる。
今辰巳息吹は家の中にはいない。吹奏楽部の練習で、高校にいるはずだ。帰ってくるのは昼過ぎと言っていたが、万が一にも遭遇してしまえばグチグチと言われるのが目に見えている。とにかく早く家を出て、こんな時間まで家にいたことを隠さなければならなかった。
事の発端は昨日の夜、家に戻ったときだ。CランクからSランクへと進化し三人目のネオ・ヘキサフリートとなった板橋茂吉と、夕飯をともにしつつたっぷりと話しながら長時間居座っていた三門玲司は、夜九時過ぎに家に戻った。
決闘を終えた午後五時の段階で、帰りが遅くなることと夕飯は済ませてくることは伝えていた。だから予定よりずっと遅くに戻ったことで叱られることはなかったのだが、そのときに衝撃を受けた。
イブキの中学からの友達でありレイジのクラスメイトである淡路小通から、彼女の元へ電話がかかってきていた。
明日、予定が入っていなければ付き合ってほしい。一緒に会ってほしい人がいる。というものだった。
本来は直接本人に聞くべきじゃないか。イブキはそう返したが、彼の連絡先を教えてもらってなかったので一緒に暮らしている彼女から伝えてもらおうとしたのだ。
バイトの予定を入れてないのを確認すると、イブキはレイジに連絡を入れずコミチに伝えた。どうせ暇してるから大丈夫だ。帰ってきたら伝えておくと返し、電話を切った。
しばらくして、イブキの元へレイジから電話がかかってきた。帰る時間は九時過ぎ、夕飯は食べてくる。それだけ聞くと電話を切ってしまい、コミチからの伝言を話すのを忘れてしまった。今度はイブキからかけたが、通話中で繋がらない。そこでメッセージを送らず放置したせいで、レイジは帰ってくるまで知らないままでいた。
「あっ、そういえばミチコから電話かかってきたんだった。」
「何であのとき言ってくれなかったんだよ! 知っていりゃあちゃんと寝てきたってのに!」
どうせ明日は休みだし、と考えて帰りの電車でろくに眠らなかったレイジは、また朝早くに起きられる自信などなかった。
コミチからの伝言の内容とは、明日朝十時に千都駅へ来てほしいとのことだった。これはレイジが帰宅後イブキのスマホからコミチに電話をかけて聞いたことだが、彼女が先月知り合った他校の女子高生二人、そのうちの一人はレイジと同じくドリームタウンから引っ越してきていた。
二人は煌ノ杯女子高校の生徒で、一年半前からの知り合いだ。能力者と認定されたのが二年前の一月、一人が中学二年の冬休みにこの島に来た直後だ。
晴れて同じ高校に通うようになってから二人はさらに交流を深め、コミチとは今年の六月に知り合った。
昨日三人で会っているなかでレイジの話が出てきて、彼のことを悪夢だとかゴキブリだとかボロクソに貶す彼女にムッとしたコミチは、彼のクラスメイトであることをばらしてしまった。
あいつと関わるとろくなことがないと言う彼女、吉川青空澄に対抗して、明日彼女には内緒でレイジを連れてくることにしたコミチは、彼の予定を聞きに電話をかけてきたという。
会いたくない。けれども約束を破れば何て言われるか分かったものじゃない。コミチの信頼も裏切り、アスミにはさらに悪い印象を持たれる。
時間を守るには、七時には起きなければならない。けれどもそんなに早くは起きられない。もっと早くに知っていれば、早くに帰ってきたし電車の中でも寝ていた。
会わなければ、起きなければ。頭では分かっていながら、段々と瞼が重くなる。気がついたときには予定の起床時刻を大幅に過ぎてしまい、この世の終わりを告げられたような気分になっていた。
一方で昨日の二人と集まり、フードコートで閑談していたコミチはレイジからのメッセージを見た。
『今起きた。一時頃着く。』
二人に気付かれないように、時間をメモしてスマホを閉じた。十時にここに来て三時間も滞在するのは難しい話だった。
「そろそろゲーセン行かない?」
