96話 能力者の起源
釣りの時間は終わり、獲物の調理に取りかかった。タイ、ヒラメ、ハタ。様々な種類の魚が並んでいくが、玲司の釣った物は一つもない。自分の手によって殺められることがないという意味では結果的には良かったのかもしれないが、こうして食卓に着いて他の人の心の声を聞くと、物足りなさを感じてしまう。
「……俺、帰ってもいいかな?」
「釣れなかったからって食べられないわけじゃないから! それにまた来ればいいことだよ。」
露骨に気分が沈んでいるレイジに憩はフォローを入れるが、彼の瞳は黒く濁ったままだ。
「お、美味しい……やっぱり自分で獲った食糧の味は格別ね……」
「追い討ちをかけないでくれるかな?」
対する息吹は真っ先に食らいつき、イコイの言葉を気にすることなくバクバクと食べ尽くしていった。朝食は朝四時と早いうちに済ませたというのもあり、イブキに限らず二人もすっかりお腹を空かせていた。釣りというものは意外と神経を使うもので、特にレイジは久々に体を動かしたのでくたくたに疲れている。
「別にいいし……実家に帰ればもっと豪華な食事が毎日待っているし……」
「負け惜しみのつもりでも、そんなこと言われると腹が立つわ。居候の癖に。」
レイジは先にふっかけてきたのはイブキの方だと言い返そうとしたが、周りを気にして自分を抑えた。せっかくの食事会なのに、些細なことでいがみ合っては目も当てられない。
「もうじきその居候じゃなくなる……かもしれないし、つかそろそろ家族の一員としてみてくれねえか?」
「ふん。私にとってはあの三人が家族よ。あなたを除いた三人がね。」
受け入れ先の夫婦と、職場を共にし隣のアパートに住む男性の三人のことだ。イブキにとってはレイジが来る前の四人でいたときの空気が好きだったのだろう。
「その気持ちは分かるぜ。俺にとっても、家族がすべてだからな……」
レイジは一度箸を置き、昔の出来事を思い返した。右目が見えない頃は、父は見向きもしてくれなかった。欠陥品、失敗作、そう思われていた。けれどもあの日を境に彼の人生は大きく変わった。右目に宿った悪夢の能力、人の夢を叶わなくさせる能力を得た代わりに、彼は右目が見えるようになった。障害を消したレイジはもう失敗作ではない。どれだけ周りの人間に嫌われようとも、父親に認めてもらえればそれで満足だった。
「家族っていえば、あなたの家族構成って聞いたことなかったわね。兄弟とかいるの?」
「そういや話したことなかったっけ? 兄が一人いて、両親とで四人家族。一応、四人だ。」
イブキとイコイは驚いた様子だった。彼らはともに一人っ子。この代の能力者は一人っ子がほとんどで、年の離れた兄弟がいるのは珍しいようだ。知る限りだと同い年の妹がいる渡とその幼なじみに同い年の兄弟がいる。現在は姓が異なるが、春桜と冬雪も同い年の姉妹だ。
一応、四人という言い回しになってしまったことについては、誰にも告げず街を出て、今は存在を隠していることからレイジの存在が抹消された三人家族になっているかもしれないということで流した。
「ごちそうさまでした。」
完食したレイジたちは港を後にし、駅へ向かって歩いていった。道は分かっているからついてきてもらわなくても大丈夫だとイコイは言っていたが、レイジも駅へ行ってそのまま電車に乗るつもりでいたので二人は揃って駅への道を進んだが、そうなると一人で家に帰ることになるイブキは寂しくなり駅までついてきていた。駅まで来たところでそこから家までは一人で戻ることになるということは二人とも気づいていたが、あえて伏せていた。
「お世話になったね。それじゃあ、またいつか。」
「夕飯の時間には帰ってこれたら帰るからよろしくー。」
イコイはイブキに手を振り、改札を抜けていく。レイジは眠たそうにしながら曖昧な伝言を残していった。
「気をつけてよね。あなた一睡もしていないんだから。」
レイジは余計なお世話だと不満を抱きつつも、黙って駅のホームへ向かっていった。
「おおっ、すごい食いつきだ。釣りだけに。」
