3話、4話
「ねえ、今日さ」
授業が終わるなり、結衣が机に身を乗り出してきた。
「リスト、早速一個やろ」
「……何を」
「放課後に寄り道!」
キラキラした目で言われて、海里は小さくため息をつく。
「別にいいけど……どこ行くんだよ」
「それはねー、内緒」
「またそれか」
「ついてきて」
そう言って、結衣は海里の手を引いた。
その瞬間——
ドクン、と心臓が跳ねる。
(なんでだよ……)
ただ手を引かれただけなのに、やけに意識してしまう。
連れてこられたのは、小さな商店街だった。
夕焼けに染まる通り。
どこか懐かしい空気が流れている。
「ここ、好きなんだ」
結衣は嬉しそうに言った。
「なんかさ、普通でいいじゃん」
「……普通、ね」
海里は少しだけ苦笑する。
「普通が一番難しいんだよ」
その言葉に、結衣は一瞬だけ黙った。
でもすぐに、にこっと笑う。
「じゃあ今日、それ叶ってるね」
「は?」
「海里くんと、放課後に寄り道してる」
その言葉に、海里は何も言えなくなる。
夕焼けが、やけに眩しかった。
そのあと、二人はたい焼きを買って食べたり、雑貨屋を覗いたりした。
他愛もない時間。
なのに、不思議と楽しかった。
「……久しぶりだな、こういうの」
ぽつりと海里が言う。
「でしょ?」
結衣は、ちょっと得意げに笑った。
「だから言ったじゃん。青春っていいでしょ?」
「……まあな」
気づけば、海里は自然に笑っていた。
帰り道。
空はすっかり暗くなり始めていた。
「今日はありがとう」
結衣がぽつりと呟く。
「楽しかった」
「……こっちこそ」
そう答えたとき。
ふと、結衣の足が止まった。
「結衣?」
振り向くと——
彼女は少しだけ苦しそうに息をしていた。
「……大丈夫か?」
「うん、平気」
すぐに笑顔を作る。
でも、その笑顔はどこか無理をしているようで。
「ほんとに?」
「ほんとほんと。ちょっと疲れただけ」
そう言って、また歩き出す。
その背中を見ながら、海里は胸の奥がざわつくのを感じていた。
(……なんか、おかしい)
でも、その違和感の正体は——
まだ、わからなかった。
4話
次の日の昼休み。
海里が屋上に行くと、そこにはすでに結衣がいた。
「遅いよ、海里くん」
「勝手に先来るなよ」
「だって待ちきれなかったんだもん」
そう言って笑う。
でも——
その笑顔が、どこか弱々しい。
「……顔色悪くないか」
「そう?」
結衣は自分の頬に触れる。
「気のせいじゃない?」
「いや、どう見ても——」
「それより!」
言葉を遮るように、結衣が声を上げた。
「次のリストやろ!」
「……話逸らすなよ」
「いいからいいから」
強引に話を進める。
その様子に、海里は少し苛立ちを覚えた。
「無理してるなら言えよ」
思わず、強い口調になる。
その瞬間。
結衣の表情が、少しだけ揺れた。
「……無理なんて、してないよ」
静かな声だった。
「私、元気だし」
「じゃあさっきのは何だよ」
「だから、ただの疲れ——」
「嘘つくなよ」
空気が、ぴんと張り詰める。
結衣はしばらく黙っていた。
そして——
「……海里くんには、関係ないよ」
その一言が、胸に刺さった。
「関係ないって……」
海里は、言葉を失う。
昨日、あんなに笑っていたのに。
一緒に“やりたいことリスト”を作ったのに。
「……そっかよ」
ぽつりと呟く。
「なら、もういい」
背を向けて歩き出す。
そのとき。
「待って!」
結衣の声が、背中に飛んできた。
でも、海里は止まらなかった。
階段を降りながら、拳を握る。
(なんなんだよ……)
イライラと、モヤモヤが混ざる。
でもその奥にあるのは——
はっきりとした感情だった。
(……心配、してんのに)
気づきたくなかった。
こんな短い時間で、こんなに気になるなんて。
その日の放課後。
海里が帰ろうとしたとき——
教室に、結衣の姿はなかった。
「……もう帰ったのか?」
なんとなく、嫌な予感がした。
机の上には、ノートが一冊。
そこには、“やりたいことリスト”が書かれていた。
そして、その横に——
小さく、震えた字で。
「ごめんね」
と書かれていた。
(……なんだよ、それ)
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
さっきまでの苛立ちは、もうどこにもなかった。
代わりにあるのは——
言いようのない、不安だった。