「お昼はここがいいわ。私、めったに来られないもの。」
コミチはなんとかして二人をここに残らせようとする。フードコートに残る必要はない。この建物さえ出なければ、うまく合流に持ち込むことができる。あまり知らない町、知らない店で合流を図るより、安全で確実な方法をとりたい。そんな考えのコミチの挙動がアスミには怪しくみえたが、移動を取り下げて席に残った。
「あっ、あいつのアカウントはっけーん。」
アスミはハッシュタグを付けて適当にコメントを眺めていたところ、レイジの後頭部と思われるアイコンを見つけた。タップしてそのアカウントがアップロードした画像や動画を見るとドンピシャ。まさしくレイジ本人で、昨日呟いていたこともそれに食いついた周りの反応も丸分かりだ。
「……なんか満喫しててムカつくわ。」
誰にも反応してもらっていないだろうと憐れんで見たところ、頻繁に返信や拡散がされていた。コミチはそのアプリを入れていないのでレイジがどんなことをしているのか知らず、気になったためアスミのスマホを覗き込む。画像といいプロフィールといい、そのアカウントは紛れもなくレイジそのものだった。
「昨日も言ったけど、レイジはあなたが言うような悪い人ではないわ。」
「ずいぶん肩入れするのね。ただのクラスメイトなのに。まあ、どうせあいつが猫被っているのだろうけど。」
こんなに知り合いができるなんてあり得ないと思っているアスミは、またいつでも検索できるようにレイジのユーザー名をメモ帳に保存した。登録すればすぐに見ることができるが、そのことはレイジにも知られてしまう。
呟き状況が見れればいいので、見ることができる状態にあることは彼には知られないようにした。
「レイジ、くん……?」
「何? もしかしてあいつに興味があるの!?」
「ち、違うよ。コミチもその、気になる人ができたのかなって……」
一緒にいた少女、西浦あかりは二人の言い合いを聞きながら、無意識のうちにレイジの名前を呟いていた。彼女は彼と面識がないが、二人はよく知っていること、そしてそれぞれ譲れないものがあることを知って、置いてきぼりではいられなくなったのだ。
昨日も似たような会話をした。この三人で遊んでいたら、コミチがレイジの同じクラスであることを知られ、知り合いだとは夢にも思わなかったアスミと険悪なムードになってしまった。そんな人ではないことを証明するべくオフレコで会わせることになった。
「彼は前に私を助けてくれた。悪の組織に、立ち向かったのよ。」
突拍子のないコミチの発言に、二人は一瞬理解が追いつかなくなる。
コミチは三ヶ月前の出来事、小湊原高校に突如やってきた謎の組織、永遠の夜について語った。
周囲を夜に変える能力を持つ彼女をターゲットとし、高校周辺が真っ暗になりほとんどの人が眠ってしまった。レイジは他校の知り合いの能力者とともに対抗し、その身を犠牲にする覚悟で黒幕を撃破、事態は事なきを得た。
「……それで惚れたってこと?」
「そこまではいかないわ。彼の目は、もっと上を見据えているもの。」
助けるくらいは当然のこと。むしろ助けるのではなく強さを証明し認めてもらうことが彼の原動力だと語る。昔のレイジの悪事の動機と似ていると気付いたアスミは、レイジの思考に納得がいき疑うのを止めた。
「そろそろお昼にしない?」
十時に集まってすぐにスイーツを頼んだため、十二時を過ぎてもテーブルから動かずにいた。しかしもうすぐ一時になり、お腹の空いてきた頃合いだった。
コミチは現在時刻を確認し、こっそりレイジと連絡をとる。予定通り、五十分頃に着くとのことだった。
一人ずつ順番に席を離れ注文することとなり、最後にコミチが行くことになった。空いた席に荷物を置いて席を離れ、テラスへ続く出口の方へ向かう。駅から来る分には遠回りだが、他の入口から入れば見つかってしまうためこちらへ誘導した。ドアの前ではすでにレイジが待っており、中からは見えないように隠れて連絡をとっていた。
