第一章・四十八 「選別」
倉庫奥の空気が、
重く淀んでいた。
大型倉庫の中は薄暗い。
崩れた荷箱。
積み上がる食料。
漂う海と埃の匂い。
そして。
倉庫奥へ閉じ込められていた避難民達。
子供。
老人。
港作業員。
十人以上。
全員が怯え切った顔をしている。
「ぅ……」
「た、助けて……」
縛られたまま震える子供を見て、
ミナの顔が青ざめた。
「なんで……
こんな事……」
黒外套の男は、
平然としていた。
まるで大した事じゃないみたいに。
「騒がれると面倒だからな」
フード奥。
赤いUI光が揺れる。
ユウマは短剣を握る。
その瞬間。
指先へ妙な汗が滲んでいる事に気付いた。
【ユウマ HP:29%】
低い。
肩の痛みも残っている。
でも。
それ以上に。
今、
ユウマの胸を締め付けていたのは別だった。
相手は人間だ。
モンスターじゃない。
レイヴンハウンドとも、
グランゼルとも違う。
自分と同じロスト。
同じ人間。
ユウマは無意識に息を呑む。
ゲームなら。
ただの敵NPCだった。
HPを削れば倒せる相手。
でも。
今目の前に居るのは、
本当に呼吸している人間だった。
血が流れて。
言葉を喋って。
怒って。
笑っている。
その相手へ、
刃を向ける。
その現実感が、
急に胸へ重く圧し掛かって来た。
その時だった。
倉庫入口側から、
怒鳴り声が響く。
「いたぞ!!」
巡回兵達だった。
リュードを先頭に、
数人の兵士が駆け込んで来る。
その瞬間。
渡り鴉側の空気が変わった。
後方のロスト二人が、
即座に武器を抜く。
短剣。
片手剣。
迷いが無い。
慣れている。
ユウマはそれだけで分かった。
この連中は、
人を相手に戦った事がある。
リュードが低く言う。
「投降しろ」
男は笑った。
「嫌だって言ったら?」
「叩き伏せる」
短い返答。
だが。
本気だった。
倉庫内へ、
張り詰めた沈黙が落ちる。
その時。
中央の男が、
小さく肩を竦めた。
「……お前ら、
まだ街側なんだな」
「何?」
ケイが眉を寄せる。
男は笑う。
「新入りロストは、
最初みんなそうだ」
赤い光が揺れる。
「住民守って。
街助けて。
正しい事して」
その声が少し低くなる。
「でも結局、
ロストが死ぬ時、
街は何もしてくれねぇぞ?」
ユウマは少しだけ言葉に詰まる。
今日。
自分達は死にかけた。
グランゼル相手に。
確かに。
街のために。
でも。
だからと言って。
だからと言って、
この人達みたいになるのは違う。
その時だった。
片手剣を持ったロストが、
避難民側へ歩く。
そして。
泣いていた子供の首元へ、
刃を突き付けた。
「っ……」
空気が凍る。
小さな少女が、
涙を流しながら固まる。
「や、やめて……!」
ミナの声は、
ほとんど悲鳴だった。
だが。
ロスト側の男は笑う。
「動くなよ」
その一言で、
巡回兵達も止まる。
完全な人質。
ユウマの喉が乾く。
怖い。
本当に。
怖かった。
モンスターと戦うのとは違う。
相手が人間だと、
こんなにも身体が動かなくなるのか。
もし。
自分の攻撃が、
人を殺したら。
その考えが頭を過ぎる。
十七年間、
普通に生きて来た。
学校へ行って。
妹と話して。
ゲームして。
そんな自分が。
今、
人へ刃を向けようとしている。
ユウマは短剣を握る手へ力を込めた。
震えている。
情けないくらいに。
その時。
視界端で、
子供が小さく泣いた。
「お、お母さん……」
その声が、
ユウマの中で何かを変えた。
怖い。
でも。
見捨てたら、
この子は死ぬ。
それだけは分かった。
中央の男が、
ユウマを見る。
「選べよ」
「……何を」
「ロスト側で生きるか」
赤い光が揺れる。
「街側で死ぬか」
その言葉は、
脅しみたいだった。
でも同時に。
この世界の現実でもある気がした。
ユウマは奥歯を噛む。
ゲームだった頃なら。
こんな事、
考えもしなかった。
敵を倒して。
クエストクリアして。
それだけだった。
でも。
今は違う。
痛みも。
恐怖も。
命も。
全部本物だった。
その時。
ユウマの感覚が、
短剣使いの重心移動を捉える。
来る。
避難民を盾に、
突破する気だ。
ユウマは息を吸う。
怖い。
それでも。
ここで動かなければ、
きっと後悔する。
ユウマは地面を蹴った。
【《瞬脚》】
加速。
肩が軋む。
痛みが走る。
でも。
今は止まれない。
短剣使いが目を見開く。
「っ!?」
ユウマは真正面からではなく、
僅かに横へ踏み込む。
視線誘導。
重心ずらし。
そして。
【《空閃》】
銀閃。
ガギィィィィン!!
火花が散る。
ユウマの短剣が、
少女へ向いていた刃を弾き上げた。
「なっ……!?」
短剣使いの体勢が崩れる。
その隙だった。
リュードが一気に踏み込む。
「はぁぁぁッ!!」
重い斬撃。
片手剣使いが咄嗟に後退する。
空気が爆発したみたいに動き始める。
巡回兵達も突入。
怒号。
金属音。
悲鳴。
倉庫内の戦闘が、
本格的に始まった。




