第一章・二十四 「最後の一歩」
グラヴォルフが咆哮した。
轟音。
空気が震える。
砕けた氷壁の破片が辺りへ散乱していた。
【グラヴォルフ HP:12%】
なのに。
まだ倒れない。
「っ……!」
ユウマの呼吸が乱れる。
【ユウマ HP:8%】
赤ゲージが点滅していた。
視界も少し霞んでいる。
脇腹。
肩。
脚。
全部痛い。
もうまともに戦える状態じゃない。
それなのに。
グラヴォルフはまだ立っている。
銀髪の女性が壁際で咳き込む。
「っ……は……!」
口元から血。
杖も少し離れた場所へ転がっていた。
【??? HP:41%】
ユウマは息を呑む。
強い。
この人は間違いなく強い。
なのに。
それでもここまで追い詰められている。
グラヴォルフが低く唸る。
その赤い目が、
再び銀髪の女性へ向いた。
「まずい……!」
ユウマが歯を食い縛る。
グラヴォルフが地面を蹴った。
轟音。
巨体が銀髪の女性へ突進する。
彼女は杖へ手を伸ばす。
だが。
間に合わない。
「っ……!」
ユウマの身体が反射的に動く。
脚が悲鳴を上げる。
肺が焼ける。
それでも。
止まれなかった。
銀髪の女性が目を見開く。
「あなた……!」
ユウマは答えない。
答える余裕なんて無い。
ただ。
感覚だけを研ぎ澄ませる。
見る。
踏み込み。
肩。
首。
傷。
全部。
全部見る。
その瞬間だった。
グラヴォルフの胸部。
銀髪の女性が凍結魔法で傷付けた部分。
そこだけ。
一瞬、
赤黒い光が漏れた。
「……っ!」
ユウマの感覚が反応する。
そこだ。
直感だった。
理由なんて分からない。
だが。
あそこが致命だと、
本能が理解した。
グラヴォルフが咆哮する。
巨大な前脚が振り下ろされる。
ユウマは前へ踏み込んだ。
横じゃない。
前。
牙の内側。
爪の懐。
ギリギリ。
頬横を爪が通過する。
【ユウマ HP:5%】
熱い。
血が飛ぶ。
だが。
届く。
【スキル補助起動】
【《空閃》】
世界が静かになる。
ユウマは最短距離で滑り込んだ。
右手。
喉下を裂く。
その勢いのまま。
左。
傷口へ叩き込む。
【スキル補助起動】
【《連牙》】
軌道が繋がる。
流れる。
最適。
そして。
最後の一歩。
ユウマは身体ごと踏み込んだ。
「――――ぁぁぁぁぁっ!!」
ザギィィィッ!!
二本の刃が、
胸部の傷口へ深く突き刺さる。
瞬間。
赤黒い光が弾けた。
グラヴォルフが絶叫する。
轟音。
空気が震える。
【グラヴォルフ HP:0%】
巨体が大きく揺れた。
ユウマは吹き飛ばされる。
「がっ……!!」
石畳を転がる。
肺から空気が抜けた。
視界が明滅する。
耳鳴り。
呼吸出来ない。
だが。
グラヴォルフが動かない。
巨体がゆっくり崩れる。
膝をつく。
そして。
黒い粒子へ崩壊を始めた。
巨体が、
風化するみたいに崩れていく。
粒子化。
消滅。
朝靄の空へ、
黒い粒子が舞い上がっていく。
静寂。
風の音だけが残った。
「……倒した……?」
ケイが掠れた声で呟く。
女性プレイヤーも、
呆然とその光景を見ている。
地面へ残されたのは。
巨大な深紅色の魔晶石。
黒灰色の外殻素材。
そして。
淡く青白い光を放つ、
一枚の結晶片だった。
【レアドロップ確認】
【《???》】
「……え?」
ユウマの視界端へ、
ノイズ混じりの表示が浮かぶ。
だが。
次の瞬間。
視界が大きく揺れた。
【ユウマ HP:3%】
限界だった。
膝が崩れる。
短剣が石畳へ落ちた。
全身から力が抜けていく。
「ユウマ!!」
ケイが駆け寄る。
ユウマは荒い呼吸を繰り返した。
生きてる。
まだ。
ちゃんと。
生きている。
その実感だけが、
ぼやけた意識の中へゆっくり広がっていく。
その時だった。
銀髪の女性が、
静かにユウマを見ていた。
驚き。
警戒。
そして。
僅かな困惑。
色んな感情が混ざった目だった。
「……どうして」
彼女が小さく呟く。
「初層到達者程度の適応値で、
グラヴォルフの核を見切れたんですか……?」
「……え……?」
ユウマは掠れた声を漏らす。
だが。
もう頭が回らない。
そのまま。
視界が暗く沈み始める。
遠くで、
誰かの声が聞こえた。
「おい!!
まだ意識飛ばすな!!」
ケイの声。
その直後。
ユウマの意識は、
ゆっくり闇へ落ちていった。




