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殺された入り婿の二度目の遺言 ~10年前に戻り完璧な美男子となった俺は、未来知識と手料理でクズ妻一族を内側から全て奪い尽くす~  作者: 伊達ジン


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第11話 裏の特ダネと危険な接触

 週末の昼下がり。都心の喧騒から少し離れた、静かな緑道沿いの公園。

 初夏の柔らかな風が吹き抜けるベンチで、俺は隣に座る女性を静かに見つめていた。


「あのお店のコーヒー、本当に美味しいですよね。わざわざテイクアウトしてくださって、ありがとうございます」


 そう言って、温かいペーパーカップを両手で包み込みながら微笑むのは、林優香だ。

 淡いミントグリーンのカーディガンに身を包んだ彼女は、木漏れ日の下で、花がほころぶような穢れのない笑顔を見せていた。

 つい一時間前。休日の街を一人で歩いていた彼女を偶然見かけた俺は、気がつけば自ら声をかけ、こうして短い散歩に誘い出してしまっていた。

 本来なら、絶対に取るべきではない行動だ。あの雨の日の喫茶店で、彼女の平穏な日常を『陰ながら守る』と固く誓ったはずだった。これ以上近づけば、俺の纏う復讐の業火が彼女を巻き込み、危険に晒すことになる。俺の完璧な理性が、今すぐ立ち去れと警告音を鳴らしていた。

 だが、いよいよ神崎家との凄惨な殺し合いが本格化しようとしている今。俺の飢え渇いた魂が、人間の心を手放す前の最後の『救い』を求めて、無意識のうちに彼女の温もりにすがりついてしまったのだ。この矛盾した愚かな行動こそが、俺の中に残る人間としての致命的な弱さだった。


「口に合ったようで良かった。あなたがいつも淹れてくれる美味しいコーヒーの、ほんのささやかなお礼のつもりですから、今日は気兼ねなく楽しんでほしい」

「ありがとうございます、井上さん。でも、なんだか私にはもったいないくらいで……」


 優香は恐縮したように少しだけ視線を伏せた。その澄み切った大きな瞳の奥には、1周目の絶望の底にいた俺に、見返りを求めず傘を差し出してくれた時と変わらない、無条件の優しさが宿っている。


 莫大な資金を動かし、神崎家を地獄へ叩き落とすための罠を張り巡らせる修羅の日々の中で、彼女と隣り合って歩くこの数十分の『デート』だけが、俺が息を継げる唯一の避難所だった。


「……井上さんって、不思議な方ですね」


 コーヒーの香りを楽しみながら、優香がふと小首を傾げた。


「不思議、とは?」

「とても大人で、隙がなくて、完璧な紳士なのに……時々、すごく遠くを見ているような、少し寂しそうな目をされるから。ごめんなさい、私みたいな学生がこんなこと言うのは変ですよね」


 俺は内心で小さく息を呑んだ。感情を完全に殺し、誰からも本心を見透かされない完璧なペルソナを被っているはずなのに、彼女の曇りのない瞳には、俺の奥底にこびりついた孤独の残滓が映ってしまっているらしい。


「いや……あなたの観察眼は鋭いな」


 俺は穏やかな微笑みを浮かべ、ペーパーカップを見つめた。


「私は少し前まで、ずっと独りで戦ってきたんです。誰にも理解されず、光の当たらない場所でね。だから今でも時々、その頃の癖が抜けないのかもしれない」

「そうだったんですか……。井上さんにも、大変な時期があったんですね」


 彼女は深く追求することなく、ただ俺の言葉を優しく受け止めてくれた。その温かさに触れるたび、俺は自分の手がすでに泥に塗れている事実を痛感させられる。

 彼女には絶対に、俺の裏の顔を知られてはならない。俺が神崎家を破滅させる復讐鬼であることを知れば、彼女のこの美しい世界まで黒く汚してしまう。


(危険だと分かっていても……俺はもう、この温もりを手放すことはできない。君の平穏な日常は、俺の全てを懸けて必ず守り抜く)


