98話 圧倒する辛党と葛藤する甘党
「ごふっ、ひっでぇ味だ。」
フォークに巻いて一口咥えるだけで、玲司は噎せた。ひとえに甘ったるくて、噛めむほどに口いっぱいに広がる。すぐさまグラスを手に取ってジュースを飲むと、数回深呼吸して心を落ち着かせようとした。
「うん、前と変わってないね。」
向かいの席に座る憩も、届けられたそれを見て前変わっていつようには見えなかったことから薄々勘づいていたが、実際その通りの味をしていた。
ストロベリーハンバーグ。このレストラン特有のメニューで自信作のようだが、とてもそうは感じられない。
「気に入ってくれたか?」
一段落つき手が空いた茂吉は、味の感想を聞きにこの卓へとやって来た。
「デザートとして食いたかったよ。何でハンバーグと混ぜちゃったんだ?」
「それじゃあ普通じゃないか。」
いつまでも普通ではいられない。それが一レストランとして生き残っていくための戦いだそうだ。
「そうだ。モキチ、今日は何時まで入っているの?」
「五時ぐらいかな。もう少ししたら上がれる。」
今が四時五十分。順調に食べていければ、二人が店を出るタイミングでモキチも手が空くだろう。
「じゃあ待たせるわけにはいかないね、レイジ。」
「いっそこいつにも手伝ってもらいたいところだけどな。」
ペースを上げようと考えるだけで、両手のシルバーが震え出す。体全体が目の前の料理を拒んでいるのだ。
「もうあれだ、味を変えてやる!」
レイジは席を立ち、シロップやタバスコ、砂糖など、自由に取れるものは数個ずつ集めて戻ってきた。そしてハンバーグを一欠片皿に取り、ゆっくりと混ぜる。最初はタバスコだ。
「面白そうだから動画撮っていい?」
「別にいいけど。」
レイジはカメラに目を向けることなく、ハンバーグを口に運んだ。先ほどの甘さに加え、少しピリッとした刺激が走る。
「もう少し……」
タバスコを七滴ほど付け足したところで、再び小口サイズの肉をフォークで刺し、口に入れた。
「あっ、美味しい……」
一言目の感想はこれだった。甘さと辛さが程よく合わさり、独特な味を生み出している。
「これならなんとか食えそうだぜ。」
「んー、もういいや。これ以上面白くはならなそうだし。」
期待していたような反応は得られないと思い、イコイは撮影を止めた。彼がどんなリアクションを求めていたのか分かっており、それを見越して多少過度に付け足したのだが、裏目に出てしまったのだ。
「そんなことないって。タバスコ入り苺ハンバーグって感じでアップすれば絶対話題になるって。」
「それで自爆するところも撮れたら最高だったんだけどね……レイジ、もちょかけてみない?」
そんなに人を笑い者にしたいのか。それなら席を立ったらその隙にかけまくってやろうと企んだが、イコイは警戒していて席を立たまいと考えている。
「うちの料理で遊ばないでくれるかな?」
一部始終を見ていたモキチは、再びテーブルへとやって来た。
「お前も食ってみろよ。これが意外と合うんだ。」
レイジはもう一切れ盛りつけるとタバスコ十滴をかけ、フォークを新たに取って渡した。ピンク色のソースが赤く染まっていく。見ただけで美味しくないと分かりながらも、新しいメニューのアイディアが浮かぶかもしれないのでひとまず口にしてみた。
「ごふっ、ひっでぇ味だ。」
最初にレイジがそのまま食べたときとまったく同じ反応を見せたので、イコイは思わず吹き出してしまった。一方レイジは真顔。どうしてモキチが本気でそう言ったのかが理解できなかったためだ。
そしてその瞬間、レイジとモキチは直感した。今この場で、どちらが正しいか白黒つけなければならないということを。二人の目から火花が飛び散った。
「ちょっと話し合いたいことがあるから顔貸してくれないか。」
「奇遇だな。俺も同じこと考えていたところだ。」
レイジはモキチを残して席を立ち、店の外へ出ていった。モキチは制服姿のまま、レイジの前を歩いて入口へと向かう。
「ちょっと二人とも、どこ行くつもり!?」
「大丈夫、すぐに片付けてすぐに戻ってくるから。」
イコイは自分まで席を離れるわけにもいかなかったので、困惑しながら一人座って残った。すると窓の外に、今出ていった二人の姿が見えた。
「いい機会だ。予定通り、お前をぶっ飛ばしてやるよ。」
