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第一章・三 「始まりの港湾都市」



 意識が浮かび上がる。


 暗闇の奥で、

 淡い蒼光が滲んだ。


 幾何学模様の光輪が、

 静かに回転している。


 耳の奥へ響く、

 澄んだ起動音。


 何度聞いても、

 この瞬間だけは少し緊張する。


 現実から、

 別世界へ入っていく感覚。


 やがて光が弾けた。


 白い閃光。


 次の瞬間。


 潮風が頬を撫でた。


「……っ」


 塩の匂い。


 夜の空気。


 波音。


 悠真はゆっくり目を開ける。


 目の前には、

 巨大な港町が広がっていた。


 レグナス。


 Astral Ringでも屈指の人気を誇る海上都市国家。


 白い石畳。


 運河を跨ぐ石橋。


 海沿いへ並ぶ魔導灯。


 巨大な帆船。


 夜空へ浮かぶ光粒子。


 青金色の灯りが、

 波へ揺れていた。


「うわ……」


 近くで、

 初心者らしいプレイヤーが声を漏らす。


 その気持ちは分かる。


 何度来ても、

 この街は綺麗だった。


 ログイン地点周辺には、

 大勢のプレイヤーが集まっている。


 銀髪の魔導士。


 赤髪の槍使い。


 耳の長い長耳族プレイヤー。


 獣耳付きフードを被った少女。


 重装鎧の大男。


 様々な姿が行き交っていた。


 だが。


 完全な別人という感じではない。


 髪色や瞳、

 雰囲気は大きく変わっている。


 それでも、

 どこか現実の面影が残っていた。


 Astral Ringのアバターは、

 現実肉体をベースに微調整する形式だ。


 そのせいか、

 不思議と“人間らしさ”が消えない。


 悠真自身も、

 そこまで外見を変えていない。


 少し長めの黒髪。


 黒い瞳。


 細身の体格。


 装備も実用重視の軽装剣士スタイルだ。


 現実の自分と、

 かなり近い。


『ユウマー』


 耳元へVC音声。


『聞こえる?』


「あー、聞こえる」


 悠真は少し笑った。


『やっと来た』


『遅ぇ』


『絶対景色見てた』


「見てた」


『認めた』


 カナタ達が笑う。


 石橋の向こうで、

 カナタが片手を上げていた。


 現実より少し明るめの茶髪。


 軽装剣士スタイル。


 長身寄りに微調整された体格。


 口元にはいつもの笑み。


 隣にはミコト。


 短めの黒髪。


 青を基調にした軽装防具。


 腰には細剣。


 切れ長の瞳が印象的だった。


 そして。


「……お前また食ってんの?」


 少し離れた露店前。


 串焼きを食べている男が振り返る。


「腹減ってた」


 ガイ。


 灰色に近い暗髪。


 探索用マント。


 現実より少しだけ長身化した重装寄り体格。


 無精髭風のフェイス調整も入れている。


 歴戦探索者みたいな雰囲気だった。


『ログイン五分だぞ』


「この街来ると食いたくなるんだよ」


 ガイが真顔で返す。


 ミコトが呆れた顔をした。


 四人は合流し、

 港通りを歩き始めた。


 人が多い。


 イベント開始直後だからか、

 かなり賑わっていた。


 潮風が吹き抜ける。


 どこかの酒場から笑い声。


 露店から漂う魚介の香り。


 焼き串の煙。


 遠くで鳴る楽器。


 その全てが混ざり合い、

 街全体が生きているみたいだった。


「そういや、

 最近また観光勢増えてるよな」


 カナタが周囲を見ながら言う。


 確かに多い。


 武器を持っていないプレイヤーもかなりいる。


 景色撮影用らしい簡易ドローンを飛ばしている者。


 広場で演奏している者。


 屋台巡りだけしている者。


 レグナスは、

 そういうプレイヤー達にも人気だった。


「このゲーム、

 戦闘しなくても楽しいからな」


 悠真が言う。


「分かる」


 ミコトも頷く。


「うちのクラスにもいるよ。

 生産職しかやってない人」


「あー、料理勢とか?」


「そう。

 あと家具職人」


「それで生活出来るのすごいよな」


 Astral Ringには、

 本当に色んな遊び方がある。


 トップレイドを目指す者。


 ダンジョン探索者。


 商人。


 料理人。


 演奏家。


 観光専門配信者までいる。


 だから、

 ただ街を歩いているだけでも飽きなかった。


「……うわ」


 カナタが足を止める。


 運河沿いの店だった。


 ガラスケースの中へ、

 青白く光る魚介料理が並んでいる。


「絶対高い」


「イベント限定メニューじゃね?」


「お前また食う気だろ」


「いや見るだけ」


「信用ゼロ」


 笑い声が重なる。


 悠真は少しだけ周囲を見る。


 店員が忙しそうに料理を運んでいる。


 橋の上では、

 楽団が演奏している。


 その周囲へ、

 プレイヤー達が自然に集まっていた。


 投げ銭を入れる者。


 一緒に歌う者。


 踊る者。


 笑いながら動画撮影している者。


 ただ景色を眺めている者。


 Astral Ringは、

 戦闘だけのゲームじゃない。


 この空気そのものを楽しみに来ている人間が、

 本当に多かった。


『本日の星海航路祭開催を記念し――』


 広場中央で、

 イベントアナウンスが響く。


 その瞬間。


 夜空へ光が打ち上がった。


 花火。


 青。


 金。


 紫。


 海面へ反射した光が、

 波と一緒に揺れている。


「うわ……」


 ミコトが小さく声を漏らした。


 周囲でも、

 立ち止まるプレイヤーが多い。


 悠真も思わず足を止める。


 綺麗だった。


 潮風。


 波音。


 夜空。


 花火。


 港の灯り。


 この世界は、

 本当に作り込みがおかしい。


 ふと。


 悠真は海を見る。


 黒い海面へ、

 無数の光が揺れていた。


 まるで本当に、

 別世界へ来てしまったみたいだった。

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