 俺は己の中にある捨てきれない人間味を静かに受け入れ、午後の穏やかな陽射しの中、彼女との束の間の平穏な時間を深く心に刻み込んだ。


★★★★★★★★★★★


 その日の夜。港区のペントハウスに戻った俺の顔からは、昼間の穏やかな紳士の仮面は完全に剥がれ落ち、冷酷な復讐鬼の顔へと戻っていた。

 書斎のマルチモニターには、天才ハッカーである木村心との暗号化された通信ウィンドウが開かれている。


『健太郎さん。冴子が持ち出したUSBのデータ、完全にロックを解除して中身の解析が終わったよ』


 ヘッドセット越しに聞こえる心の声は、興奮を隠しきれない様子だった。神崎家の第一秘書である冴子を呼び捨てにするあたり、すでに身内としての認識が固まっているらしい。


「ご苦労だった。状況は?」

『最悪で最高だよ。麗華の裏金リストと、私が追っていた黒崎翔の口座情報の動きが、見事にリンクした。黒崎の奴、神崎グループのダミー会社から会社の金を数億円単位で横領して、海外のペーパーカンパニーに流してる。しかも、そこから麗華とは別の女……愛人の口座にちゃっかり送金してる形跡まで見つけた』

「なるほど」


 俺は冷たい笑みを深めた。1周目でも、黒崎は麗華の愛人でありながら、裏では別の女を作り、神崎家の金を食い物にしていた寄生虫だった。その事実を、俺は掃除をしながら彼らの会話から盗み聞いて知っていたのだ。心のハッキング能力と、冴子が命懸けで持ち出した内部データが組み合わさることで、黒崎を社会的に抹殺し、麗華を絶望させるための完璧な『爆弾』が完成した。


『この横領と浮気の証拠、ネットにばら撒けば黒崎も麗華も一発で炎上して吹っ飛ぶね。今すぐやっちゃう?』

「いや、待て」


 俺は心の逸る気持ちを制止した。


「ただネットに流すだけではダメだ。神崎家の巨大な権力と資金力があれば、名誉毀損や捏造だと言い張って火消しに回り、トカゲの尻尾切りで終わらされる可能性がある。奴らの息の根を確実に止めるためには、最も効果的なタイミングで、世論を完全に味方につける『強力で信頼性のある拡声器』が必要だ」

『拡声器? それって……』

「ああ。神崎家を毛嫌いし、決して権力に屈しない表のスピーカー……フリージャーナリストの出番だ」


 俺は手元のタブレットを操作し、ある女性の調査ファイルを開いた。


 山崎桃子。29歳。

 かつては大手出版社の社会部に所属し、政財界のグレーな事件を鋭い嗅覚で暴いてきた優秀な記者だ。彼女は数年前、神崎グループの不正融資疑惑を執拗に追っていた。だが、記事が世に出る直前、神崎の強大な権力と圧力によって報道は完全に揉み消され、彼女自身も会社を追われてフリーランスへと転落した。

 今は業界から干されかけ、ゴシップ誌のベタ記事で食い繋いでいるという。

 神崎家に対する凄まじい執念と、権力に対する反骨心。彼女こそ、俺たちが手に入れた爆弾を世に放つための、最高の起爆装置だった。


 深夜23時。

 俺は新宿の路地裏にある、紫煙と古いジャズの匂いが染み付いた場末のバーに足を踏み入れた。

 薄暗い店内のカウンターの片隅で、一人静かにバーボンのグラスを傾けている女性がいた。無造作に切り揃えられたアッシュ系のショートボブに、着崩したマニッシュなシャツ。どこか気怠げでアンニュイな空気を纏ったその背中は、調査ファイルの写真の通り、山崎桃子本人だった。


