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殺された入り婿の二度目の遺言 ~10年前に戻り完璧な美男子となった俺は、未来知識と手料理でクズ妻一族を内側から全て奪い尽くす~  作者: 伊達ジン


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第17話 極上の罠とトップモデルの胃袋

 神崎家の次期トップである麗華の自尊心を外側から焼き尽くすための、最も華やかで攻撃的な炎。

 現役トップモデルであり、清水グループの令嬢である清水南と、あのルーフトップバーで『偽装恋人』の密約を交わしてから数日後。俺は彼女を、今後の具体的な作戦会議という名目で、港区のペントハウスへと招き入れていた。


「いらっしゃい、清水さん。よく来てくれましたね」


 エントランスの重厚なドアを開けると、そこには大きなサングラスで顔の半分を隠した南が立っていた。

 彼女は今日も完璧だった。身体のラインを隠すようなオーバーサイズのトレンチコートを羽織りながらも、その下に隠された極限まで絞り込まれたプロポーションの美しさは、服の上からでも容易に想像がつく。


「誰の目にも触れない安全な場所で打ち合わせをしたいって言うから、わざわざ来てあげたのよ。パパラッチに撮られたら面倒だもの」


 南はサングラスを外し、赤い唇に傲慢な笑みを浮かべながら、ハイヒールを鳴らして広大なリビングルームへと足を踏み入れた。


「へえ、成金趣味の悪趣味な部屋かと思っていたけれど、意外と洗練されているのね。無駄なものが一切なくて、少し冷たすぎるくらいだけど」

「お褒めいただき光栄です。あなたの美しさを引き立てるには、これくらい無機質な背景の方がふさわしい」


 俺は紳士的な笑みを返し、彼女を特注のソファへと案内した。


「……それで? 麗華のあの忌々しい顔を歪ませるための、具体的なプランはできているの?」


 優雅に足を組みながら、南が単刀直入に切り出してくる。


「焦る必要はありません。本番となる神崎グループのレセプションパーティーまでは、まだ少し時間がある。まずは、俺とあなたの『恋人としての距離感』をすり合わせておく必要がある」


 俺はそう言いながら、彼女の向かいの席ではなく、あえて隣のパーソナルスペースへと腰を下ろした。南の肩が微かに強張るのが分かる。


「これからの打ち合わせは、実践を兼ねて行います。お互いに『健太郎』『南』とファーストネームで呼び合い、敬語も一切なしだ。どこから見られても不自然さのない、親密な恋人同士の空気を今この瞬間から作り上げる。……構わないな、南?」


 突然の丁寧語から常体へのスイッチ。俺が声のトーンを一段低くして耳元で囁くと、南は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに面白そうにフッと笑った。


「……なるほどね。形から入るってわけ。いいわよ、健太郎。私をエスコートするなら、それくらい強引な方が助かるわ」

「物分かりが良くて助かる。では、恋人としての最初の共同作業といこう」


 俺は立ち上がり、大理石のキッチンカウンターの奥へと向かった。

 あらかじめ用意しておいた巨大なカッティングボードの上に、重厚な肉の塊を乗せる。


「……ちょっと、健太郎。まさかとは思うけれど、今から食事にするつもり?」


 南の形の良い眉が、不快そうにピクリと跳ね上がった。


「そのつもりだが。何か問題でも?」

「大ありよ。私は現役のモデルなの。専属の栄養士が秒単位で管理したメニュー以外、口に入れない主義なのよ。他人が作った、カロリー計算もされていない料理なんて絶対に食べないわ。……炭酸水か、ブラックコーヒーだけでいい」


 彼女は腕を組み、頑なに視線を逸らした。

 トップモデルとしてのプロ意識。それは確かに賞賛に値するものかもしれない。だが、俺の目から見れば、それは強迫観念に縛られ、長年の厳しい食事制限によって心身ともに悲鳴を上げている『飢えた獣』の虚勢でしかなかった。


「そう意地を張るな。君のその完璧なプロポーションを維持するための苦労は理解しているつもりだ。だが、今の君の体は極度の飢餓状態に陥り、代謝が落ちきっている。たまには、魂の底から満たされるエネルギーを補給しなければ、いずれ内側から壊れるぞ」