レイジはさっきのタイラバで撮った写真や動画をSNS上にアップロードし、知り合いの反応を見ていた。時おりコメントを送られ、その都度返信していった。平日の昼下がりとはいえ夏休み真っ只中。暇にしている知り合いも多い。
「この島に来たばかりだっていうのに、ずいぶんよそに知り合いがいるんだね。」
「まあ、それなりにな。」
きっかけは入学してすぐの頃。能力測定で十人目のSランクにして頂点となったレイジの噂を聞いてやって来た能力者たち。彼らとの出会いが、人脈の拡大へと繋がっていた。
「それより、本当に茂吉に会いにいくのかい?」
「ああ。降りる駅は同じだから、万が一寝ていたら起こしてくれ。」
寝過ごす心配をしていながら、今のうちから寝ておこうという気はなさそうで、レイジはずっとスマホを弄っていた。ここから乗り換えまでの一時間は静かな車内でゆっくり寝られるにもかかわらず、手を止めるような気配が見られない。それだけ周りの反応も大きいのだ。
「ヤバい、バッテリーが……」
レイジはポーチからポータブル充電器とケーブルを取り出した。普段は家の中で操作するので電池の消耗はもっと遅いペースなのだが、電車の中ではそうもいかない。
「あのレストランって充電できる席ってあるのか?」
「あるけど充電用じゃないよ。ノートパソコン以外での使用は禁止されてる。」
レイジは持ってきた充電器が思ったほかもたないと思い、スマホの画面を暗くした。このペースでは充電器のバッテリーを使い果たしたうえで確実に家まで持たない。極力消耗は抑えたかったが、今もなお通知の嵐は止まらない。
「しゃーない、通信切っておくか。」
レイジはスマホそのもののデータ通信を止めた。これならバッテリーの消費を抑えることができる。メッセージも届かなくなるが、やむを得ない。バッテリーがなくなっては遅いのだ。
「何か話すか?」
「いや、寝た方が……」
イコイの助言も虚しく、レイジは断固として寝ようとはしなかった。あまつさえ寝たらすぐ起こせと言う。
しばらく無言が続いて、イコイが口を開いた。
「風の噂で聞いたんだけどさ、小湊原高校……だっけ? 一ヶ月前、君の高校にとんでもない能力者が現れたって耳にした。それで人騒ぎあったって聞いたけど、良かったら話してくれないか?」
イコイの通う高校にはSランク以上の一年生がいないので、騒ぎのあった日、すなわち文化祭二日目の土曜日には誰も来ていなかった。イコイが聞いていたのは今までの能力者が為す術なく新たな能力者に敗北していったこと、今までの四人のS+ランクを凌駕する存在となっていたことだけだったので、一体その日に何があったのかは詳しく知らなかった。
「……恐ろしい奴さ。初見殺しにも限度がある。間違いなく、最強の能力者だった。」
文化祭一日目に突如現れた能力者。イブキ、そして翌日にはかつて頂点に君臨しレイジも一瞬で返り討ちにされたこともある白さえも打ち破った別次元の存在。それだけに彼女……星香は自身の能力を過信し、隙を突かれて敗北した。同時期に発生したタイムリープにより、レイジは合計七回交戦しすべて勝利はしたものの一瞬足りとも気を抜けなかった。
しかし今となってはその存在は圧倒的な恐怖とは呼べない。その原因は、決してその能力が衰えたというものではない。彼女を越える、または比肩する能力者が続々と現れたことによって、セイカ一人に恐れるものでなくなったためなのだ。
「でも本当に怖いのは、あいつだけじゃないってことなんだよ。測定結果見たろ? Sランクは俺以降増えていないのに、S+ランクは四人も増えたんだぜ。」
残る三人、セイカ以外の三人も、レイジは面識がある。玄、浪郁、そして郁爽。彼女たちは皆、この島随一の名門私立高校の生徒だ。特にその中で最強と称されるハルカのことは前々から耳にしており、かつてのSランクの頂点に君臨した華燐が目も合わせられないくらいに怯えてしまうほど驚異的な存在であった。
「うちの高校にもSランクがいればなー。俺はAランク止まりだし、なかなか難しい話かもしれないけど……」
