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殺された入り婿の二度目の遺言 ~10年前に戻り完璧な美男子となった俺は、未来知識と手料理でクズ妻一族を内側から全て奪い尽くす~  作者: 伊達ジン


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第13話 悪女の品定め

 雨の山道で息絶えた俺の死は、驚くほどあっさりと、そして残酷なまでに完璧に処理された。

 1周目の世界で、ガードレールに激突した軽自動車の中で血まみれになった俺の遺体は、警察の形ばかりの現場検証を経て、単なる不運な交通事故として片付けられた。

 なぜなら、神崎グループという巨大な権力には、あらゆる不祥事を法の網の目をすり抜けて揉み消す『掃除人』が存在していたからだ。


『現場のブレーキ痕や天候の記録からも明らかな通り、過労による居眠り運転が原因の単独事故です。追突された痕跡など存在しません。当方には一切の責任はありませんわ』


 霊安室の冷たい廊下で、警察や保険会社の担当者を前に、涼しい顔でそう言い放った女。

 神崎グループの若き敏腕顧問弁護士、森舞永。

 彼女は、黒崎の乗っていたSUVの追突痕を裏から手を回して隠滅し、俺の死を『10億円の保険金が滞りなく支払われる完璧な事故』へと仕立て上げた冷酷な実行犯の一人だった。人の命をただの法的な処理案件としてゴミのように片付け、麗華たちと共に甘い蜜を吸っていた悪魔の代弁者。


 神崎家という強固な城を完全に解体し、確実に俺の支配下へ置くためには、この女の持つ『リーガル・ハッキング能力』を神崎家から奪い取り、俺の意のままに動く手駒へと造り変える必要があった。


★★★★★★★★★★★


 金曜日の夜。東京・丸の内にある五つ星ホテルの最上階ラウンジ。

 シャンデリアの煌びやかな光が反射する窓際のVIP席で、俺は目前の女とグラスを傾けていた。


「イノウエ・キャピタルといえば、最近アジア市場で飛ぶ鳥を落とす勢いのファンドですよね。まさか、その若きCEOから直接、法務顧問のご指名をいただけるなんて光栄ですわ」


 艶やかな微笑みを浮かべてそう語るのは、森舞永本人だった。

 年齢は28歳。流れるようなブロンドヘアに、獲物を狙うような妖艶で挑戦的な瞳。ボディラインをこれでもかと強調するタイトな深紅のドレスを身に纏い、足を組み替えるたびにスリットから白い肌が覗く。一目見ただけで男の理性を狂わせるような、圧倒的な華と毒を併せ持つ美女だ。

 彼女は弁護士という知的な肩書きと、この息を呑むほどの美貌と色香を最大の武器にして、これまでに何人もの権力者や大富豪をパトロンとして食い物にしてきた。金と権力への執着が異常に強く、そのためなら非合法な手段も枕営業も辞さない。

 そして今、彼女の猛禽類のような瞳は、突如目の前に現れた莫大な富を持つ謎の美男子――井上健太郎という俺のカバーを、『極上の新たな金づる』として品定めしていた。


「こちらこそ。神崎グループの法務を若くして牛耳る森先生の腕前は、業界でも高く評価されています。今回、私が都内で進めている数百億円規模の都市開発プロジェクトにおいて、複雑な権利関係を『綺麗に掃除』していただける辣腕の弁護士を探しておりましてね」


 俺はダミーの投資案件が記された分厚いファイルと、顧問料として相場の十倍にあたる金額が記された契約書のコピーをテーブルに滑らせた。

 書類の数字を見た瞬間、舞永の妖艶な瞳の奥に、ギラリとした強欲の光が走るのを俺は見逃さなかった。


「……素晴らしいプロジェクトですね。私の手にかかれば、どんな障害も跡形もなく消し去ってみせますわ」


 舞永は甘ったるい声で囁きながら、テーブルの下で彼女のピンヒールの先を、俺のスーツの脚にゆっくりと這わせてきた。

 俺の財力と容姿に目をつけ、自慢の色仕掛けで俺の理性を骨抜きにし、実権をコントロールしようというあからさまな誘惑だ。男など、自分の肉体一つでどうにでも操れるという傲慢な自信が透けて見える。

