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9話、10話

「……海、綺麗だね」


波の音が、静かに響いていた。


空はオレンジ色に染まり、水平線がやわらかく揺れている。


結衣は、防波堤に座りながら微笑んだ。


「来れてよかった」


「……ああ」


海里は隣に座りながら、小さく頷く。


“やりたいことリスト”の一つ。


——海を見に行く


やっと、叶えた約束だった。


でも——


その時間は、思っていたよりもずっと、儚かった。


「ねえ、海里くん」


「ん?」


「ちょっとだけ、こっち来て」


そう言われて、少し距離を詰める。


その瞬間——


結衣の体が、ふらりと傾いた。


「結衣!?」


慌てて支える。


その体は、前よりもずっと軽くて。


そして、冷たかった。


「……ごめんね」


かすれる声。


「ちょっと、限界みたい」


「何言ってんだよ……!」


心臓が、嫌な音を立てる。


「帰るぞ、今すぐ——」


「ううん」


弱く首を振る。


「もう少しだけ、ここにいたい」


海里は、何も言えなかった。


言えなかったけど——


その手を、強く握った。


「……海里くん」


名前を呼ばれる。


とても、優しい声で。


「私ね」


少しだけ息を整えて、続ける。


「ずっと言いたかったことがあるの」


夕日が、二人を包む。


波の音が、少し遠くなる。


「最初に会ったときからね」


「なんか、この人といたいなって思ったの」


海里の喉が、ぎゅっと締まる。


「一緒に笑ってくれて」


「怒ってくれて」


「ちゃんと向き合ってくれて」


結衣の目に、涙が溜まっていく。


「海里くんと過ごした時間、全部が宝物なの」


その言葉が、胸に刺さる。


「だから——」


一瞬、息が途切れる。


でも、それでも。


「好き」


世界が、止まった気がした。


「海里くんのことが、大好き」


涙が、ぽろぽろとこぼれる。


「もっと一緒にいたかった」


「もっと、普通に恋したかった」


声が、震える。


「でも……もう時間、ないみたい」


「やめろ……」


海里の声も、震えていた。


「そんなこと言うなよ……!」


結衣は、静かに首を振る。


「ねえ、海里くん」


最後に、優しく笑った。


「約束、守ってくれてありがとう」


その瞬間。


結衣の体から、力が抜けた。


「……結衣?」


呼びかける。


でも、返事はない。


「おい……結衣」


肩を揺らす。


でも——


「結衣!!」


波の音だけが、響いていた。

 

10話

白い部屋。


静かな空間。


すべてが、現実じゃないみたいだった。


「……亡くなりました」


医者の声が、遠くに聞こえる。


頭が、何も考えられない。


ただ、目の前の光景だけが焼き付いている。


ベッドの上。


静かに眠る、結衣。


まるで、ただ眠っているみたいだった。


「……結衣」


名前を呼ぶ。


当然、返事はない。


(嘘だろ……)


現実を、受け入れられない。


あんなに笑っていたのに。


昨日まで、一緒にいたのに。


「……起きろよ」


小さく呟く。


「まだ、リスト全部終わってねえだろ……」


震える手で、ポケットからノートを取り出す。


“やりたいことリスト”


たくさんの項目に、チェックがついていた。


でも——


最後の一つだけ、残っていた。


——後悔しないさよならをする


「……できるわけねえだろ」


涙が、ぽろぽろと落ちる。


「こんなの、さよならじゃねえよ……」


そのとき。


ノートの間から、小さな紙が落ちた。


拾い上げる。


そこには——


結衣の字で、こう書かれていた。


『海里くんへ』


『もしこれを読んでるなら、私はもういないね』


視界が滲む。


『たくさん、ありがとう』


『一緒に笑ってくれて、怒ってくれて』


『最後まで一緒にいてくれて』


『私ね、すごく幸せだった』


涙が止まらない。


『だから、泣かないで』


『って言いたいけど、たぶん無理だよね』


少しだけ、笑った気がした。


『でもね』


『最後は、ちゃんと“さよなら”してほしい』


『海里くんが前を向けるように』


『それが、私の最後のわがまま』


手紙が、震える。


海里は、ゆっくりと顔を上げた。


窓の外。


桜が、静かに舞っていた。


あの日と同じ景色。


「……結衣」


涙を拭う。


「ちゃんと……言うよ」


震える声で。


でも、確かに。


「さよなら」


その言葉は、とても痛くて。


でも——


確かに前に進むための言葉だった。


春の風が、優しく吹く。


それは、終わりじゃなくて。


きっと——


新しい始まりだった。



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