「この前は相談に乗ってくれてありがとう。できれば直接話もしたかった。でもこの話は別だ。」
向かいあって五メートルほど離れた二人は、今まさに勝負を始めようとしている。お互いが納得のいく決着をつける。それはすなわち、文字通りの決闘だ。
モキチは能力‘’で、創造したお玉を両手に持った。レイジは対抗して両手にサバイバルナイフを構える。
先に仕掛けたのはモキチだ。お玉を振り回し殴りかかるが、レイジは刃の面で受け流す。金属同士激しく打ち合う音が響く。
攻撃のリズムを見切ると、レイジは受け止めたまま押し返した。バランスを崩したモキチは尻餅をつき両手も地面に着けて顔面が無防備になると、眼前にナイフの刃を向けた。
「勝負あったな。」
唇を震わせ俯くモキチ。しかし彼はまだ、諦めてはいなかった。
「さすがに打ち合いならレイジに分がある、か……でも、モキチの真価はここからっ……」
店の中から様子を眺めるイコイは、モキチが再び立ち上がるのを待っていた。
「食らえ!」
お玉の先端から、水が噴き出す。レイジは咄嗟に顔を反らし頬を掠める程度に衝撃を和らげると、一度距離を取った。
これがモキチの能力の真髄。両手から調理器具を創造し、そこから水を噴き出すことができる。水流の太さは道具のサイズに応じ、威力と噴射方向は可変だ。
二つの水流が、レイジの体を捉えた。しかしそれは体には直撃しない。彼が握っている二本のナイフによって防がれているのだ。
「その程度か。」
水流を受け止めながら、レイジは前進する。退けるためにモキチは軌道を変えていくが、レイジは動きをシンクロさせて対応する。両者の距離は縮まる一方だ。
モキチの眼前で勢いそのままに両手を振り下ろし、刃先が体に直撃した。足を止めてブレーキをかけ、背を向け合う体勢になってしばし硬直した。
カランカランと、お玉が落下する音がした。モキチは片膝を地面に着いた。
「まだだ……まだ……」
なおも食らいつこうとするモキチの頭にフラッシュバックが起こった。
『能力が目覚めたんだって!? 初めてじゃん! 凄いなぁ……』
中学二年になったときか。同期の中では初めての能力者、そしてそこから一ヶ月の間は一際高い評価を与えられていた。
しかし、彼を凌駕する能力者が次々と現れた。後から目覚めるほどに、上に立たれてしまう。今ではもう、自分と同格の能力者が現れても驚かれない。
悔しかった。先に目覚めていながら、どうやっても追いつけないことだ。それでも諦めたくはない。できることを増やしたかった。
けれども、その諦めのなさが、一生ものの傷を残した。
モキチは両手の手袋を外した。左手の甲には火傷の跡がある。
「俺は昔、熱湯をも飛ばせないかと試してみたことがあった。それでこのザマさ。」
キッチンで水を加熱し、それを飛ばしてみようとしたとき、自分で出した水ながら制御ができなかった。少し浮かせたところで落下し、その一部が左手を巻き込んだ。
「けれども最近、自力で冷水を熱湯に変えられるようにもなった……飛ばせたことはない。怖くてできなかったから……でも!」
「覚悟はできたってことか。」
失敗すれば、また火傷するかもしれない。けれどもリスクを冒してでも戦わなければ勝てない。葛藤の末、覚悟の扉は開いた。
「なら……やってみろ!」
レイジは走り出し、間合いを一気に詰めた。予期せぬ襲撃に、モキチは動揺を見せる。瞬時に熱湯を使う判断はできず、咄嗟にできたのは新たに鍋を造り出して防ごうとすることだけだった。
モキチは相手に鍋の底を向けるが、持ち手を狙って振り上げたナイフの衝撃で弾き飛ばされてしまった。完全に無防備だ。
「怖がっているのか。それではいつまでも変わらないぞ。」
「俺は……負けたくない!」
モキチは再び左手に鍋を造る。さっきのような半寸胴鍋とは違う、片手鍋だ。次にイメージし、冷水を熱湯に変える。失敗すれば、また怪我をするかもしれない。けれども迷っていては進めない。強くなるには迷ってるだけではいけない。
次の瞬間、鍋の底から火柱が上がった。地面に向かって伸びると、モキチの周りを囲うように炎が広がった。思いがけない出来事に、レイジも一度退却した。
「嘘ぉ!? 大丈夫なのか、あれ!?」
イコイは席を立ち、窓ガラスに顔を近づける。炎に包まれているのは確かだが、モキチは苦しんでいるようには見えなかった。