 俺は足音を立てずに彼女の隣の席に座り、バーテンダーにマティーニを注文した。


「……ナンパなら他を当たってくれない? 今、最高に機嫌が悪いの」


 桃子は視線をグラスに落としたまま、気怠そうに言い放った。ハスキーで退廃的な色気のある声だ。


「ナンパをする気はない。ただ、君がずっと追い求めていた『獲物』の居場所を教えに来ただけだ」


 俺の言葉に、桃子がピクリと反応し、初めてこちらへ顔を向けた。

 俺の仕立ての良いスーツと、場違いなほどの容姿を頭から爪先まで鋭く観察した後、彼女は面白くなさそうに鼻で笑った。


「獲物? 何のことかさっぱり分からないわね。金持ちの道楽なら、他所でやって」

「神崎グループ次期トップ、神崎麗華の愛人である黒崎翔。彼が神崎のダミー会社を利用して数億円を横領し、海外のペーパーカンパニーを経由して別の愛人の口座へ送金している……と言ってもか?」


 その瞬間、桃子の気怠げな瞳の奥に、猛禽類のような鋭いジャーナリストの光が宿った。


「……あなた、何者?」


 声のトーンが一段低くなる。俺は内ポケットから薄い封筒を取り出し、カウンターの上を滑らせて彼女の手元に置いた。


「開けてみろ」


 桃子は警戒しながらも封筒を手に取り、中から数枚の紙切れを引き出した。それは、心と冴子によって裏付けられた、黒崎の横領と資金洗浄の決定的な証拠となる送金履歴のコピーだった。

 数秒間、紙の束に目を走らせていた桃子の息が止まった。


「これ……本物……? 完璧なエビデンスじゃない。どうやってこんなものを……」

「俺は投資家だ。少しばかり、神崎の動向に興味があってね」


 俺がマティーニのグラスを傾けると、桃子は書類を封筒に戻し、射抜くような鋭い視線を俺にぶつけてきた。


「冗談じゃないわ。ただの投資家が、神崎の心臓部に触れるようなこんな極秘データを引き抜けるわけがない。……あなた、神崎家を潰して何のメリットがあるの? 誰の差し金?」

「ただの趣味だ」


 俺は表情を変えずに、涼しい顔ではぐらかした。


「巨大で傲慢な城が、自分たちの驕りによって足元から崩れ落ちる音を聞くのが、俺の唯一の娯楽でね」

「狂ってるわね」


 桃子は呆れたようにため息をついたが、その手は封筒をしっかりと握りしめて離さなかった。かつて神崎によって全てを奪われた彼女にとって、この証拠は喉から手が出るほど欲しかった、逆転の特ダネなのだ。


「俺が持っているのは、これだけじゃない。神崎の裏帳簿から、麗華のドロドロのプライベートまで、あらゆる爆弾が俺の手元にある。だが、これを効果的に世間に爆発させるためには、権力に屈しない優秀な『スピーカー』が必要なんだ」


 俺はコースターの裏に、スイス銀行に用意した匿名口座の残高を書き込んだ。そして、それと一緒に、高度に暗号化された通信アプリだけがインストールされている真新しいダミーのスマートフォンをカウンターに滑らせた。元社会部のジャーナリスト相手に、自分の足がつく個人的な連絡先やペントハウスの住所を直接渡すほど、俺の情報管理は甘くない。


「莫大な報酬と、君が長年追い求めた世紀の特ダネを約束しよう。覚悟が決まったら、その端末から連絡をくれ。……俺の専属スピーカーにならないか? 山崎桃子」


 コースターの数字を見た桃子は、一瞬だけ目を見開いたが、すぐにふっと口角を上げ、不敵で魅力的な笑みを浮かべた。


「……ただの趣味でこれだけの金とネタを用意するなんて、本当にイカれた男ね」


 桃子は残っていたバーボンを一気に飲み干し、封筒とコースター、そしてスマートフォンをトレンチコートのポケットにねじ込んだ。


「いいわ。あなたの正体が何であれ、このネタは最高に面白そうだ。……乗ってあげるわ、大富豪さん」


 ギブアンドテイクの、対等な悪友としての契約。

 神崎家を社会的に抹殺するための、最強の猟犬にして『表の爆弾魔』が、ついに俺の盤上に降り立った。

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