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殺された入り婿の二度目の遺言 ~10年前に戻り完璧な美男子となった俺は、未来知識と手料理でクズ妻一族を内側から全て奪い尽くす~  作者: 伊達ジン


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第16話 華麗なる当て馬への接触

 ペントハウスのアイランドキッチンに、理性をかき乱すほど強烈なガーリックとエシレバターの香りが充満している。

 舞永を法の網の目を潜り抜ける『法的な剣』として完全に手中に収めてから数日後。俺は次のフェーズへ移行するための準備を進めていた。

 巨大なフライパンの中で豪快に音を立てているのは、スリランカから空輸で取り寄せた極上のマッドクラブだ。


「ねえ健太郎さん。それ、絶対に美味しいやつだけど、今の時間から食べるカロリーじゃないよね」


 カウンター席に座り、ハッキング用のノートパソコンから目を離した心が、呆れたような、それでいて隠しきれない食欲を滲ませた声で言った。


「カロリーを気にするのは、自分の頭脳と体をフル稼働させていない証拠だ。これから仕掛ける戦いに向けて、極上のエネルギーを補給しておく必要がある」


 俺は分厚い殻ごとぶつ切りにしたカニに、みじん切りにした大量のニンニクとエシャロットを絡ませ、フランス産の最高級発酵エシレバターを惜しげもなく投入した。バターが泡立ち、カニの殻から滲み出る濃厚な甲殻類の出汁や黄金色の蟹味噌と混ざり合って、とろみのあるソースへと変化していく。

 そこに辛口の白ワインを一気に注ぎ入れてフランベし、アルコールを飛ばす。ボワッと炎が上がり、凝縮された旨味の蒸気がキッチンの大理石を照らし出した。仕上げに粗挽きのブラックペッパーと、刻んだ新鮮なイタリアンパセリをたっぷりと振りかけ、フライパンを大きく煽って全体を完全に乳化させた。


「お待たせした。特製『マッドクラブのガーリックバター炒め』だ」


 熱気を放つ大皿をカウンターに置く。殻を手で掴み、濃厚なバターソースにまみれたカニの身に豪快にかぶりつく野性的な料理だ。

 心はゴクリと喉を鳴らし、手を拭いてからカニの巨大な爪に手を伸ばした。


「……んんっ! なにこれ、バターとニンニクのパンチが凄いのに、カニの身の甘さが全然負けてない! 美味しすぎる!」

「この濃厚な旨味には、これくらい強いペアリングが必要だ」


 俺は自分用に、樽香が豊かでふくよかな果実味を持つカリフォルニア産の『シャルドネ』をグラスに注いだ。そして未成年の心には、生の生姜をすりおろしてカルダモンやクローブなどのスパイスと共に煮込んだ自家製のシロップを強炭酸で割り、ライムとミントをたっぷりと効かせた辛口の特製ジンジャーエールを用意した。


「このジンジャーエール、ピリッとしててカニの濃厚なソースを綺麗に流してくれる。最高……」


 夢中でカニを頬張る心を前に、俺はシャルドネを口に含んだ。樽熟成された白ワインのバニラやナッツのような香りが、エシレバターの風味と完璧に同調し、カニの旨味を口の中で爆発させる。


「それで、次のターゲットの話だけど」


 カニの殻を置き、ウェットティッシュで指を拭きながら、心がパソコンの画面を俺に向けた。

 画面に映し出されているのは、長身でグラマラスなスタイルと、ゴージャスに巻かれた明るい髪が特徴的な、圧倒的な華やかさを放つ美女のポートレートだ。


「清水南。26歳。神崎グループと長年ライバル関係にある『清水グループ』の令嬢で、現役のトップモデル兼インフルエンサー。SNSのフォロワーは数百万を越える、まさに社交界の華だよ」

「ああ。麗華が、世界で最も敵視し、忌み嫌っている女だ」


 俺は冷たい笑みを浮かべてワイングラスを揺らした。1周目の地獄のような日々でも、麗華はテレビや雑誌に彼女が映るたびにヒステリーを起こし、俺に当たり散らしていた。


「麗華の周囲の『実務』を担う手駒――冴子と舞永はすでに俺の支配下に置いた。次は、あの傲慢な女王の『精神』と『プライド』を外側から破壊するための盤外戦術だ。南という最も華やかで攻撃的な炎を、麗華の足元に放り込む」

「なるほどね。でも、彼女は誰の言うことも聞かない高慢な女王様だよ。あんたの思い通りに動くかな?」

「問題ない。彼女の奥底にある『虚栄心と孤独』を突けば、簡単に落ちる」


 俺は残りのワインを飲み干し、静かに立ち上がった。


★★★★★★★★★★★


 数日後の深夜。都心の超高級ホテルの屋上を貸し切ったルーフトップバー。

 南が主催するVIP限定のシークレットパーティーは、華やかな音楽とシャンパンの泡、そしてプールサイドに集まった若き権力者やセレブリティたちの熱気に包まれていた。


『イノウエ・キャピタル』の若きCEOという肩書きと、事前にばら撒いた莫大な協賛金によってプラチナチケットを手に入れた俺は、会場の喧騒の中に静かに足を踏み入れていた。


 会場の中心には、巨大なシャンパンタワーがそびえ立ち、その傍らで最も強い光を浴びている女がいた。


 南だ。ハイブランドのタイトなスパンコールドレスを完璧に着こなし、長身のグラマラスなプロポーションを惜しげもなく披露している。勝気で挑発的な笑みは、周囲の人間全てをひれ伏させるような女王の風格があった。


