第一章・六十二 「旅支度」
目を覚ました時。
鐘楼内部へ差し込む光は、
もう完全に昼だった。
「……っ」
ユウマはゆっくり目を開く。
白い天井。
静かな部屋。
鐘楼内部の仮眠室。
昨夜、
そのまま全員限界で倒れるように眠った記憶がある。
身体を起こす。
まだ少し重い。
だが。
昨日までの死にそうな感覚はかなり薄れていた。
【ユウマ HP:61%】
「……結構戻ってる」
自然回復。
食事。
休息。
鐘楼加護。
全部重なった影響だろう。
その時。
ガチャ、と扉が開く。
「お、
起きたか」
ケイだった。
そして。
腰には新しい武器。
黒鉄色の片手戦斧。
短めの柄。
重量と機動力を両立した、
前衛向きの武器だった。
だが。
問題はそこじゃない。
ケイがめちゃくちゃ嬉しそうだった。
「……何その顔」
「別に?」
ケイはニヤニヤしながら、
わざと斧を肩へ担ぐ。
「たまたま俺だけ、
超カッコいい武器手に入っただけだけど?」
「絶対見せびらかしたいだけだろ」
「違うが?」
違わない。
ケイはわざわざ斧を抜く。
ギィン。
無駄に光らせる。
「これ見ろよ。
重心バランスめっちゃ良い」
「近い近い近い!」
ユウマは慌てて避ける。
「室内で振るな!」
「大丈夫だって。
軽いんだぞこれ」
「昨日まで短剣だった奴の台詞じゃねぇ!」
「進化したんだよ俺は」
「一晩で!?」
そこへ。
ミナが眠そうな顔で部屋から出て来た。
髪が少し跳ねている。
「……朝からうるさい」
「もう昼だぞ」
「えっ」
ミナが固まる。
「そんな寝てた!?」
「全員気絶みたいなもんだったしな」
ケイが笑う。
その後ろから、
セレナも静かに現れた。
銀髪は少し整っているが、
まだ完全には疲労が抜けていないらしい。
それでも、
昨日より顔色はかなり良かった。
「……少しは休めたみたいね」
その時。
ケイがまた無駄に斧を見せる。
「見ろよセレナさん。
これ絶対俺向きだろ」
「まだやってたの……」
「いやマジで振りやすいんだって」
「室内で振らないで」
「はい」
一瞬で怒られていた。
ユウマは思わず吹き出す。
昨日まで、
死ぬかもしれない状況だったのに。
こうして笑ってるのが、
少し不思議だった。
やがて。
一行は鐘楼を出る。
外へ出た瞬間。
「……おぉ」
ユウマは少し目を見開いた。
セイルの街が、
昨日とはかなり変わっていた。
焦げ跡は残っている。
崩れた建物もある。
だが。
街はもう動き始めていた。
荷車。
資材運搬。
修復作業。
露店再開。
商人達の呼び声。
港区では、
既に漁船まで動き始めている。
「すげぇな……
もう復旧してる」
ミナが感心したように呟く。
セレナが静かに答えた。
「セイルは商業都市だから」
「止まると街そのものが死ぬのよ」
昨日の地獄みたいな状況が、
嘘みたいだった。
もちろん、
全て元通りじゃない。
怪我人も居る。
焼け跡も残っている。
それでも。
人は前へ進いていた。
港市場を歩く。
潮風。
焼き魚の匂い。
鍛冶屋の音。
商人達の値切り声。
活気が戻り始めている。
ユウマは少し周囲を見る。
こういう空気、
嫌いじゃなかった。
「まずは換金ね」
セレナが言う。
「旅に出るなら、
資金は必要よ」
一行は素材買取所へ向かう。
木製カウンター。
大量の素材箱。
忙しそうに査定する店員達。
ユウマ達は回収していた素材を並べていく。
まずはレイヴンハウンド素材。
赤黒い魔晶石二つ。
鋭い牙素材。
青黒い毛皮素材。
獣人店員が少し眉を上げた。
「レイヴンハウンドか。
新人にしちゃ悪くねぇな」
さらに。
グラヴォルフ素材。
巨大な深紅色の魔晶石。
黒灰色の外殻素材。
カウンターへ置かれた瞬間、
周囲の視線が少し集まる。
「おい……
グラヴォルフ討伐か?」
「マジかよ」
店員まで驚いていた。
「これ、
お前らがやったのか?」
「まぁ……
ギリギリで」
ユウマが苦笑する。
実際、
本当に死にかけた。
店員は深紅色の魔晶石を持ち上げる。
「しかもデカいな。
状態も悪くねぇ」
査定額が表示される。
銀貨が積み上がっていく。
ケイの目が輝いた。
「旅資金きたな」
「全部武器に使うなよ?」
「信用低くね?」
「昨日から斧しか見えてないからな」
「失礼過ぎる」
ちなみに。
グランゼル討伐素材については、
既にセイル復旧資材として譲渡済みだった。
巨大魔物素材は、
鐘楼補修や結界維持資材として優先徴収されたらしい。
ケイは戦斧用のメンテ道具を真っ先に買っていた。
油。
研磨石。
携帯工具。
やたら真剣。
「楽しそうだな……」
「武器は男のロマンだからな」
「絶対今テンション上がってるだけだろ」
「否定はしない」
ミナは旅用バッグを選んでいた。
保存食。
水筒。
携帯鍋。
布寝具。
簡易食器。
「これ必要かな?」
「旅するならかなり大事だと思う」
ユウマも食器類を見る。
ゲームだった頃には、
意識もしなかった物ばかりだ。
でも今は違う。
本当に旅をする。
本当に生きる。
その感覚が少しずつ現実になっていく。
その時だった。
「おー。
やっぱ居たか」
聞き覚えのある声。
振り向くと、
リュードだった。
相変わらず大柄。
筋肉。
威圧感。
だが今日は少し疲れた顔をしている。
「リュードさん」
「街出るんだって?」
どこかで話を聞いたらしい。
ユウマは頷いた。
「友達探しに」
「……そうか」
リュードは少し黙る。
そして。
小さく笑った。
「まぁ、
お前らなら何とかしそうだな」
「雑な信用だな」
ケイが苦笑する。
リュードは肩を竦めた。
「昨日生き残った時点で、
十分大したもんだろ」
その言葉には、
少しだけ本音が混ざっていた。
リュードはユウマを見る。
「外は街より危険だ。
気ぃ抜くなよ」
「……はい」
「あと」
リュードはケイを見る。
「その斧バカ、
暴走したら止めとけ」
「誰が斧バカだ!!」
「お前以外居ねぇだろ」
市場通りへ、
少し笑い声が広がる。
潮風が吹く。
空は青い。
昨日までの地獄みたいな夜が、
嘘みたいだった。
でも。
ユウマ達は知っている。
この世界は危険だ。
簡単には死ぬ。
帰れる保証もない。
それでも。
少しだけ。
旅へ出る高揚感があった。




