羽衣璃の異能
「羽衣、璃……?」
無事脱出できて一安心している羽衣璃の耳に、今にも消え入りそうな声が聞こえてきた。
「キル……ってすっごいボロボロじゃないですか! 大丈夫ですか!?」
「大丈夫……でも、良かった。生きてて」
「約束したでしょ。例え地獄に墜ちても帰ってくるって。吸血鬼のお腹の中くらい、どうってことありませんよ」
実は割とギリギリだったが、安心させるためにそういうことにしておいた。
それに羽衣璃の脱出が少しでも遅れていたら、キルがアリアに殺されていたかもしれない。
同時に、怒りが湧き上がる。
「大丈夫です、すぐに終わらせますから」
そう言って、羽衣璃はアリアに向き直った。
「おかしい……おかしいわ。ちゃんと食べた筈なのに、タンカス真祖だってこうやって殺したのに」
アバラが露わになった胸部をじゅくじゅくと修復させながら、アリアは言った。
「いくら念じてもディアがこっちに来ないのも解せない……どういう仕掛けをしたの?」
「簡単な話です。今の私は、晴瑠野羽衣璃でありアリアさんなんです」
「ハァ……?」
訳が分からないとばかりに、アリアは首を傾げた。
「君に捕食されたとき、羽衣璃は魂だけの状態になっていた。しかし体内で肉体を再構成することで、脱出することができたという訳さ。君の体を原料に使ってね」
「……! ああ、そういうこと。肉体に私の属性を受け継がせることで、羽衣璃ちゃんと私の二つ分の契約を持たせたのね。二対一なら敵わない……けど、そこまで都合良くいじれるもの? ただの再生能力特化型の異能に」
「私もそう思ってましたよ。でも、魂だけのまっさらな状態になったときに気付いたんです。私の異能は再生じゃない。体が再生しているように見えたのは、私が戻れと願い再構成されていたからです」
再生ではなく、再構成。
それは同じようで、本質は全く異なる。
羽衣璃の卓越した再生能力は、彼女の異能の一側面にすぎなかったのである。
「まずは消化を阻む繭を構成し、その中でディアと一緒に体を再構成させてもらいました。後はタイミングを見計らって脱出……と、そう言う訳です」
「なるほどね……自分の体と認識してたら、違和感に気付けないのも当然か……してやられたわ。けどね、それだけで勝てると思ってるの? 前にボロ負けしたの忘れてない?」
「私単体なら無理でしょうね。けど、私達なら話は別です。それにこっちも言わせて貰いますけど――私の大切な人達に手ェ出しといて、ただで済むと思ってるんですか?」
記憶を閲覧したことで、かつてのアリアがまさしくヒーローと言うしかない人物であることは理解している。
だが、羽衣璃から大切なものを奪おうと言うのならば、容赦はしない。
それが変わり果てた怪物ならば尚更だ。
「ディアも、キルも、この街も、私のものです。奪おうって言うなら……ブッ潰します!」
「私のものねぇ……ふふっ、吸血鬼らしくなってきたわね、晴瑠野羽衣璃ィ!」
「所詮、私はヒーローってガラじゃないんですよ。私怨で暴れる人でなしです」
ヒーローというのは今、誰かのために戦う冒険者達のような存在のことを言うのだ。
「だったら、私も全力で奪ってあげる。あなたの大切なもの全てを!」
アリアの瞳が赤く輝き、体を鎧の如き鱗が覆う。
巨大な角と尾、翼が生え、その姿は正に竜人だ。
凄絶なまでに美しく、一目見ただけでも魂を吸い込まれそうになる。
生身で立ち向かおうものなら、羽の一振り、尻尾の一なぎの余波を受けただけでも木っ端微塵になるだろう。だが――負けてたまるか。
「やれるもんならやってみろです! ディア!」
「了解だ、羽衣璃」
剣の姿に変じたアリアが、羽衣璃の腰に巻き付き、簡素な黒い衣が生成された。己を鼓舞するように構えを取り、羽衣璃は叫んだ。
「変身!」
闇が羽衣璃を包み込み、鎧の形を成す。
「オォォォォォォォォォ――!」
ダンジョンを突き抜けんばかりに羽衣璃の雄叫びが響き渡る。
「弱い犬ほどよく吼えるわ――!」
アリアが羽衣璃の視界から消えた。
既にアリアは羽衣璃の背後に移動し、ブラッドムーンを振り下ろしていた――が、素早く振り向いた羽衣璃は、アームブレードで斬撃を受け止めた。
「やるじゃない……!」
だがアリアの攻撃はそれに留まらない。続けざまに繰り出される斬撃を、次々と捌いていく。
今度は、アリアのスピードに付いて来れている。
元々鎧には自分の動きをアシストしてくれる機能があったが、僅かなタイムラグが生じることがあった。
しかし今はそれをまるで感じない。
自分で思ったように、いやそれ以上に速く動ける。
鎧越しに感じていた感覚も、全てが鮮烈だ。
まるで、自分と鎧が一体化したようだった。
いや、その表現も羽衣璃の異能を考えればあながち間違いではあるまい。
「いきなりスペックアップ? 土壇場の覚醒ってヤツかしら!」
「そんなところです!」