「南さん、今日のドレスも最高に美しいですね」

「今度のミラノでのショー、必ず見に行きますよ」


 彼女の周りには、大手企業の御曹司や若手起業家たちが群がり、まるで意思を持たない人形のように甘い言葉で媚びへつらっている。南は彼らの言葉を退屈そうに聞き流し、適当な愛想笑いを浮かべながらグラスを傾けていた。彼女にとって、言い寄ってくる男たちは自分の価値を証明するためのただの『装飾品』にすぎないのだ。


 俺は群がる男たちを意に介さず、静かな足取りで彼女の輪へと近づいた。

 スイスで仕立てたミッドナイトブルーのオーダースーツ。ただ立っているだけで周囲の空気を制圧するような、計算し尽くされた大人の色気と威圧感。俺が歩み寄ると、周囲の男たちが無意識のうちに道を空け、南の視線が自然とこちらに向いた。


「……見ない顔ね。どちら様?」


 南は少し顎を上げ、値踏みするような視線で俺を見下ろした。その瞳の奥には、新たな『装飾品』を見つけたという傲慢な期待が微かに混じっている。


「イノウエ・キャピタルCEOの、井上健太郎です。今夜は素晴らしいパーティーにお招きいただき、光栄ですよ」


 俺は洗練された微笑みを浮かべ、軽くグラスを掲げた。


「ああ、あなたが最近噂の投資家さん。若くして凄腕だと聞いていたけれど、随分と……見栄えも良いのね。でも、私に近づく男はみんな同じような甘い言葉しか吐かないわ。あなたも、私を褒め称えに来たの?」


 挑発的な南の言葉に、周囲の男たちが息を呑む。

 だが、俺の表情は一ミリも動かなかった。微笑みをスッと消し、氷のように冷たく、無機質な視線を彼女にぶつけた。


「……褒め称える? 勘違いしないでいただきたい。俺はあなたのその『借り物の光』に興味はありません」

「……は?」


 南の笑顔が凍りつき、周囲の空気が一瞬で凍てついた。


「高価なドレスと、取り巻きの男たちの甘言。そんな薄っぺらいハリボテで虚栄心をいくら満たしたところで、あなたの瞳の奥底に張り付いた『退屈』と『孤独』は隠せていませんよ。……麗華という目障りなライバルを本当に潰したいのなら、こんなお遊戯会で女王様ごっこをしている暇はないはずですが?」


「あなた……ッ、何様のつもり!?」


 南の顔が屈辱と怒りで朱に染まる。これまで誰一人として彼女に意見する者などいなかった。彼女の絶対的なプライドを、俺は初対面で真っ向から木っ端微塵に踏みにじったのだ。


「無礼を失礼しました。ただ、俺は本物の『炎』を見極めたかっただけです。……どうやら期待外れだったようですね」


 俺は冷たく言い放つと、彼女から完全に興味を失ったように踵を返し、その場を離れようとした。

 相手を突き放す。これは、彼女のような強烈な承認欲求とプライドを持つ女に対して最も効果的な毒だ。自分を否定し、去ろうとする『自分より格上の男』を、彼女の自尊心は絶対にそのままにはしておけない。


「……待ちなさいよ」


 背後から、怒りに震えながらも、どこか切羽詰まった南の声が響いた。

 俺が立ち止まって振り返ると、南は取り巻きの男たちを乱暴に手で制し、鋭い足取りで俺に近づいてきた。


「……私のことを子供のお遊戯会だと言ったわね。麗華の名前まで出して。あなた、ただの冷やかしでここに来たわけじゃないんでしょ?」


 その勝気な瞳には、怒り以上の、強烈な『興味』が宿っていた。


「ええ。俺はただ、あの傲慢な女王が玉座から転げ落ちるという、極上のエンターテインメントを見たいだけです」


 俺は声を潜め、彼女にだけ聞こえる低く危険なトーンで囁いた。


「そのためには、あの女が最も敵視する『あなた』という絶対的な華が必要不可欠なのです。……俺の隣に立ち、麗華を公開処刑するゲームに参加しませんか?」


 俺の言葉に、南の瞳孔が大きく見開かれた。

 彼女は長年、麗華と互いに牽制し合い、嫌悪し合ってきたが、ここまで直接的で破壊的な提案を受けたのは初めてだったはずだ。しかも、それを持ちかけてきたのは、自分に媚びず、本質を見透かした底知れない魅力を持つ謎の大富豪。

 南は数秒間、俺の顔を射抜くように見つめていたが、やがてその赤い唇を歪め、妖艶で残酷な笑みを浮かべた。


「……面白いじゃない。私の周りに群がる薄っぺらい男たちとは、確かに違うみたいね」


 彼女は一歩踏み込み、俺の胸元に指先を這わせた。


「あの傲慢な顔が、嫉妬と絶望で歪むところを最前列で見られるなら、悪くない話だわ。……でも、私のパートナーを務めるには、それ相応の覚悟が必要よ?」

「もちろんです。あなたの光を最大限に引き立てる、最高の『偽装恋人』を演じてみせましょう」


「いいわ。私を退屈させないなら、そのゲームに乗ってあげる」


 華やかで高慢なトップモデルと、冷酷な復讐鬼。

 周囲の喧騒から切り離されたプールサイドの片隅で、神崎家を精神的に追い詰めるための、最も派手で攻撃的な協定が結ばれた。

 だが、この高飛車な令嬢はまだ知らない。この『偽装恋人』というビジネスライクなゲームが、やがて彼女自身のストイックな理性を完全に崩壊させ、俺の復讐を彩る最も華やかで盲目的な炎へと変貌していく、底なしの沼への入り口であるということを。

 俺は心の中で冷酷な笑みを深め、彼女の差し出した手を恭しく取った。

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