変わる
時間は少し遡る。
「合体だ」
アリアの体内にて、異能の詳細が明らかになり、ではどのような体を構築しようかというところで、ディアは言った。
ディアは少し涙声を残しながらも、いつものペースに戻っていた――いや、そうしようとしているのだ。
「僕の鎧と君の肉体を直接繋げられるように再構成する。君の異能を最大限活用しアリアを打倒するのはこれしかない」
「ということは、私とディアが一心同体、みたいな感じになるってことですか?」
「ああ。しかし完全な一心同体となる訳ではない。心は繋がっているが同化はしないと言ったところさ。こうすることで、羽衣璃は鎧を自分の肉体として扱えるようになり、性能をさらに引き出すことができるだろう。仮に君が意識を失った状態でも、僕が体を動かして戦闘を行うことも可能だ」
「おぉ……二人で一人のってヤツですね!」
この手のシチュエーションが大好物でテンション爆上がりな羽衣璃とは対象的に、ディアは何かが引っかかったような顔をしていた。
「しかし、それは肉体の主導権を互いに共有するということでもある。自分で提案しておいて何だが、道具の僕にそこまでの権限を与えるのはいささか危険な気がしてならない。もし僕が羽衣璃の体を動かし契約を解除すると言えば、僕は自由の身になるだろう。そして君の体を乗っ取ることも考えられる。強力と言えば強力だが、その分リスクも大きい」
「大丈夫ですよ。だってディアですもん」
少なくとも本気でそうするような奴ならば、事前に言う事はあるまい。きっと体を奪った後で得意げに言う筈だ。
「そんなあっけからんと……」
「ディアが出来るってコトは私もそんな風に乗っ取ることが出来るってことじゃないですか。私がそんなことするように見えますか?」
「君がそんな風にするとは思えないが……だがやむにやまれぬ事情があるのなら……」
「あーもー面倒臭いですねえ! 今はやれることをやっちゃいましょうよ。問題が起きたらその時に考えればいいんです!」
「まったく君という奴は……」
嘆息しつつも、ディアは小さく笑った。
そして、現在。アリアの翼膜が波打ち、魔力の光弾が次々と撃ち出された。
この弾幕を逃れることは困難に思えた。
すると両腕がひとりでに動き、アームブレードが蛇の如く光弾達に食らい突き、残さず迎撃した。
「ナイスです、ディア!」
『礼には及ばないさ』
肉体の主導権を共有したことで可能となった芸当だ。
前の状態のままでは、羽衣璃は光弾の雨に晒されていただろう。
土壇場の覚醒かとアリアは問うたが、羽衣璃は少し体を弄っただけだ。
己とディアを繋げ、鎧の性能を最大限に引き出せるように、肉体を鎧に最適化させた。
これらはあくまで羽衣璃が元々持っていた力の範囲内で行われたことだ。
ブラッドムーンの一撃を鎧で滑らせるようにいなし、流れるように肘鉄をアリアに喰らわせた。
「がっ――やるじゃない……!」
アリアは顔を歪めつつも、アリアは翼を拳のように丸め、羽衣璃に叩き付ける。
瓦礫の山を五つ貫きつつも、羽衣璃は地面を踏みしめ停止。
だがその時には既にアリアが肉薄。
ブラッドムーンが振り下ろされる。
「ハァ!」
羽衣璃はそれを拳で迎え撃ち――腕から血を迸らせながらも、拮抗。受け止めた!
「何!?」
「おりゃあっ」
もう一方の拳がアリアの頬を撃ち抜き、吹き飛ばす!
空気を震わせる衝撃! アリアはたたらを踏みつつ後退。
羽衣璃に拳のラッシュを、アリアはブラッドムーンで全てさばいていく。
衝突が起こる度に、羽衣璃の装甲から血が吹き出す。
「マジか。そこまでする……!?」
「リミッターでも外さない限り、あなたと戦ってられませんからね……!」
何故羽衣璃の攻撃がアリアに有効になったのか?吸血鬼も人間も、筋肉には一種のリミッターがかけられている。
それは自分の体を過度に痛めつけないようにするためだが、逆にそれにさえ目をつぶれば、『火事場の馬鹿力』と言うように、リミッターを外せば通常よりも遥かに高い身体能力を発揮することが可能になるのだ。
正に羽衣璃はそれを使っているのである……!
「自傷しながら攻撃とか、いくら吸血鬼も自殺行為でしょ……って、ああそうか。再生能力特化はコレが厄介なのよね」
吸血鬼は限り無く不死に近く、その力も強大だ。
しかし強大であっても無限ではない。その力は有限。
「確かに、ただでさえ再生能力が高い吸血鬼でも無闇に自傷することは稀だ。再生にも力を使うからね……だが、羽衣璃は他はパッとしない分再生分野に関しては、君より上だ。だからこそ、こういう無茶を行うこともできるという訳さ――!」
「他はパッとしないまでは言わなくていいんですよ!」
突っ込みと共に、羽衣璃は体を反らして横薙ぎに払われたブラッドムーンの一撃を回避。
続けざま、その勢いを乗せた上段蹴りをアリアに叩き込む!
