第二章・二十六 「三年前の出来事」
その場の空気が変わった。
三年前。
ヴェルグ樹海の奥。
消えた街道。
偶然にしては出来過ぎている。
護衛長も足を止めたまま女性を見る。
アイリスも同じだった。
「詳しく聞かせて」
アイリスが言う。
女性は少しだけ迷った。
しかしやがて覚悟を決めたように頷く。
「私がまだ新人商人だった頃の話」
隊列はそのまま移動を続ける。
立ち止まり続ける方が危険だからだ。
ただし全員の耳は女性へ向いていた。
「その頃も護衛付きの商隊だった」
「今より人数は多かったけど」
女性は前方を見る。
まるで当時を思い出しているようだった。
「途中で魔物に追われたの」
ヴェルグ樹海らしい話だった。
誰も驚かない。
「逃げて」
「逃げて」
「逃げ続けて」
一度言葉を切る。
「気付いたら古代街道へ出ていた」
ユウマは足元の石畳を見る。
今自分達が歩いている場所。
三年前も同じだったのだろう。
「そこで見たの」
女性の声が少し小さくなる。
「その跡を」
全員が地面を見る。
石畳に残る巨大な引きずり跡。
新しいもの。
しかし女性が見たのは別だ。
三年前のもの。
「その時はもっと大きかった」
ケイが顔をしかめる。
「これより?」
「うん」
嫌な話だった。
今の跡だけでも十分大きい。
それ以上。
想像しづらい。
「それでどうなった?」
護衛長が聞く。
女性は少し沈黙した。
そして。
「追い掛けた人がいた」
全員が顔を上げる。
「追い掛けた?」
「宝だと思ったの」
苦笑混じりの声だった。
「古代遺跡かもしれない」
「珍しい魔物かもしれない」
「価値のある素材かもしれない」
冒険者なら考えそうな事だった。
だが。
「二人行った」
風が吹く。
樹海が静かになる。
「帰ってこなかった」
誰も何も言わない。
それだけで十分だった。
「探したの?」
ミナが尋ねる。
女性は頷く。
「探した」
「半日」
「一日」
「二日」
そして。
首を横に振った。
「見つからなかった」
死体も。
荷物も。
武器も。
何も。
まるで最初から存在しなかったように。
その言葉にユウマは妙な違和感を覚えた。
何かが引っ掛かる。
だが正体は分からない。
その時だった。
アイリスが口を開く。
「その話」
「私も聞いた事がある」
全員が振り向く。
「知ってるのか?」
ケイが聞く。
アイリスは頷いた。
「樹海の噂話として」
「古代街道の先へ行った人間は戻らない」
軽い口調ではなかった。
本気で言っている。
「じゃあ本当に何かあるのか?」
「分からない」
またその答えだった。
分からない。
ヴェルグ樹海にはそれが多い。
だから怖い。
その時だった。
ユウマはふと前方を見る。
そして立ち止まりそうになった。
「……あれ」
視線の先。
木々の隙間。
少し離れた場所。
何かが見えた。
石だった。
いや。
石像。
人の形をしている。
「アイリス」
ユウマが呼ぶ。
全員がそちらを見る。
そして。
空気が変わる。
石像だった。
苔むしている。
半分以上が樹木に飲み込まれている。
だが。
確かに人の姿をしていた。
「なんだこれ……」
ケイが呟く。
誰も知らない。
少なくともユウマ達は知らない。
だが。
アイリスだけは目を細めていた。
「おかしい」
「またかよ」
ケイが思わず言う。
アイリスは石像を見つめたまま答える。
「こんな場所にあるはずがない」
風が吹く。
木々が揺れる。
そしてユウマは気付く。
石像の向いている方向。
それが古代街道の先を見ていた事に。
まるで。
何かへ導く道標のように。