「知ったような口を利かないで。私がどれだけの努力でこのトップの座を維持していると……」


 南の反発をBGMに、俺は肉の塊に刃渡りの長いスライサーの刃を当てた。


 今日、この強固なストイックさで武装したトップモデルを完全に屈服させ、俺の掌の上で踊る従順な手駒にするために用意した料理。

 それは、ダイエットやカロリー制限という言葉から最も遠く離れた場所にある、禁断のジャンクフードの頂点。

 カナダ・モントリオール発祥のソウルフード、『モントリオール風スモークミート』だ。


 ただのパストラミや燻製肉ではない。

 極上の黒毛和牛のブリスケットを使用し、完成までに二週間以上の異常な手間をかけている。

 まずは、粗挽きの黒胡椒、コリアンダーシード、マスタードシード、ガーリック、そして少量の三温糖をブレンドした特製のドライラブを、肉の繊維の奥深くまで徹底的に擦り込む。そのまま温度と湿度を完璧に管理した熟成庫で、十日間かけてじっくりとキュアリングを行う。

 スパイスの風味が肉の芯まで到達したところで、今度は桜のチップを使って、低温で十時間以上のスモークをかける。

 そして、ここからがモントリオール風の最大の特徴だ。

 燻製が終わった肉を、さらに大型の蒸し器に入れ、三時間かけて徹底的に蒸し上げるのだ。この工程により、肉の余分な脂は極限まで削ぎ落とされ、同時に肉の繊維は自重で崩れるほどに柔らかくなり、スパイスと燻製の香りが旨味と共に内側にギュッと凝縮される。


 俺がスライサーを引いた瞬間。

 湯気と共に、熟成された肉の濃厚な旨味と、黒胡椒やコリアンダーの鮮烈なスパイスの香りが、広大なリビングルームに一気に広がった。


「……ッ!」


 ソファで腕を組んでいた南の肩が、ビクッと跳ねたのが見えた。

 彼女の視線が、まるで磁石に吸い寄せられるように、カッティングボードの上の肉の断面へと釘付けになる。

 蒸し立てのブリスケットの断面は深いルビー色に輝き、その周囲をスパイスの黒い層が美しく縁取っている。極限まで脂が落ちているにもかかわらず、切り口からは肉汁がキラキラと滲み出していた。

 俺はその肉を、数ミリの厚さに山のようにスライスしていく。

 軽くトーストしたライブレッドに、酸味の効いたイエローマスタードをたっぷりと塗り、その上に切り分けた熱々のスモークミートを、パンの三倍ほどの高さになるまで豪快に積み上げた。


「お待たせした。特製の『モントリオール・スモークミート・サンドイッチ』だ」


 俺は両手で持たなければ崩れてしまいそうなほどの巨大なサンドイッチを皿に乗せ、南の座るローテーブルへと運んだ。

 そして、その傍らに、氷をいっぱいに詰めたグラスと、冷やしておいたボトルを置く。


「この手の料理には、ワインよりもふさわしいペアリングがある」


 俺はグラスに、濃いルビー色の液体を注いだ。


「特製のクラフト・チェリーコーラだ。新鮮なアメリカンチェリーをシナモンやクローブ、カルダモンと一緒に煮詰め、炭酸で割っている。人工甘味料は一切使っていない」


 スパイスの効いた肉の香りと、チェリーコーラの甘く爽やかな香りが混ざり合い、強烈な引力となって南の嗅覚を責め立てる。


「……ふざけないで。こんな、カロリーの化け物みたいなもの……」


 南は顔をしかめ、必死に視線を逸らそうとした。だが、彼女の喉が微かに動き、無意識に生唾を飲み込んだのを俺は見逃さなかった。

 長年、生の野菜と味のしない鶏胸肉だけで飢えを凌いできた彼女の細胞が、本能レベルで目の前の肉とスパイスの塊を渇望しているのだ。


「勘違いしているようだが、これはただのジャンクフードではない」


 俺はローテーブルを挟んで彼女の向かいに座り、静かなトーンで告げた。


「長時間の蒸し工程により、肉の余分な脂質は限界まで落とされている。さらに、ふんだんに使われたコリアンダーやマスタードシードといったスパイス群は、君の極端な食事制限で冷え切った内臓を温め、基礎代謝を劇的に引き上げる効果がある。君の専属栄養士が組むメニューよりも、はるかに理にかなった『美のためのエネルギー』だ」


「そんなの……ただの詭弁よ。私が食べるわけ……」

「なら、なぜ君の手は震えている?」


 俺の指摘に、南はハッとして自分の手元を見下ろした。

 膝の上で固く組まれた彼女の指先が、微かに、だが確かに震えていた。

 理性では拒絶しようとしても、彼女の肉体は悲鳴を上げてこの料理を欲している。俺が発した「理にかなっている」という言葉は、彼女が自分自身のストイックな規律を破るための、完璧な『言い訳』を与えたに過ぎない。


