第一章・四十一 「生命力」
医務区画の奥側では、
まだ慌ただしい声が飛び交っていた。
「次、酸傷患者!!」
「高位術師まだ来ないの!?」
「魔力切れだ!!
ポーション持って来い!!」
回復術師達が走り回る。
白い魔法光。
薬草の匂い。
血の匂い。
港町セイルは、
まだ戦いの直後だった。
ユウマは椅子へ座ったまま、
包帯の巻かれた肩を見る。
【ユウマ HP:26%】
少し上がっている。
さっきまで18%。
何もしなくても、
僅かに回復していた。
その時。
隣でケイが自分のUIを見ながら首を傾げた。
「……あれ?」
【ケイ HP:28%】
「俺も増えてる」
ミナも驚いた顔をする。
【ミナ HP:53%】
「ほんとだ……
さっきより上がってる……」
三人が顔を見合わせる。
その様子を見て、
白衣姿の女性が口を開いた。
「応急処置と自然回復です」
「自然回復……?」
ユウマが聞き返す。
女性は薬品棚から包帯を取りながら説明した。
「HPは生命維持状態に近いものです」
「生命維持……」
「出血。
疲労。
痛み。
魔力消耗。
身体機能。
そういうものを総合した数値ですね」
ケイが顔をしかめる。
「じゃあ……
体力ゲージみたいなもん?」
「完全には違います」
女性は首を振った。
「怪我そのものではありません」
ユウマは少し考える。
「……怪我したから、
HP減ったんですよね?」
「えぇ。
怪我を負えば、
生命力も落ちますから」
女性はユウマの肩を見る。
「ただし、
HPが回復したからと言って、
傷が消えるわけではありません」
その言葉で、
三人が少し黙る。
女性は続けた。
「回復結晶は、
生命力活性が主です」
「活性?」
「出血抑制。
肉体活性。
疲労軽減。
自己回復促進」
ミナが不安そうに聞く。
「じゃあ……
怪我は残るんですか?」
「残ります」
即答だった。
女性はユウマの肩へ触れる。
「あなたの裂傷も、
まだ完全には閉じていません」
「っ……」
少し痛む。
確かに。
HPは戻っているのに、
肩は普通に痛かった。
「今動けているのは、
生命力が戻ったからです」
女性は静かに言う。
「でも無理をすれば、
傷は開きます」
ケイが顔を引き攣らせた。
「ゲームみたいに、
ポーション飲んで全快じゃないのかよ……」
「ここは現実ですから」
その一言が妙に重かった。
医務区画奥側では、
回復術師達が瀕死患者へ魔法を使っている。
白い光。
治療術式。
苦痛の呻き。
その光景を見ながら、
ユウマは小さく呟く。
「……回復魔法は?」
女性がそちらを見る。
「肉体修復です」
「修復?」
「傷を閉じる。
骨を接合する。
炎症を抑える。
そちら寄りですね」
ミナが少し驚いた顔になる。
「じゃあ、
回復魔法の方が凄いんじゃ……」
「高位術師なら、です」
女性は苦笑した。
「でも万能ではありません」
その時だった。
奥側で怒声が響く。
「侵食が深い!!
抑え切れない!!」
酸傷患者だった。
腕が黒く変色している。
回復術師達が必死に魔法を使っているが、
完全には止められていない。
女性が顔をしかめる。
「酸液種は厄介なんです」
「……治らないんですか?」
ユウマが聞く。
「軽傷なら治ります。
でも深い侵食は、
高位治癒術師でも難しい」
その言葉に、
三人の空気が少し重くなる。
つまり。
この世界にも、
治せない傷はある。
死ぬ時は死ぬ。
その現実が、
妙に重かった。
その時。
ケイが自分の腕を見る。
「じゃあさ、
HP0になったら?」
医務区画の空気が、
一瞬だけ静かになった。
女性は少しだけ視線を落とす。
「……基本的には致命状態です」
「基本的?」
「稀に生き残る人も居ます。
ですがロストの場合……」
そこで言葉が止まる。
ユウマ達は続きを待った。
女性は静かに言った。
「ほぼ死亡確認扱いです」
ミナが息を呑む。
ケイも笑えなくなる。
ユウマは無意識に、
視界端を見る。
【ユウマ HP:26%】
数字。
たったそれだけ。
なのに。
その数字が、
自分の命へ直結している。
その事実だけが、
やけに現実味を持って胸へ残った。
その時だった。
奥側から、
また怒鳴り声が響く。
「次の患者運べ!!」
白い魔法光が医務区画を照らす。
人々はまだ戦っていた。
魔物との戦いが終わっても。
生き残るための戦いは、
まだ終わっていなかった。