 俺は内心で冷たく嘲笑しながらも、あえてその誘惑に乗ったフリをして、意味ありげに彼女を見つめ返した。


「頼もしいですね。ですが、この場所は少し人の目が多すぎる。……もしよろしければ、少し場所を変えて、より『親密な契約』の続きをお話ししませんか? 私のペントハウスで、珍しい料理と極上の酒をご馳走しますよ」


 俺の提案に、舞永は勝利を確信したような蠱惑的な笑みを浮かべた。


「ええ、喜んで。井上CEOの特別なフルコース、期待していますわ」


 数十分後。俺たちは港区にある俺のペントハウスへと到着した。

 広大なリビングルームと、眼下に広がる東京の圧倒的な夜景を前にしても、舞永は驚く素振りを見せなかった。これまでに無数のパトロンの豪邸を渡り歩いてきた彼女にとって、高級マンションなど珍しくもないのだろう。彼女の興味はただ一つ、今夜俺をベッドに引きずり込み、完全に主導権を握ることだけだ。


「素敵な夜景ね。……でも、私は夜景よりも、あなたの手料理とやらの方が気になるわ。キャビアでも出してくれるのかしら?」


 舞永はソファに座ることもせず、俺の後を追ってアイランドキッチンへと近づき、背後から俺の肩に手を這わせてきた。


「キャビアやトリュフは、ただ金を払えば誰でも出せる味だ。俺が今日あなたに振る舞うのは、もう少し野性的で、魂に直接響く一皿ですよ」


 俺は彼女の手を優しく躱し、キッチンカウンターの向かいにあるスツールに座るよう促した。


 今日、この強欲でプライドの高い悪女の鼻っ柱をへし折るために俺が用意したのは、高級フレンチでもキャビアでもない。

 南米コロンビアやベネズエラで愛される伝統的なストリートフード、『アレパ』だ。


 俺はガラスのボウルに、純白のマサ・アレパをたっぷりと入れた。そこにミネラル豊富な岩塩をひとつまみ加え、温度を完璧に管理したぬるま湯を少しずつ注ぎながら、手で素早く捏ねていく。

 粉と水が馴染み、トウモロコシ特有の香ばしく甘い香りが立ち上る。手にベタつかず、それでいてヒビ割れない、まるで赤ん坊の耳たぶのような絶妙な弾力。水分の吸収率を秒単位で計算したプロの感覚で、生地を一瞬で滑らかにまとめ上げた。

 生地をソフトボール大に丸め、両手で挟み込むようにして均等な厚さの円盤状に成形する。熱しておいた厚手の鉄板に澄ましバターをたっぷりと引き、その上でアレパの生地を焼き始めた。


「……何を作っているの? まるで南米のローカルフードみたいだけど」


 舞永は少し拍子抜けしたように、つまらなそうに頬杖をついた。大富豪の振る舞う料理が、小麦粉でもないトウモロコシのパンのようなものだったことに、露骨に落胆しているのだ。


「ただのローカルフードと侮らない方がいい。これは、相手の本能をねじ伏せるための一撃だ」


 俺は鉄板の上でアレパを裏返した。表面はバターを吸ってカリッとした黄金色に焼き上がり、中はトウモロコシの蒸気でもっちりと膨らんでいく。


 生地が焼き上がる間に、中に入れる具材の仕上げにかかる。

 用意してあるのは、あらかじめ真空低温で丸一日加熱し、赤ワインとアヒ・パンカ、クミン、オレガノでホロホロになるまで煮込み上げた、最高級A5ランクの『黒毛和牛のほほ肉』だ。

 南米の伝統的なカルネ・メチャーダを、最高級の和牛とフレンチの技法で極限まで昇華させたものだ。フォークで触れるだけで繊維が美しく解けていく和牛をフライパンで軽く温め直し、強烈なスパイスの香りを立たせる。

 焼き上がった熱々のアレパにナイフで横に切れ目を入れ、そこへライムと新鮮なコリアンダー、少量のハラペーニョを効かせたクリーミーなアボカドのワカモレをたっぷりと塗る。その上に、スパイスの効いた和牛のほほ肉を溢れんばかりに詰め込み、最後に長期熟成されたコクのあるパルミジャーノ・レッジャーノを山のように削りかけた。


 そして、この野性的で贅沢な一皿に合わせるペアリングの酒。

 俺はバカラのロックグラスに大きな丸氷を入れ、ベネズエラ産の最高級ダークラム『ディプロマティコ・アンバサダー』を注いだ。オーク樽で12年以上熟成させた後、ペドロ・ヒメネスのシェリー樽でさらに熟成させた、世界最高峰のラム酒だ。