「相変わらず日傘差してるんだな。こんな涼しい店の中で。」
「うん。じゃあ、入って。」
コミチはレイジの手を引き、傘の中に入れる。頭が入らないので少し手を持ち上げなければならなくなり、腕がつらくなる。
「つらいんなら無理にするなよ。俺は別に日傘なんてなくても平気だから。」
レイジは夜に選ばれた者の一人。コミチの能力によって機動性や判断力が強化されるが、日差しを浴びてはいけないという弊害はない。コミチも同様だが、常にエネルギーを溜めておくためにどこでも日傘を差すようにしておくのがポリシーだ。
「所構わず耀とくっついているのを見せつけられるのも癪だったのよ。
本人はいないし別に気にしなくていいんじゃない?」
遅れたことは気にしているようだ。クラスメイトの一ノ宮耀と付き合っているのを知っていて、わざとやっている。土壇場の連絡とはいえ知っていながら起きられなかったレイジは自分に非があることを自覚し、諦めて傘に入れさせてもらった。そんな事情など知らない周囲の客からは覚めた目で見られているが、気にしている場合ではない。
「ちょっと注文届くまで待ってて。」
後一分といったところか。コミチの頼んだサラダ付きパンケーキ。傘のせいで片手が塞がっているが、閉じるのではなくレイジと二人で皿を持ち運ぼうと考えている。
「傘は俺が持つから、皿はお前一人で持て。」
コミチはきょとんとするが、レイジは持ち手から彼女の手を引き剥がす。ただでさえフードコートで相合い傘をしている状況なのに、片手ずつ出し合ってパンケーキを運んでいたら疑う余地のないバカップルだ。
赤の他人に見られるだけならまだしも、中等部までの知り合いに見られるのは勘弁してほしい。
そんな騒ぎはアスミたちの耳にも届いた。彼女の位置からは顔は見えないが、傘の中で二人がバタバタしているのは確認できた。変な人に絡まれているのではないかと直感し、アスミは席を飛び出した。
「まずい、逃げ……」
アスミの接近に気付いたレイジはそこから離れようとしたが、顔面に被せるようにコミチは傘を振り下ろした。顔が引っ掛かりもたついていたところ、アスミにその姿を見られてしまった。
「レイジ……何やっているの……」
アスミは驚愕しているとふと我に帰り、コミチの手を引きレイジから離れさせた。
「待って! 彼は私が呼んだの!」
レイジを睨むアスミに、コミチは強く呼び掛ける。騒ぎが大きくなってしまったが一人残されたアカリは荷物を置いて席を離れるわけにもいかず、困惑していた。
「一年と……半年ぶりだな、アスミ。」
「何しにきたの。」
レイジに代わってコミチが訳を話す。アスミはここに長時間残していた訳に気付くと、ひとまず彼女を連れて席へ戻った。レイジはすぐそばで中華そばを注文し、カウンター席に座り完成を待った。
「コミチ、今日集まったのって……」
「レイジに会わせるためよ。」
アスミはバンとテーブルを強く叩き、荷物を持って席を離れようとした。
「行こう、アカリ!」
「ええっ、頼んだのはどうするの!?」
アスミはピタッと足を止めた。さっき大声を出したのもあり、こっそり腹の虫が鳴る。アスミは顔を赤くして引き返し、再び席に着いた。
「おーい、忘れ物だ。」
レイジに声に反応し警戒するアスミをよそに、コミチの前にパンケーキの皿を置いた。彼女の預かった呼び出しベルが鳴り響いていた。店員が鳴らしたがコミチは気付いていないと知ったレイジは、彼女に代わって料理を受け取っておいた。そして今度はベルを手に取り、店に返しにいった。その後はアスミたちの前には現れず、自分のカウンター席に戻り麺を啜り始めた。
しばらくして、レイジのスマホにコミチからのメッセージが届いた。
こっちの席に来てもいいとのことだった。




