第二章・二十四 「届かない手」
沢での休憩を終えてから、さらに一時間ほどが経っていた。
ヴェルグ樹海は相変わらず薄暗い。
頭上では巨大な枝葉が幾重にも重なり、昼だというのに夕方のような明るさしかない。
足場も悪かった。
木の根。
岩。
斜面。
少し油断すれば足を取られる。
隊列の進む速度も自然と遅くなる。
誰も文句は言わなかった。
言える雰囲気ではない。
ユウマは前を歩きながら、さっきの話を思い出していた。
助けに戻れない。
その現実。
頭では理解している。
理解はしているのだ。
だが。
納得はできなかった。
もし。
もう少し強ければ。
もし。
アイリスと同じくらい戦えたら。
もし。
樹海王や群れを恐れなくて済むほどの力があったなら。
結果は変わったのだろうか。
考えても答えは出ない。
それでも考えてしまう。
その時だった。
「まだ気にしてるの?」
隣から声がした。
ミナだった。
ユウマは少しだけ苦笑する。
「顔に出てた?」
「少しだけ」
ミナも苦笑した。
しばらく二人で歩く。
風が吹く。
木々が揺れる。
遠くで何かの鳴き声が響く。
やはり落ち着かない。
「助けたかったよ」
ユウマは小さく言った。
ミナも黙って頷く。
「うん」
「俺達と変わらないもんな」
旅人。
商人。
護衛。
この世界の住人。
昔の自分なら違ったかもしれない。
ゲームのNPC。
そう考えていたかもしれない。
だが今は違う。
セイルで暮らした。
笑い合った。
食事をした。
泣いている人も見た。
家族を失った人も見た。
恐怖で震える人も見た。
彼らは生きている。
自分達と何も変わらない。
だからこそ苦しい。
助けられなかった事実が重い。
「悔しいね」
ミナが言う。
「うん」
それ以上の言葉が出てこなかった。
その時だった。
前方を歩いていたケイが振り返る。
「お前ら」
珍しく真面目な顔だった。
「悔しいのは分かる」
ユウマもミナも顔を上げる。
ケイは少しだけ視線を逸らした。
「でもよ」
一拍。
「死んだら意味ねぇだろ」
単純な言葉だった。
ケイらしい。
飾り気もない。
だが。
不思議と胸に残った。
「俺だって助けたかった」
ケイは続ける。
「でも無理なもんは無理だ」
戦斧を肩へ担ぐ。
「だから強くなるしかねぇ」
それだけ言うと前を向いた。
ユウマは少し驚いていた。
普段は大雑把で。
食べ物と武器の事ばかり考えているように見える。
だが。
ちゃんと分かっている。
自分達と同じように。
悔しいと思っている。
そして。
前を向こうとしている。
その時だった。
アイリスが突然立ち止まる。
全員も反射的に止まった。
緊張が走る。
しかし今回は魔物ではなかった。
アイリスは前方を指差している。
「見て」
全員が視線を向ける。
そこには。
古い石畳があった。
「石畳?」
ミナが目を丸くする。
樹海の中。
木々に覆われ。
半分以上が土へ埋もれている。
それでも確かに道だった。
人工物。
人の手で作られたもの。
「なんだこれ」
ケイも驚いている。
護衛長が近付く。
しゃがむ。
石を触る。
「かなり古いな」
苔むしている。
所々崩れている。
しかし幅は広い。
昔は立派な街道だったのだろう。
「知らないの?」
アイリスが少し驚いた顔をする。
「有名よ」
「そうなのか?」
「ええ」
アイリスは石畳の先を見る。
樹海の奥へ続いている。
まるで飲み込まれるように。
「古代街道」
聞き慣れない言葉だった。
「古代街道?」
「昔の王国が作った道」
周囲が静かになる。
古代。
王国。
その単語だけで少し胸が高鳴る。
冒険者なら誰でもそうだろう。
「今は?」
ユウマが尋ねる。
アイリスは少しだけ苦笑した。
「今は誰も使わない」
「なんで?」
「途中で消えるから」
全員が固まった。
「は?」
ケイが素っ頓狂な声を上げる。
「消える?」
「そう」
アイリスは頷く。
「樹海の奥で道が終わる」
「地図にも載ってない」
「どこへ続いていたかも分からない」
風が吹く。
古代街道の先。
樹海の奥。
そこは暗かった。
昼なのに。
妙に暗い。
ユウマはその先を見つめる。
この道はきっと。
何かがある。
そんな予感だけが胸の奥に残った。




