11話、12話
結衣がいなくなってから——
時間の感覚が、少しおかしくなった。
教室の窓から見える桜は、もうほとんど散っていた。
「……」
海里は、ぼんやりと外を眺める。
「月見、大丈夫か?」
クラスメイトの声。
「……ああ」
短く答える。
でも、本当は全然大丈夫じゃなかった。
結衣の席。
そこは、もう空いている。
何もかもが、現実を突きつけてくる。
(……いないんだな)
何度思っても、慣れることはなかった。
放課後。
自然と足は、あの屋上へ向かっていた。
「……ここ、好きだったな」
ぽつりと呟く。
風が吹いて、髪を揺らす。
あの日、一緒に弁当を食べた場所。
笑って、くだらない話をした場所。
「……バカみたいだな」
一人で来てる自分に、苦笑する。
ポケットから取り出すのは——
“やりたいことリスト”
「……ほとんど、やったな」
指でなぞる。
チェックがついた項目たち。
そして、最後の一つ。
——後悔しないさよならをする
「……ちゃんと言ったぞ」
空に向かって、小さく呟く。
風が、少しだけ強く吹いた。
まるで、返事みたいに。
そのとき。
ふと、思い出す。
「海里くんが前を向けるように」
結衣の言葉。
「……前、か」
視線を落とす。
そして——
ゆっくりと顔を上げた。
「……やるか」
小さく、でもはっきりと。
その日、海里は久しぶりにグラウンドへ向かった。
陸上部の練習の音。
懐かしい匂い。
「月見……?」
後輩が驚いた顔をする。
「ちょっと、走るだけだ」
軽く言って、スタートラインに立つ。
深呼吸。
(……見てろよ)
心の中で、呟く。
スタートを切る。
足に伝わる感覚。
風を切る音。
(ああ……)
忘れていた。
(こんなに、気持ちよかったんだな)
ゴールにたどり着いたとき。
海里は、少しだけ笑っていた。
空を見上げる。
「……ありがとう」
その言葉は、確かに届いている気がした。
12話
れから、数年後。
春。
あの日と同じように、桜が満開だった。
「……やっぱ綺麗だな」
海里は、小さく笑う。
制服ではなく、スーツ姿。
少しだけ大人になった自分。
あれから——
海里は、もう一度走り始めた。
結衣がくれた時間。
結衣がくれた気持ち。
それを無駄にしないために。
「ここか……」
立ち止まったのは、小さな丘。
そこには、白い花が供えられていた。
「久しぶり、結衣」
静かに声をかける。
風が、優しく吹く。
「ちゃんと来たぞ」
少し照れくさそうに笑う。
「約束、守ってる」
ポケットから取り出すのは、あのノート。
“やりたいことリスト”
最後のページに、新しく書き足されていた。
——ちゃんと生きる
「これ、追加しといた」
空を見上げる。
「お前がくれた時間、ちゃんと使ってる」
少しだけ、間を置いて。
「……まだ、会いたいけどな」
本音が、こぼれる。
でも——
すぐに、前を向く。
「でも、俺は進むよ」
風が、また吹いた。
桜の花びらが舞い上がる。
まるで——
祝福するみたいに。
「じゃあな、結衣」
優しく、でもしっかりと。
「また、いつか」
その言葉は、もう“別れ”じゃなかった。
春の空の下。
海里は、一歩を踏み出す。
それは——
“君と約束した未来”へ。