再び鮮血の花が咲き、同時にアリアの左肩を砕く。
体制を立て直し、アームブレードを撃ち出すが、アリアはだらりと垂れ下がった左腕を鞭のように振るい弾き返した。それと同時に腕の再生を終える。
「やはりあの鱗が厄介だな。堅さが鎧のそれだ」
「て言うか、なんでドラゴンっぽいんですかあの人。吸血鬼ならコウモリでしょうに」
「吸血鬼の起源の一つは竜だ。人が竜の力を求めその因子を取り組んだ結果の一つが吸血鬼なのさ。ドラキュラとは『ドラゴンの子』という意味であるようにね。実際僕の中にも竜の因子はある。アリアがああなるのは当然の帰結だね」
「もしかしてこの鎧のデザインってドラゴンが元ネタだったんです!?」
「逆に何だと思っていたんだ」
「トカゲかなと」
「……」
微妙に傷ついたのが羽衣璃にも伝わってきた。
「お喋りしてる余裕なんて、あるかしら――!?」
槍のように突き出される尻尾を、羽衣璃は身体を反らすように避け、両腕で抱え込むように掴んだ。
「こんな尻尾、掴んでくれって言ってるようなものですよ!」
振り回してアスファルトに叩き付けてやると力を込めた瞬間――尻尾はアリアの体から意図も簡単に分離した。
「やっぱあっちもトカゲじゃないですか!」
「言ってる場合か! 今すぐ離せ!」
「へ?」
尻尾から展開した無数の棘が、羽衣璃を貫いた。
「がっ……」
鋭い痛みが体を駆け抜ける。
さらに尻尾は蛇のように羽衣璃の身体に絡みつき、容赦なく圧迫。
鎧が軋み、血が噴き出す。当然痛みも容赦なく羽衣璃の神経を蹂躙した。
「効いてる聞いてる。こう言うのはどうかしら」
アリアが指を鳴らした瞬間、尻尾が爆発した。
「ぐわぁぁぁ!」
熱と衝撃に、思わず羽衣璃は膝を突いた。
「アリアの異能は『武具生成』。竜に見せかけた翼や尻尾は生物としての器官ではなく、それに似せて造られた武器だ。迂闊に触ると火傷するぞ……もっと早く言うべきだったな」
「身を以て、実感していますよ……!」
人間であれば焼死してもおかしくない程の熱に晒されながら、羽衣璃は立ち上がった。
「ふーん……その反応、やっぱりね。いきなり動きが良くなったから何でかなって思ったけど、ディアと一体化してたんだ」
納得したように、アリアは頷いた。
「けれど、弱点もある。あなた、鎧に神経張り巡らせているでしょう? だから鎧のダメージは全て痛みに変換される。そうじゃなかったら、締め付けや爆発であそこまで痛がるはずないもの」
図星だ。
今の羽衣璃は鎧と一体化することで、鎧の性能をさらに引き出しアリアに食らいついている。
彼女の指摘されたとおり、今の鎧は羽衣璃を守る防具ではなく羽衣璃の身体の一部なのだ。
しかし痛覚を鈍らせては他の感覚も鈍り、戦いで不利になりかねない。
「それが、どうしたっていうんですか」
歯を食いしばり、両腕をクロスさせることでアリアの斬撃を防いだ。当然これにも痛みが生じる。だが、
「そんなの最初から織り込み済みなんですよ……!」
瞬間、鎧に変化が生じた。
「何……?」
背中、腰、脚部のパーツが蠢くように形を変えていく。
「拘束解除じゃない……まさか!?」
アリアはすぐさま跳躍し、翼からありったけの光弾を羽衣璃にぶつけた。
それは予感だった。このままにしておけばマズいと、その本能が警報を発したのだ。
羽衣璃の体は爆煙に包まれた。
煙はすぐに晴れる――しかし、そこに羽衣璃の姿はなし。
アリアが弾かれるようにして振り向くと、そこに彼女はいた。
だが、鎧のデザインが大きく変わっていた。特に目を引くのは背中から生えている二本のバーニア。
「今やディアは私の体も同然――つまり異能効果の適用内。この意味分かりますよね、アリアさん……!」
「ッ……鎧を肉体に見立てた再構成か……!」
アリアが身構えた瞬間、魔力を充填されたバーニアが一気に火を噴いた。
「『形態変化』――飛行形態」
音すら置き去りにせんとばかりに、羽衣璃は加速する。
「これが私の、異能だぁぁぁぁぁぁぁ!」
その勢いを乗せた渾身のアッパーカットがアリアの頭部を粉砕し、空へと吹っ飛ばした。




