第一章・四十六 「渡り鴉」
夜の港倉庫区画。
海風が、
積み上がる荷箱の隙間を吹き抜けていた。
揺れる魔導灯。
濡れた石畳。
遠くから聞こえる波音。
だが。
その空気は、
どこか妙に張り詰めている。
ユウマは暗い屋根上を見つめたまま、
小さく息を吐いた。
【ユウマ HP:29%】
肩が痛む。
アクセルを無理に連続使用したせいだ。
裂傷部分が熱を持っている。
まだ全然治っていない。
回復結晶でHPは戻っても、
身体はちゃんと悲鳴を上げる。
その感覚が、
逆にこの世界の現実味を強くしていた。
「……“渡り鴉”って何ですか」
ユウマが聞く。
セレナはすぐには答えなかった。
夜風が銀髪を揺らす。
その青い瞳は、
黒外套が消えた屋根群を静かに見つめていた。
やがて。
小さく口を開く。
「ロスト集団です」
「集団?」
ケイが眉を寄せる。
セレナは頷いた。
「正確には、
そう呼ばれている人達」
リュードが低く舌打ちする。
「厄介な連中だ」
その声には、
明確な嫌悪感が混ざっていた。
ユウマは少し驚く。
セレナやリュードほどの人間が、
ここまで警戒する相手。
ただの盗賊ではない。
その時。
港倉庫区画の奥側で、
再び怒鳴り声が上がる。
「食料箱が無い!!」
「誰か持ち出したぞ!!」
巡回兵達が走り回る。
混乱はまだ収まっていない。
避難民達の空気も悪い。
恐怖。
焦燥。
疑心暗鬼。
それらが、
街全体へ広がり始めている。
セレナは静かに言った。
「“渡り鴉”は、
こういう混乱へ入り込みます」
「何のために?」
ミナが不安そうに聞く。
「物資。
情報。
ロスト勧誘。
色々です」
「勧誘?」
ケイが嫌そうな顔になる。
セレナは頷いた。
「長くこの世界に居ると、
壊れる人も居ます」
その言葉で、
少し空気が静かになる。
医務区画で聞いた話を、
ユウマは思い出していた。
UIが消える。
現実感覚が薄れる。
この世界へ適応していく。
その先で。
もし本当に、
元の世界との繋がりを失ったら。
その時。
人はどうなるのか。
リュードが腕を組む。
「奴らは、
街と国家を嫌う傾向が強い」
「なんで?」
「管理されるのを嫌うからだ」
低い声。
「特にロストはな。
帰れなくなった時点で、
色々壊れる奴も多い」
その言葉は重かった。
ユウマは無意識に、
自分の視界端を見る。
【ユウマ HP:29%】
まだUIは見えている。
それだけで、
少しだけ安心する自分が居た。
その時だった。
路地奥から、
小さな泣き声が聞こえる。
「……ぅ……」
全員が反応する。
リュードが即座に剣へ手を掛けた。
「誰だ」
返事は無い。
ただ。
暗い路地奥で、
小さな影が震えていた。
ミナが不安そうに言う。
「子供……?」
ユウマは慎重に近付く。
崩れた木箱。
積み荷。
その隙間。
そこへ、
一人の少年が蹲っていた。
十歳くらいだろうか。
薄汚れた服。
痩せた身体。
涙目で震えている。
「大丈夫か?」
ユウマが声を掛ける。
少年はビクリと肩を震わせた。
かなり怯えている。
その時。
ユウマの感覚が、
妙な違和感を拾う。
視線。
まただ。
どこかから見られている。
その瞬間。
少年が小さく呟いた。
「……来る」
「え?」
ユウマが聞き返す。
少年は震えながら、
暗い倉庫奥を見ていた。
「“鴉”が……」
その言葉と同時だった。
ガンッ!!
突然。
港倉庫区画全体の魔導灯が揺れた。
次の瞬間。
いくつかの灯りが一斉に消える。
闇。
「なっ……!?」
周囲がざわつく。
「灯りが!?」
「何だ今の!?」
港倉庫区画の半分が、
一気に暗くなる。
その暗闇の中で。
一瞬だけ。
複数の赤い光が揺れた。
まるで。
闇の中から、
こちらを見つめる目みたいに。
ミナが小さく息を呑む。
「……何あれ」
セレナの表情が僅かに変わる。
「下がってください」
その声は、
さっきまでより鋭かった。
リュードも剣を抜く。
金属音が夜へ響く。
「巡回兵!!
警戒態勢だ!!」
港倉庫区画の空気が、
一気に変わる。
ただの混乱じゃない。
ユウマの感覚が、
そう告げていた。
暗闇の奥。
赤い光が、
ゆっくり揺れる。
そして。
誰かの笑い声が、
夜の港へ静かに響いた。




