第一章・三十九 「適応」
医務区画は、
港中央区画の奥にあった。
白壁の大きな建物。
窓が多く、
潮風が通るように作られている。
中へ入った瞬間。
薬草の匂いが鼻を掠めた。
「次!!
こっち寝かせて!!」
「包帯足りない!!」
「酸傷患者優先!!」
慌ただしい。
中では回復術師や医師らしき人達が、
走り回っていた。
負傷兵。
泣いている子供。
運び込まれる住民。
グランゼル一体だけで、
街へこれだけ被害が出ている。
ユウマは少し息を呑む。
本当に。
ここは戦う世界なのだ。
「座って」
白衣姿の女性が、
三人へ木椅子を指した。
ユウマ達は並んで腰を下ろす。
【ユウマ HP:18%】
【ケイ HP:22%】
【ミナ HP:47%】
数値だけ見ると、
まだミナは余裕がある。
でも。
本人はぐったりしていた。
完全に精神疲労だ。
ケイも壁へ頭を預けながら、
深く息を吐く。
「なんか……
一気に疲れ来た……」
「戦闘中ずっと叫んでたもんね」
ミナが小さく笑う。
「うるせぇ……
叫ばないと怖かったんだよ……」
その返しに、
ユウマも少しだけ笑った。
怖かった。
みんな。
本当に。
その時だった。
近くの寝台で、
年配のロストらしき男が起き上がる。
「お、新入りか」
ラフな声。
四十代くらいだろうか。
短く刈った灰髪。
日に焼けた肌。
片腕へ包帯が巻かれている。
ユウマ達は少し驚く。
「……ロスト?」
男が笑った。
「その反応、
来たばっかだな」
ケイが少し身構える。
「えっと……
あんたも?」
「あぁ。
もう八年くらいだ」
「八年!?」
ミナが目を見開いた。
男は苦笑する。
「正確には分からんけどな。
この世界だと、
時間ズレるし」
八年。
その数字だけで、
三人は少し黙った。
長過ぎる。
そんなに。
この世界に?
ユウマは無意識に聞いていた。
「……帰れないんですか」
男は少しだけ笑みを消した。
「帰れた奴も居る」
「……!」
「だが少ない」
静かな声。
「大体は、
この世界で生きる事になる」
その言葉が重い。
ミナの顔色が少し変わる。
ケイも何も言えない。
その時だった。
男がユウマ達を見て、
少し首を傾げた。
「まだ濃いな」
「え?」
「UI」
三人が反応する。
男は続ける。
「最近来たロストほど、
ハッキリ見える」
ユウマは無意識に視界端を見る。
【ユウマ HP:18%】
今も普通に見えている。
男は少し遠くを見るように呟いた。
「昔は俺も、
もっと色々見えてた」
その言葉で、
三人が静かになる。
「今は?」
ミナが不安そうに聞く。
男は肩を竦めた。
「HPくらいしか出ねぇな」
「……っ」
ケイが息を呑む。
男は続ける。
「長く居ると薄くなる奴が多い。
完全に消える奴も居る」
「消える……」
ユウマが小さく呟く。
「怖ぇぞ」
男の声は静かだった。
「最初は、
“ゲームっぽさ”が残ってる」
「……」
「でも、
少しずつこの世界が普通になる」
医務区画の窓から、
港町セイルが見える。
白壁の街。
潮風。
行き交う人々。
泣き声。
笑い声。
生活。
それはもう、
普通の世界にしか見えなかった。
男は苦笑する。
「気付くと、
現実世界の方が夢みたいになる」
その言葉に、
三人が固まる。
ユウマの脳裏へ、
妹の顔が浮かんだ。
学校。
家。
東京の街。
でも。
今日一日だけで、
既に遠く感じ始めている自分が居た。
その事実に、
ユウマは少し寒気を覚える。
男は視線を天井へ向ける。
「昔は、
ステータスとかスキル詳細とか、
もっと色々出てたんだけどな」
「え?」
「最近のロストは、
まだ濃く残るんだろ?」
ユウマ達は顔を見合わせる。
確かに。
イベント。
BOX。
HP。
色々見えている。
男は少し笑った。
「そのうち慣れる」
「……慣れたくないです」
ミナが小さく言う。
男は一瞬だけ黙った。
そして。
「みんな最初はそう言う」
静かな声だった。
その時。
医務区画奥側から、
セレナがこちらへ歩いて来る。
疲れている。
だが。
その青い瞳はまだ鋭かった。
セレナはユウマ達を見る。
「治療準備が出来ました」
その直後。
ユウマの視界端で、
HP表示が微かに揺れた。
【ユウマ HP:18%】
まるで。
この世界へ、
少しずつ溶け込んでいくみたいに。