確かに今となっては緊急時に出動するのはSランク以上の生徒だ。そのためにレイジは今、Sランク以上のメンバーを集めている。Aでは駄目だ。ボーダーラインはSランク。そんなイメージが確立している裏では、かつて第一線で活躍していたAランク以下の生徒は出番がなくなってしまった。経験の差で能力の差を埋められなくなってしまったのだ。
そのSランク以上の生徒のいない学校では、島のトラブルに関わる機会がなく情報を得ることができなくなってしまう。イコイの通う高校は今、そのような状況下にあった。
「でも、AからSに上がった奴もいる。可能性がないとは言い切れないぜ。」
とはいえレイジの知る限り、該当者は未来ただ一人だ。AからS+へ上がったのなら香李もいる。彼女たちは能力者となった三ヶ月後には昇格しているが、それ以上経った人に可能性がないというわけではない。
「何だろうね。強くなるための引き金。能力の発現自体、突発的なものだと言われるけど、さらなる覚醒には何らかの秘密があるんじゃないかって思う。」
「ランクの壁を越えるんだからな。特別なことだとは俺も思う。」
レイジもまた、ランクの壁を越えようと努力している。そして格上の存在、十四哉とイブキに勝利してもなお、Sランク止まりという立ち位置は変わらなかった。そもそもランク分けというのは単純な強さの序列というわけではないことは分かっている。人と人との相性、勝負内容の得手不得手。一点に特化した基準でなく総合的なものとして評価されるから、もっと革新的な変化が訪れない限りその先へ進むことはない。
そんな革新的な変化を体感せず、無能力者からいきなりS+ランクへ上がった者ばかりなのは皮肉な話だ。
「その辺の話なら、誰よりも長く能力者やってるモキチに聞くのがベストだと思う。ちょうど中学二年に上がったときだったかな? この代で能力者が現れたのは。」
「それでも二年前か。速いもんだ、時代の流れっていうのは。」
レイジが島に来たのもすでに五ヶ月近く昔の話になった。その半年足らずの期間にも、目まぐるしい変化のラッシュだった。
「そうそう、例の文化祭のハプニングの続きに戻らないとな。」
セイカに続くS+ランクのラッシュのおかげで話が脱線してしまった。帰結したのだ。最初の能力者が登場し、今に至るところで。
「俺も直接見ていたわけじゃないんだが、セイカの暴走を未然に防ぐために白たちが駆けつけたんだ。まさに最強VS最強。世紀の一戦となっても不思議じゃない大激突だったんだが、戦いの結果は一方的なものだった。」
正確にはキヨシは負けたわけではない。あらゆる攻撃は無に帰され、逆に味方を巻き込んでしまった。それがセイカの策であり、彼は勝負の続行でなく即時撤退を選んだ。その撤退によって被害を食い止められたことがその後の勝利の突破口に繋がったのだが、事実上キヨシの敗北だった。
「あのキヨシが……噂は本当だったんだ……」
「あいつは立ち位置に拘るようなタイプじゃない。セイカに続いて現れた三人の能力者のこともすぐに受け入れたのだろう。」
夏休みに入ってからはキヨシとはまだ一度も顔を合わせていないが、レイジはたびたびメッセージのやりとりはしている。そのときに、新たなる最上位能力者、ナミカとイクサの話をしたがさほど気にしていなかった。相対的に下がることで彼のプライドに傷がついたとか、何事もなかったかのように追い越していく彼女たちを憎んでいるとか、そんなことはなかった。
「それを話せば、モキチも気持ちが楽になるかもね。」
「多分な。けど、それはあいつの心次第ってところでもある。」
イコイも知らない心の奥。けれどもレイジはそれを聞かずして知ることができる。今までは人を傷つけることにしか活かさなかった、人の心を読む能力。けれどもそれは、この島に来てからは誰かのために使うようになった。
ひょっとしたら、それがレイジのS+ランク昇格を妨げとなっているのではないか。そんな考えが一瞬、彼の頭を過った。




