2話 出会い
夜の森を進んでいたルシアは、ふと鼻をつく血の匂いに足を止めた。
「……この匂いは」
魔物のもではない。の
もっと――脆く、儚い、人族の血。
ルシアは気配を探りながら歩みを進める。
やがて木々の隙間から、月明かりに照らされた“それ”が見えた。
――襲われている馬車。
数匹の狼型の魔物が、一台の馬車の周りを囲み、残骸を漁っている。
ルシアが馬車に近づくと魔物たちも彼女に気が付き、威嚇を始める。
「……退け」
その一言は、囁きにも満たないほど小さかった。
だが、魔王の声は“力”そのものだ。
瞬間、空気が震え、森が軋む。
魔物たちは一斉に毛を逆立て、尻尾を巻いて、四方へ逃げ散った。
誰も振り返らない。
振り返るという選択肢は、恐怖で奪われていた。
「……あまり、気持ちの良いものではないな」
ルシアは小さくため息をつき、静かに馬車へ近づいた。
近くで見ると、馬車はひどく荒らされていた。
そして――その傍らには、馬車を守るような姿で倒れた男女の亡骸。
狼の魔物に食い荒らされ、見るも無残な姿になってしまっている。
「……」
彼女は胸に手を添え、祈るようにそっと目を閉じる。
魔王であっても、死者への礼は欠かさない。
せめて、安らかに眠れるように。
そう祈っていた時だ――
「……ん?」
かすかに、何かが聞こえた。
――ひぃ……っ、…うぐっ…ぁ…。
泣き声。
ルシアは顔を上げる。
馬車の荷台の奥、積まれた荷物のさらに奥から、微かな声が漏れていた。
「赤子……?」
荷物をひとつずつどかしていく。
壊れた木箱、布袋、散らばった衣類。
その奥に――小さな、小さな命がいた。
生後半年くらいであろう男の子が。
薄い布にくるまれ、涙で頬を濡らしながら、必死に声を上げている。
「……生きていたのか」
ルシアは思わず息を呑んだ。
魔物の群れに襲われ、両親と思われる人たちを失い、
それでもこの子は――たったひとりで、生き残った。
ルシアは赤ん坊の顔を覗き込んだ。
すると、震える小さな小さな手が、ルシアのローブを掴む。
「……っ」
胸の奥が、きゅっと締めつけられた。
数百年、誰からも恐れられ、憎まれ、期待を押しつけられ続けた魔王。
そんな彼女の心に、久しく感じたことのない感情が流れ込んでくる。
「……泣くな。私は……お前を傷つけたりはせぬ」
そっと抱き上げると、赤子は泣き声を弱め、ルシアの顔を見上げて笑みを浮かべた。
温かい。
小さくて、弱くて、壊れそうで――
それでも必死に生きようとしている。
「……どうして私が、こんな……」
魔王は困惑しながらも、優しく赤子を包み込む。
この夜。
静かな森の奥で、史上最強の魔王と、ひとりの赤子の運命が交わった。
――“魔王の育児日記”
その最初の一ページが、今まさに刻まれたのだ。
魔物って怖いですね。赤ちゃんだけでも生きててくれて良かった……
この先、魔王とこの子がどんな人生を送るのかたのしみですなぁ
いや、魔王だから人生じゃなくて魔王生なのか…?
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