 キャラメルやドライフルーツ、燻したバニラのような重厚で芳醇な香りが、アレパのスパイスの香りと混ざり合い、キッチンに圧倒的な大人の空気を充満させた。


「お待たせしました。特製の『アレパ・コン・カルネ・メチャーダ』だ。熱いうちに、手でそのままかぶりついてくれ」


 俺は熱気と香りを放つアレパと、ダークラムのグラスを舞永の前に置いた。

 彼女は怪訝な顔をしながらも、その野性的なスパイスの香りが彼女の理性を激しく揺さぶり、気づけば無意識のうちに両手でアレパを持ち上げ、小さな口を開けて一口かじりついていた。


 サクッ。


 表面の香ばしい焼き音と共に、舞永の動きがピタリと止まった。


「……っ!」


 大きく見開かれた彼女の瞳の奥で、強烈な衝撃が弾けたのが分かった。

 澄ましバターでカリッと焼き上げられたトウモロコシ生地の香ばしさを突破すると、中からは極限まで柔らかく煮込まれた黒毛和牛の強烈な旨味とスパイスの奔流が、堰を切ったように押し寄せてくる。さらに、ハラペーニョのピリッとした刺激を伴うアボカドのまろやかな酸味と、熟成チーズの濃厚な塩気が、和牛の脂を見事に中和し、信じられないほどの完璧な味覚の調和を引き起こしているのだ。

 庶民的なストリートフードの皮を被った、超一流のシェフですら到達できない執念と計算の結晶。


「……何これ……信じられない……」


 舞永は我を忘れ、まるで何かに憑かれたように二口、三口とアレパに食らいついた。

 口の中に残る和牛とスパイスの強烈な余韻。そこへ、俺が差し出したダークラムのグラスに口をつける。

 重厚で甘いキャラメルのようなラム酒のアルコールが喉を焼け付くように通り過ぎると、アレパのスパイス感とラムの樽香が見事に結びつき、理性のタガを焼き切るような、強烈な快楽の波が全身を貫いた。


 高級フレンチやキャビアで男を品定めし、意のままに操ってきた悪女の強固なプライドが、このたった一つの野性的な料理によって、足元から崩れ去っていく。


「……美味しい……。ただの金持ちの道楽じゃないわね……。食材からスパイスの調合、このラム酒との完璧な計算……。あなた、一体何者なの?」


 半分ほどアレパを食べ終え、ラム酒で頬を赤く染めた舞永が、荒い息をつきながら俺を見上げてきた。

 男の欲望を支配し、己のシナリオ通りに事を進めるはずだった彼女の計画は、完全に狂い始めていた。彼女は今、俺という男の底知れない深淵と、暴力的なまでの完成度に、逆に呑み込まれそうになっている自分に気づいたのだ。


「ただの投資家ですよ。ただ、相手の望むものを完璧に差し出し、絶対に逃れられないように絡め捕るのが、俺の流儀というだけだ」


 俺は自分のグラスのラム酒を一口含み、ゆっくりと立ち上がって彼女の背後に回った。

 そして、タイトなドレスに包まれた彼女の華奢な肩に手を置き、耳元で低く囁いた。


「神崎グループの飼い犬として、一生あの中庭で満足するか。それとも、私個人の専属となり、底知れない欲望の海に飛び込むか。……ただのパトロンだと思って私に近づいたなら、火傷では済まないですよ、森先生」

「……っ」


 俺の言葉に、舞永の体が微かに震えた。

 恐怖ではない。圧倒的な支配のオーラと、自らの野心を刺激する危険な男の色気に当てられ、彼女の中の悪女としての欲望が激しく共鳴しているのだ。

 男を搾取することしか知らなかった彼女が、初めて自分よりも巨大で冷酷な『捕食者』を前にして、本能的な悦びと熱狂を感じ始めている。


「……いいわ。その危険なゲーム、受けて立ってあげる」


 舞永は振り返り、ラム酒で濡れた赤い唇を歪め、俺に向けて極めて官能的で挑発的な笑みを返してきた。


 互いの思惑と欲望が交錯し、どちらが相手の魂の底まで支配するかを探り合う、スリリングな夜。

 神崎家を切り崩すための最強のリーガル・ハッカーを手に入れるための調教が、今、本格的に幕を開けた。

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