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第一章・四十 「夕暮れの港町」



 医務区画の窓から、

 夕方の潮風が吹き込んでいた。


 白いカーテンが揺れる。


 薬草の匂い。


 遠くから聞こえる怒鳴り声。


 港町セイルは、

 グランゼル討伐後もまだ慌ただしかった。


「担架こっちだ!!」


「回復術師呼べ!!」


「酸傷患者優先!!」


 建物の外では、

 まだ兵士や医師達が走り回っている。


 大型魔物一体。


 それだけで、

 街はここまで壊れる。


 ユウマは椅子へ座ったまま、

 包帯の巻かれた肩を見る。


【ユウマ HP:26%】


 少し回復している。


 だが。


 痛みは普通に残っていた。


 肩の裂傷。


 打撲。


 筋肉疲労。


 身体が重い。


 まるで本当に、

 現実で怪我したみたいだった。


「っ……」


 ユウマはゆっくり息を吐く。


 戦闘中は、

 痛みを感じる余裕なんて無かった。


 でも。


 終わった瞬間、

 一気に押し寄せて来る。


 隣では、

 ケイが情けない声を上げていた。


「いやいやいや!!

 絶対折れてるってこれ!!」


「折れてません」


「マジで!?」


「ただの酷い打撲です」


「“ただの”じゃねぇだろぉ……!」


 医師へ涙目で抗議している。


 その姿に、

 ミナが思わず吹き出した。


「さっきまで、

 あんな格好良く飛び出してたのに」


「戦闘と治療は別!!」


「何それ……」


 ミナが少し笑う。


 その笑顔を見て、

 ユウマは少しだけ安心する。


 ミナは戦闘後から、

 ずっと顔色が悪かった。


【ミナ HP:49%】


 HPは残っている。


 でも。


 精神的疲労がかなり大きいのだろう。


 それはユウマも同じだった。


 グランゼルの咆哮。


 酸液。


 兵士達の悲鳴。


 まだ耳に残っている。


 その時だった。


 医務区画奥側で、

 回復術師達が慌ただしく動き始める。


「次の患者!!」


「包帯足りない!!」


「魔力回復薬持って来て!!」


 寝台には、

 まだ多くの負傷者が横たわっていた。


 兵士。


 港作業員。


 住民。


 子供まで居る。


 泣き声。


 呻き声。


 誰かを励ます声。


 ユウマは静かに周囲を見る。


 この世界には、

 ちゃんと人の生活がある。


 戦って。


 怪我して。


 泣いて。


 助け合って。


 生きている。


 それが、

 ゲームという言葉を少しずつ壊していく。


 その時。


 窓の外から、

 夕焼けの光が差し込んだ。


 港町セイルが赤く染まっている。


 遠くの海。


 揺れる帆船。


 復旧作業を続ける人々。


 さっきまで死闘があったとは思えないほど、

 街は再び動き始めていた。


 ケイが窓の外を見ながら呟く。


「なんか……

 普通の街なんだよな」


「……うん」


 ミナも小さく頷く。


「もっと、

 ゲームっぽいと思ってた……」


 ユウマも同じだった。


 NPC。


 そう呼ぶには、

 あまりにも人間らしい。


 恐怖も。


 怒りも。


 感謝も。


 全部本物みたいだった。


 その時。


 医務区画入口側から、

 足音が聞こえた。


 ユウマが顔を上げる。


 そこに居たのは、

 セレナだった。


 長い銀髪。


 青い外套。


 戦闘後だからか、

 いつもより少し疲れて見える。


 それでも。


 その青い瞳は静かだった。


 セレナは三人を見る。


「少し落ち着きましたか?」


「まぁ……

 なんとか」


 ケイが苦笑する。


 セレナは小さく頷いた。


 そのまま窓際へ歩き、

 港町を見下ろす。


 夕焼けが銀髪へ反射していた。


 ユウマはその横顔を見る。


 三年。


 以前、

 セレナはそう言っていた。


 この世界へ来て三年。


 なのに。


 彼女はもう、

 この世界で生きる人間にしか見えない。


 その時だった。


 近くの寝台で、

 年配ロストの男が笑った。


「嬢ちゃん、

 完全にこっち側だよな」


 セレナは少しだけ目を細める。


「……否定はしません」


 男は苦笑した。


「まぁ俺もだけど」


 その言葉に、

 ユウマの胸が少しざわつく。


 “こっち側”。


 それはつまり。


 この世界の住人側。


 その時。


 ケイがぽつりと呟いた。


「……もし、

 UIとか全部消えたらさ」


 医務区画の空気が少し静かになる。


 ケイは窓の外を見ていた。


「俺ら、

 この世界の人と何が違うんだ?」


 その言葉に、

 誰もすぐ答えられなかった。


 潮風が吹き抜ける。


 セイルの夕焼けは綺麗だった。


 綺麗過ぎた。


 だからこそ怖い。


 ユウマは無意識に、

 視界端のUIを見る。


【ユウマ HP:26%】


 まだ見えている。


 イベント。


 レベル。


 スキル。


 それが、

 自分が“元プレイヤー”だった証明みたいだった。


 でも。


 いつか消える。


 今日会ったロストの男は、

 そう言っていた。


 その時。


 ミナが小さな声で言う。


「……消えたくないな」


 その一言が、

 妙に胸へ残った。


 セレナは窓の外を見たまま、

 静かに呟く。


「最初は、

 みんなそう言います」


 夕焼けが、

 少しずつ夜へ変わっていく。


 港町セイル。


 この世界は美しい。


 だからこそ。


 気付かない内に、

 飲み込まれていくのかもしれなかった。

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