第一章・四十三 「夜の港倉庫区画」
夜の潮風は少し冷たかった。
港町セイル中央区画。
医務区画を出たユウマ達は、
石畳の坂道をゆっくり歩いていた。
夕焼けは既に消え、
街には橙色の魔導灯が灯り始めている。
港側からは、
波音と人々の喧騒が混ざって聞こえていた。
【ユウマ HP:34%】
【ケイ HP:37%】
【ミナ HP:61%】
医務区画で休息した事で、
HPは少し回復している。
だが。
身体はまだ重かった。
肩も痛む。
踏み込む度に、
裂傷部分が熱を持つ。
それでも、
さっきまでより遥かにマシだった。
ケイが歩きながら肩を回す。
「うっわ……
まだ普通に痛ぇ……」
「無理に動かさない方がいいですよ」
セレナが前を歩きながら言う。
銀髪が夜風で揺れていた。
青い外套。
腰の細剣。
歩き方に無駄が無い。
この世界へ来て三年。
その言葉通り、
セレナはもう完全に“こちら側”の人間に見えた。
ユウマはその背中を見る。
強い。
でも。
どこか疲れているようにも見える。
その時。
ミナが小さく呟いた。
「……本当に行くんだ」
「今さら断れないだろ」
ケイが苦笑する。
「街ぐちゃぐちゃだし」
実際。
セイルの被害はかなり大きかった。
崩れた建物。
砕けた石畳。
壊れた屋台。
運ばれていく負傷者。
まだ泣いている子供も居る。
グランゼル一体で、
ここまで街が壊れる。
ユウマは改めて、
この世界の危険さを実感していた。
その時だった。
通り沿いの露店から、
焼けた魚の匂いが漂って来る。
「焼きたてだ!!
安いぞー!!」
活気ある声。
ユウマ達が少し驚く。
「……営業してる」
「港町だからな」
リュードが前を向いたまま答える。
「止まれば、
街そのものが死ぬ」
その言葉は、
やはり重かった。
セイルは交易都市。
物資。
食料。
海路。
全部が止まれない。
だから人々も、
恐怖を抱えたまま動き続ける。
その光景が妙に現実的だった。
その時。
近くの子供が、
ユウマ達を指差した。
「ねぇ!!
あの人達だよ!!」
「グランゼルと戦った人!!」
周囲の住民達も視線を向ける。
「若いな……」
「ロストらしいぞ」
「本当に戦ったのか?」
小声。
でも聞こえる。
ユウマは少し居心地悪そうに視線を逸らした。
「なんか……
目立ってない?」
ケイが苦笑する。
「そりゃ目立つでしょ……」
ミナも困った顔をした。
その時。
露店の店主らしき中年女性が、
焼き魚串を差し出して来る。
「持ってきな」
「え?」
「街守ってくれた礼だよ」
ユウマ達が戸惑う。
「いや、
でも……」
「いいから食え!!
顔真っ青じゃないか!!」
半ば強引だった。
だが。
焼き魚の匂いが、
異様に美味そうだった。
そういえば。
まともに食事していない。
気付いた瞬間、
急に空腹感が押し寄せる。
「……腹減ってた」
ケイが呟く。
ミナも苦笑した。
店主は笑う。
「ロストだろうが何だろうが、
腹は減るさ」
その言葉が、
妙に胸へ残った。
ゲームじゃない。
この世界では、
ちゃんと空腹になる。
疲れる。
怪我する。
眠くなる。
本当に生きているみたいに。
ユウマは魚串を受け取る。
熱い。
香ばしい匂い。
一口齧る。
「……うま」
思わず漏れた。
塩気。
脂。
焼きたての熱。
現実の料理と何も変わらない。
ミナも少し驚いた顔をする。
「すご……
本当に美味しい……」
ケイは無言で食っていた。
「お前、
食う時静かだな」
「今それどころじゃねぇ」
三人の間へ、
少しだけ笑いが戻る。
その時だった。
ユウマの視界端へ、
再びUIが浮かぶ。
【空腹状態軽減】
「……っ」
ユウマが少し眉を寄せる。
またUI。
食事まで表示される。
だが。
不思議と嫌ではなかった。
むしろ。
まだ自分がロスト側だと、
確認出来る気がした。
その時。
前方から怒鳴り声が聞こえて来る。
「押すな!!」
「荷箱を倒すな!!」
港倉庫区画だった。
巨大な倉庫群。
積み上がる木箱。
荷車。
船員達。
だが今は、
避難民まで流れ込んでいる。
かなり混乱していた。
リュードが顔をしかめる。
「……思ったより酷いな」
港区画入口では、
巡回兵達が必死に人流整理している。
だが、
人が多過ぎる。
「水だ!!
水を寄越せ!!」
「食料は!?」
「家族が居ないんだ!!」
怒声。
不安。
焦燥。
戦闘が終わっても、
人々の恐怖は終わっていない。
その時。
倉庫奥側で、
突然悲鳴が上がった。
「きゃぁぁっ!!」
空気が変わる。
巡回兵達が一斉に振り向く。
次の瞬間。
木箱が崩れた。
ドガァン!!
「何だ!?」
「誰か下敷きになったぞ!!」
騒然となる港倉庫区画。
ユウマの感覚が、
瞬間的に反応する。
嫌な気配。
視線。
人混みの奥。
一瞬だけ。
黒い外套姿が見えた。
そして。
そいつは、
人混みの中へ消える。
「……っ」
ユウマが目を細める。
今のは。
偶然じゃない。
その直後。
視界端へUIが浮かんだ。
【緊急状況更新】
【港倉庫区画混乱拡大】
【警戒レベル上昇】
ユウマの背筋へ、
小さな寒気が走った。




