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第一章・八 「鍛冶通り」



 レグナス中央水路から少し外れると、

 街の空気は少し変わる。


 観光客向けの灯りが減り、

 代わりに工房系の魔導灯が増えていく。


 赤橙色の火光。


 鉄を打つ音。


 蒸気。


 焼けた金属の匂い。


 夜だというのに、

 鍛冶通りはまだ賑やかだった。


「相変わらず暑いなここ……」


 カナタが首元を引っ張る。


 鍛冶通りは海風が届きにくい。


 工房の炉熱と蒸気が混ざり、

 夜でも妙に温度が高かった。


「鍛冶街だからな」


 ガイは慣れた様子で歩いている。


 周囲にはプレイヤーも多い。


 大剣を背負った重装プレイヤー。


 ローブ姿の魔導職。


 素材袋を抱えた生産職。


 露店を開いている者もいる。


『深層産素材買います!』


『海竜鱗高価買取!』


『侵食装備鑑定します!』


 空中UI看板が、

 夜の通りへ大量に浮かんでいた。


 完全没入型VR用の簡易表示機能。


 昔よりかなり自然化されているが、

 プレイヤー街では今も普通に使われている。


「この辺ほんとMMOって感じするよな」


 ミコトが周囲を見回した。


「生産職多いと街感ある」


 ユウマも頷く。


 Astral Ringは、

 戦闘だけのゲームじゃない。


 装備製作。


 魔導炉管理。


 素材加工。


 薬学。


 料理。


 輸送。


 建築。


 生活系プレイヤー達が、

 この世界そのものを支えている。


 だから街が生きて見える。


 背景じゃない。


 ちゃんと、

 “人が暮らしている場所”

 に感じるのだ。


「うわ、

 あれ見ろ」


 カナタが通りの先を指差した。


 巨大モニター。


 空中投影広告。


【緊急海域イベント開催まで

 あと12時間】


 青白い光が、

 夜空へ浮かび上がっている。


 その周囲では、

 大量のプレイヤー達が騒いでいた。


「報酬まだ隠してんのかよ!」


「絶対深層海域来るって!」


「限定船だろこれ!」


「いや新職解放じゃね?」


 熱気。


 期待。


 祭り前夜みたいな空気。


 大型イベント前特有の高揚感が、

 街中へ広がっていた。


「この感じ、

 久々だな」


 カナタが笑う。


「サービス初期思い出す」


「分かる」


 ミコトも頷いた。


 Astral Ringは長寿ゲームだ。


 だが、

 未だにこういう熱狂がある。


 未知エリア。


 未公開報酬。


 深層海域。


 まだ誰も知らない景色。


 それがこのゲーム最大の魅力だった。


 サービス二十年以上。


 それでも。


 未踏領域が増え続けている。


 普通では有り得ない。


 だがAstral Ringでは、

 それが当たり前だった。


「お、

 あそこ」


 ガイが指差す。


 石造りの古い工房。


 入口には青銅色の看板。


【ベラルド工房】


 横には小さく。


【鑑定・呪装解析】


 の文字。


「いたいた」


 ミコトが苦笑する。


 工房前。


 小柄な老婆が椅子へ座り、

 煙管をふかしていた。


 白髪。


 片目眼鏡。


 煤だらけの革エプロン。


 住民。


 昔なら、

 プレイヤー達はこういう存在を

 “NPC”