「……一口だけ。一口食べて、不味かったらすぐに捨ててやるわ」


 ついに、飢餓感と強烈な香りの誘惑が、南の強固な理性の防壁を打ち砕いた。

 彼女は震える両手で、山盛りのサンドイッチを持ち上げた。大きな口を開け、ライ麦パンごと分厚いスモークミートの層にかぶりつく。


 カリッ、という軽快な音に続いて、分厚い肉の層が彼女の前歯を迎え入れる。

 その直後、南の細い背筋を、強烈な電流のような衝撃が駆け抜けた。


「……ッぁ」


 彼女は目を見張り、思わず片手で口元を覆った。

 極限まで削ぎ落とされた脂の代わりに、何層にも折り重なったスパイスの鮮烈な刺激と、凝縮された赤身肉の野性的なエキスが、味蕾を容赦なく蹂躙していく。十日間かけて芯まで染み込んだ塩気と旨味、そして長時間燻製された桜チップの芳醇な香りが、噛み締めるたびに口の中を満たし、鼻腔へと抜けていく。

 イエローマスタードの酸味が肉の輪郭をさらに際立たせ、ライ麦パンのほのかな酸味が全体を完璧にまとめ上げている。歯が要らないほどの圧倒的な柔らかさが、長年抑圧されてきた彼女の食に対する欲望を一気に解放させた。


(美味しい、なんて陳腐な言葉では表現できない。これは……もっと根源的な……!)


 長年、味気ないサラダとサプリメントで騙し騙し抑え込んできた深い『飢え』。それが、この圧倒的な旨味の奔流を前にして、完全に堰を切って決壊した。


「……っ、ん……」


 気丈な令嬢の面影は、もはやどこにもなかった。

 南は荒い息を吐きながら、もう一口、さらに一口と、巨大なサンドイッチに無我夢中で噛み付いていた。口の端にマスタードがつくのも構わず、モデルとしての理性的なブレーキを完全に手放し、ただひたすらに本能のまま肉を咀嚼し、嚥下していく。

 口の中がスパイスの熱で満たされたところで、俺が差し出したクラフト・チェリーコーラのグラスに手を伸ばす。

 ダークチェリーの濃厚な甘酸っぱさと、炭酸の弾ける刺激、そしてカルダモンやシナモンのスパイシーな後味が、スモークミートの濃厚な余韻と完璧なマリアージュを引き起こす。

 喉を鳴らしてコーラを飲み干した瞬間、彼女の全身から、重い鎖から解き放たれたような、深く甘い吐息が漏れた。


 トップモデルとしてのストイックな規律。他人に弱みを見せない高慢なプライド。

 それらの全てが、たった一つのサンドイッチとコーラによって、いとも簡単に粉砕されたのだ。


「……完食、だな」


 俺は空になった皿を見下ろし、冷ややかな笑みを浮かべた。

 南は顔を真っ赤に染め、肩で息をしながら、自分が信じられないほどのスピードで巨大なサンドイッチを平らげてしまった事実に、ようやく気づいたようだった。


「あ……私……」

「見事な食べっぷりだった。飢えた獣が、ようやく本来の生気を取り戻したようだな」

「獣って……あなたね……!」


 南はペーパーナプキンで口元を拭い、俺を睨みつけようとしたが、その瞳にはもはや初対面の時のようなどこか見下したような光はなかった。

 あるのは、自分の最も深い部分にある本能と欲求を、この男に完全に見透かされ、満たされてしまったという、圧倒的な敗北感と依存の萌芽だ。


 胃袋を完全に掌握する。それは、相手の精神の主導権を握る最も確実で残酷な手段だ。

 彼女はもう、俺の作る料理なしでは、そして俺という男の存在なしでは、自分を保つことができないだろう。


「これで、君も完全に俺の共犯者だ。……あの傲慢な麗華を絶望の底に突き落とすための、最高の準備が整った」


 俺はグラスに残ったチェリーコーラを飲み干し、彼女の顔を真っ直ぐに射抜いた。

 南は何も言い返さず、ただ火照った頬を隠すように俯き、小さく頷いた。

 麗華のプライドを焼き尽くすための最も華麗で攻撃的な炎は、今、完全に俺の手綱の元へ堕ちたのだった。

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