第一章・二十三 「届く距離」
レイヴンハウンドが地面を蹴った。
轟音。
石畳が砕ける。
残る一体が、
怒り狂ったようにユウマへ飛び掛かって来る。
【レイヴンハウンド HP:74%】
「っ……!」
ユウマは反射的に身体を捻った。
牙が肩横を通り過ぎる。
風圧。
獣臭。
熱い吐息。
近い。
近過ぎる。
ユウマは右手の短剣を振る。
ガギッ!!
レイヴンハウンドの前脚へ浅く入る。
【レイヴンハウンド HP:68%】
だが。
止まらない。
「ぐっ……!」
レイヴンハウンドが強引に身体を捻る。
尾。
横薙ぎ。
ユウマは咄嗟に左手の短剣を合わせた。
衝撃。
左腕が痺れる。
だが。
今度は崩れなかった。
少しだけ。
本当に少しだけ。
動きへ慣れ始めている。
「ユウマ!!」
ケイの叫び。
その直後。
後方で轟音が響いた。
振り返る。
グラヴォルフ。
銀髪の女性が展開した氷壁を、
強引に砕いていた。
「っ……!」
まずい。
あっちも限界が近い。
銀髪の女性は強い。
明らかに。
だが。
グラヴォルフも異常だった。
何発食らっても倒れない。
ユウマは歯を食い縛る。
早く終わらせないと。
その瞬間。
レイヴンハウンドが低く唸った。
次。
右からフェイント。
左噛み付き。
ユウマの感覚が流れるように反応する。
見える。
読める。
なら。
誘導出来る。
ユウマは半歩だけ下がった。
レイヴンハウンドが飛び込む。
その瞬間。
ユウマは身体を斜めへ流した。
牙が空を切る。
レイヴンハウンドの身体が僅かに流れる。
今だ。
【スキル補助起動】
【《空閃》】
世界が静かになる。
ユウマは踏み込んだ。
最短。
最小。
右。
喉元へ一閃。
ザシュッ!!
【レイヴンハウンド HP:49%】
黒い液体が飛ぶ。
だが。
まだ浅い。
レイヴンハウンドが暴れる。
速い。
ユウマは左手で牙を逸らした。
そのまま。
身体を回す。
右。
左。
流れる。
繋がる。
【スキル補助起動】
【《連牙》】
視界端の文字。
だが。
今度は驚かなかった。
むしろ。
身体の動きへ自然に噛み合った。
「はぁっ!!」
右で斬る。
左で追う。
連続。
レイヴンハウンドが後退した。
【レイヴンハウンド HP:31%】
「すげぇ……」
ケイが呆然と呟く。
だが。
ユウマには余裕なんて無かった。
呼吸が苦しい。
脇腹も痛い。
【ユウマ HP:11%】
赤。
いつ倒れてもおかしくない。
レイヴンハウンドも理解したのか。
唸りながら距離を取る。
狙っている。
次で殺す気だ。
ユウマの背筋へ冷たい汗が流れた。
怖い。
本当に。
今すぐ逃げたい。
なのに。
後ろにはケイ達がいる。
銀髪の女性も、
まだグラヴォルフを抑えている。
自分が下がれば。
誰かが死ぬ。
その感覚だけが、
ユウマを立たせていた。
レイヴンハウンドが低く姿勢を落とす。
来る。
ユウマは息を吸った。
見る。
踏み込み。
肩。
顎。
軌道。
全部見る。
その瞬間。
レイヴンハウンドが爆発的に加速した。
「っ!!」
速い。
今までで一番。
ユウマは咄嗟に前へ踏み込んだ。
横じゃない。
前。
牙の内側。
ギリギリ。
頬を牙が掠める。
【ユウマ HP:9%】
熱い。
だが。
届く。
【スキル補助起動】
【《空閃》】
【《連牙》】
世界が一瞬だけ静止した。
右。
喉を裂く。
左。
首筋へ滑らせる。
そして。
最後にもう一歩。
踏み込む。
「――――ぁぁぁぁっ!!」
ザシュッ!!
深く入る。
【レイヴンハウンド HP:0%】
断末魔。
レイヴンハウンドがユウマの横を通り過ぎ、
そのまま地面へ転がった。
痙攣。
爪が石畳を掻く。
そして。
黒い粒子へ崩れ始めた。
消滅。
粒子化。
静かに風へ散っていく。
残されたのは。
赤黒い魔晶石。
そして。
青黒い毛皮素材だった。
ユウマの膝が崩れる。
「っ……はぁ……
はぁっ……」
限界だった。
腕も脚も震えている。
呼吸もまともに出来ない。
【ユウマ HP:8%】
赤ゲージが点滅していた。
だが。
まだ終わっていない。
その瞬間だった。
後方から、
凄まじい轟音が響いた。
ユウマ達が振り向く。
グラヴォルフ。
その巨体が、
氷壁ごと銀髪の女性を吹き飛ばしていた。
「っ――!?」
銀髪の女性が石壁へ激突する。
血飛沫。
杖が地面へ転がった。
【??? HP:41%】
初めて。
彼女のHPが表示された。
グラヴォルフが咆哮する。
【グラヴォルフ HP:12%】
まだ。
まだ倒れていない。
その赤い目が、
ゆっくりユウマ達を捉えた。
そして。
巨体が再び動き出す。
ユウマの呼吸が止まりそうになる。
今の自分に、
もう戦う力なんて残っていなかった。