 と呼んでいた。


 だが今では、

 その呼び方を嫌う者も増えている。


 Astral Ringの住民達は、

 あまりにも自然過ぎた。


 怒る。


 笑う。


 酒を飲む。


 喧嘩する。


 時間経過で関係性も変わる。


 中には、

 長年同じ店を続けている者までいる。


 まるで本当に、

 この世界で生きているみたいに。


「なんだい、

 またあんた達か」


 老婆が煙を吐く。


「今日は何持ってきた」


「変異種ドロップ」


 ガイが魔晶石を見せた。


 老婆の目が細くなる。


「……ほぉ」


 次に、

 ユウマの短剣を見る。


 その瞬間。


 老婆の視線が少しだけ変わった。


「そっちは貸しな」


 ユウマが短剣を渡す。


 老婆は無言で受け取った。


 指先が刀身を撫でる。


 青紋様。


 刃。


 柄。


 刻印。


 そして。


 小さく眉を動かした。


「……海淵系か」


「分かるの?」


 ミコトが聞く。


「長く鍛冶屋やってりゃね」


 老婆は立ち上がった。


「中来な」


 工房の扉が開く。


 熱気が流れ出した。


 炉の赤光。


 壁一面の武器。


 天井へ吊るされた魔導ランプ。


 金属と油の匂い。


 中央には大型作業台。


 その上へ、

 老婆は短剣を置いた。


 青白い魔導灯を点灯させる。


 紋様が浮かび上がった。


「やっぱりねぇ」


 老婆が呟く。


「侵食進んでる」


「当たり?」


 カナタが聞く。


「半分当たり、

 半分ハズレ」


「怖い言い方やめろ」


 老婆は煙管を咥え直した。


「元は普通の短剣だ。

 だが長期間、

 深海域の高濃度魔素へ晒されてる」


 キィン――。


 老婆が刀身を軽く弾く。


 澄んだ音が響いた。


「魔素循環癖が付いてるね」


「循環癖?」


 ユウマが聞き返す。


「装備が魔素を覚えるのさ」


 老婆は当然みたいに言った。


「長期間、

 特定環境に置かれた装備は変質する。

 属性化もするし、

 稀に持ち主へ合わせて伸びる」


「成長装備系?」


 ミコトが少し身を乗り出す。


「近いね」


 老婆はユウマを見る。


「特に海淵系は、

 感覚型へ寄る事が多い」


 ユウマは少しだけ眉を動かした。


「察知。

 間合い。

 気配読み。

 回避。

 そういう類いだ」


 老婆は短剣を返した。


「相性は悪くなさそうだよ」


 ユウマが柄を握る。


 冷たい。


 なのに妙に馴染む。


 まるで、

 最初から自分の手にあったみたいに。


「名前とかある?」


 カナタが聞く。


「今はまだ無い」


「まだ?」


「侵食装備は、

 長く使われると名前持つ事がある」


 工房の炉が爆ぜた。


 赤火が揺れる。


「昔、

 深層探索者が持ってた装備にも、

 そういうのがあったよ」


 老婆は煙を吐く。


「まるで生き物みたいにな」


 その言葉に、

 ユウマは短剣を見つめた。


 どこか妙な違和感。


 静かな存在感。


 ただのレア装備とは、

 少し違う気がした。


「――まぁ、

 今は飯だろ飯!」


 空気を変えるように、

 ガイが笑った。


「腹減った!」


「結局そこかよ」


「戦闘後の飯は正義だろ」


「それは分かる」


 工房を出る。


 夜風。


 鍛冶街の熱気。


 遠くから聞こえる祭りの音。


 レグナスの夜はまだ眠らない。


 水路沿いへ戻ると、

 飲食露店がさらに増えていた。


 焼き魚。


 海鮮串。


 蒸し貝。


 香辛料の匂い。


「やば……

 腹減る」


 ミコトが呟く。


「このゲーム、

 飯テロ性能高すぎるんだよな」


「無駄に作り込みエグい」


 カナタも笑う。


 実際、

 Astral Ringの料理系は有名だった。


 温度。


 匂い。


 食感。


 全部再現される。


 ただのゲーム飯とは思えない。


「席空いてる!」


 ガイが露店席へ走る。


「子供かお前は」


 ミコトが呆れる。


 だが笑っていた。


 四人は露店席へ座った。


 港夜景。


 揺れる灯り。


 潮風。


 行き交うプレイヤー達。


 誰もが、

 イベント前夜の熱気に浮かれている。


 その中で。


 ユウマだけは、

 ほんの少しだけ違和感を感じていた。


 街は賑やかだ。


 空も綺麗だ。


 みんな笑ってる。


 なのに。


 何かが静か過ぎる。


 波の音。


 風。


 空気。


 その奥で。


 何かが、

 じっとこちらを見ているような感覚だけが、

 胸の奥へ薄く残っていた。

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