表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/88

第一章・三十九 「適応」



 医務区画は、

 港中央区画の奥にあった。


 白壁の大きな建物。


 窓が多く、

 潮風が通るように作られている。


 中へ入った瞬間。


 薬草の匂いが鼻を掠めた。


「次!!

 こっち寝かせて!!」


「包帯足りない!!」


「酸傷患者優先!!」


 慌ただしい。


 中では回復術師や医師らしき人達が、

 走り回っていた。


 負傷兵。


 泣いている子供。


 運び込まれる住民。


 グランゼル一体だけで、

 街へこれだけ被害が出ている。


 ユウマは少し息を呑む。


 本当に。


 ここは戦う世界なのだ。


「座って」


 白衣姿の女性が、

 三人へ木椅子を指した。


 ユウマ達は並んで腰を下ろす。


【ユウマ HP:18%】

【ケイ HP:22%】

【ミナ HP:47%】


 数値だけ見ると、

 まだミナは余裕がある。


 でも。


 本人はぐったりしていた。


 完全に精神疲労だ。


 ケイも壁へ頭を預けながら、

 深く息を吐く。


「なんか……

 一気に疲れ来た……」


「戦闘中ずっと叫んでたもんね」


 ミナが小さく笑う。


「うるせぇ……

 叫ばないと怖かったんだよ……」


 その返しに、

 ユウマも少しだけ笑った。


 怖かった。


 みんな。


 本当に。


 その時だった。


 近くの寝台で、

 年配のロストらしき男が起き上がる。


「お、新入りか」


 ラフな声。


 四十代くらいだろうか。


 短く刈った灰髪。


 日に焼けた肌。


 片腕へ包帯が巻かれている。


 ユウマ達は少し驚く。


「……ロスト?」


 男が笑った。


「その反応、

 来たばっかだな」


 ケイが少し身構える。


「えっと……

 あんたも?」


「あぁ。

 もう八年くらいだ」


「八年!?」


 ミナが目を見開いた。


 男は苦笑する。


「正確には分からんけどな。

 この世界だと、

 時間ズレるし」


 八年。


 その数字だけで、

 三人は少し黙った。


 長過ぎる。


 そんなに。


 この世界に?


 ユウマは無意識に聞いていた。


「……帰れないんですか」


 男は少しだけ笑みを消した。


「帰れた奴も居る」


「……!」


「だが少ない」


 静かな声。


「大体は、

 この世界で生きる事になる」


 その言葉が重い。


 ミナの顔色が少し変わる。


 ケイも何も言えない。


 その時だった。


 男がユウマ達を見て、

 少し首を傾げた。


「まだ濃いな」


「え?」


「UI」


 三人が反応する。


 男は続ける。


「最近来たロストほど、

 ハッキリ見える」


 ユウマは無意識に視界端を見る。


【ユウマ HP:18%】


 今も普通に見えている。


 男は少し遠くを見るように呟いた。


「昔は俺も、

 もっと色々見えてた」


 その言葉で、

 三人が静かになる。


「今は?」


 ミナが不安そうに聞く。


 男は肩を竦めた。


「HPくらいしか出ねぇな」


「……っ」


 ケイが息を呑む。


 男は続ける。


「長く居ると薄くなる奴が多い。

 完全に消える奴も居る」


「消える……」


 ユウマが小さく呟く。


「怖ぇぞ」


 男の声は静かだった。


「最初は、

 “ゲームっぽさ”が残ってる」


「……」


「でも、

 少しずつこの世界が普通になる」


 医務区画の窓から、

 港町セイルが見える。


 白壁の街。


 潮風。


 行き交う人々。


 泣き声。


 笑い声。


 生活。


 それはもう、

 普通の世界にしか見えなかった。


 男は苦笑する。


「気付くと、

 現実世界の方が夢みたいになる」


 その言葉に、

 三人が固まる。


 ユウマの脳裏へ、

 妹の顔が浮かんだ。


 学校。


 家。


 東京の街。


 でも。


 今日一日だけで、

 既に遠く感じ始めている自分が居た。


 その事実に、

 ユウマは少し寒気を覚える。


 男は視線を天井へ向ける。


「昔は、

 ステータスとかスキル詳細とか、

 もっと色々出てたんだけどな」


「え?」


「最近のロストは、

 まだ濃く残るんだろ?」


 ユウマ達は顔を見合わせる。


 確かに。


 イベント。


 BOX。


 HP。


 色々見えている。


 男は少し笑った。


「そのうち慣れる」


「……慣れたくないです」


 ミナが小さく言う。


 男は一瞬だけ黙った。


 そして。


「みんな最初はそう言う」


 静かな声だった。


 その時。


 医務区画奥側から、

 セレナがこちらへ歩いて来る。


 疲れている。


 だが。


 その青い瞳はまだ鋭かった。


 セレナはユウマ達を見る。


「治療準備が出来ました」


 その直後。


 ユウマの視界端で、

 HP表示が微かに揺れた。


【ユウマ HP:18%】


 まるで。


 この世界へ、

 少しずつ溶け込んでいくみたいに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