能力というものは、突発的に目覚める。多くの能力者は一度目覚めたらそこからランクは上がることはないが、稀に昇格する者が現れる。その条件は未知で、あるかどうかも確かとはいえない。しかし現に存在し、そして今、生まれた。
「お前……進化したのか……」
「分かるか……感じるよ、新しい能力……」
モキチは水だけでなく炎も生み出せるようになった。その証拠に、彼の左手の甲にあった火傷の跡が跡形もなく消えている。炎使いは体が熱に強くなるから、火傷することはなくなる。
「これで……怖いものなどなくなった。」
調理器具に水を溜めつつ、底の裏側から炎で熱すれば熱湯が作れる。そして今はもう、火傷を恐れることはない。モキチは確信した。今なら熱湯もコントロールできると。
「……続けるか?」
「当然。」
二人は頷き合うと、再び決闘を始めた。炎と水を同時に発生し、熱湯と化した水流がレイジ目掛けて襲いかかる。さっきと同じく流れを読んでナイフで受け止めに入るレイジだが、面からはみ出した熱湯の粒が降りかかってしまい堪えきれない。
「くそっ、これが進化した能力か。」
「まだまだ! このぐらいで熱がられると困る!」
今度は炎を直接レイジに向ける。炎の束が直進し、体目掛けて放たれるがそれもナイフで受け止める。
「炎が鉄に聞くか! その程度の容器で堪えられる炎なら、こっちでも余裕よぉ!」
炎を受け止めつつ、走って迫る。炎を切り裂くようにナイフを振り下ろすが、モキチは地面に向かって水流を放ち、その反動で飛び上がった。
レイジはモキチを見上げ、そこからの襲撃に備える。モキチは空中で再び炎を出し、レイジに向けて放った。
しかしやはり炎は鉄に効かない。銀なんてもっての他だ。しかし狙いはそこではない。熱せられた空間に冷水を浴びせれば、一帯は蒸気で覆われる。
今度は冷水を放出し、それもナイフに止められる。しかしナイフとその周囲の大気が急激に冷やされ、レイジの周りは真っ白い水蒸気に覆われ周りが見えなくなった。
「これで……終わりだぁ!」
モキチは両手に片手鍋を持ち、水蒸気の中に飛び込んだ。落下しつつ両手同時の金属打撃で決める。これで止めだ。
「……俺に奇襲は効かない。」
レイジは二つの鍋をヒラリと避けた。直接は見えない。けれどもモキチの心を読めば、位置とタイミングは分かる。食らえば痛い一撃だが、それさえ当たらなければもう何も怖くない。
攻撃を外し、水蒸気の中でレイジを見失い辺りを見渡すモキチの背後から、瞬間的二刀流の斬撃。
モキチは意識を失い、横に倒れ込んだ。心が読めなくなり、勝利を確信したレイジはナイフをしまい、彼の方を振り返った。
しばらくしてモキチは意識を取り戻し、直前の出来事を思い返した。
「勝負は、俺の勝ちだな。」
見上げた先にはレイジの姿。息は切らしているが、体はほとんど無傷だった。
「くそっ、これでも勝てなかったか……」
拳で地面を殴り、悔しがるモキチ。彼にかけるべき言葉は、強かったとか惜しかったとか、慰めの言葉ではない。言われたところで彼のためになることなど、一つとしてないからだ。
「今のお前はまだ、あのSランク六人衆には敵わないかもしれない。けど、そいつらと同じ土俵、Sランクになれたのは事実だ。」
正確な評価は、測定を受けないと分からない。しかし同じ立ち位置にあるレイジの直感が、モキチの今の強さを現段階評価のCランクではなくSランク並だと告げていた。
「そうか……俺もようやく、並ぶことができたのか……」
「そこで一つ、提案があるんだが。」
レイジは右手を差し出した。
「モキチ。俺たちと組まないか? 三人目のネオ・ヘキサフリートになってくれないか?」
「新しいヘキサフリートね……いいぜ。俺だって、あいつらに負けてられねえ。」
モキチはその手をしっかりと掴み、レイジに引っ張られて腰を上げた。
「これからよろしくな。」
「こちらこそ、よろしく。」
和解が済んだところで、イコイは店の中から拍手を送る。その音に気づいた二人は彼の横にあるハンバーグのことを思い出した。
「仕方ない。俺があれを食う。」
「いや、そのことはもういいさ。お前も新しく頼めよ。そのまま一緒に夕飯食べようぜ。」
モキチはふっと笑い、手袋をはめ直して店の中へ戻っていった。
「……さて、あいつに電話しないとな……」
レイジはトークアプリから電話をかけて、用件を伝えると店に戻った。




