ぶちかませファーストキス
「……はっ」
意識が戻る。
「なんですか、今の……」
羽衣璃に流れ込んできた無数のビジョン。それは……
「ディアの記憶、ですよね」
羽衣璃はいつの間にか繭を突き抜け、ディアの目と鼻の先にいた。
「僕のせいだ……僕の……」
近づいたことで、ディアが何か言っていることが分かる。
「僕のせいで羽衣璃が死んだ、アリアが変質した……全て、全て僕が、悪いんだ……」
「ディア! ディア! 聞こえますか!? 私です! 羽衣璃です!」
ここまで近づいても、ディアの虚ろな眼差しは羽衣璃を捉えない。
肩を揺すっても、耳元で大声で喚いても、返事が無い。
ディアは自分を責める言葉を吐き続けている機械に成り果てていた。自己嫌悪と後悔が、彼女を満たしている。
「人と関わったからこうなったんだ。ダンジョンに籠もっていればこんなことには――」
「……! この――!」
さすがにカチンときて、思い切り頭突きをかましてやったが、反応がまるでない。
逆にこちらが目眩を起こすハメになった。
「ぐあああ、本当は頭無い筈なのに……! て言うか、これで起きるのが定番でしょうが。こう言うときに逆張りなんていらないんですよ!」
往復ビンタでも効果が無い。
平手から拳に変更しても同じだった。
その間にもディアは、言葉の剣で自分を刻み続けていた。
それを繰り返す度に、少女の姿にノイズが走り、端から粒子と化し始めている。
「まさか、自我が崩壊しかけてるって言うんですか!?」
あり得ない話ではない。
ディアは自分を責めるあまり、自らを殺そうとしているのか。
「こっちが必死に持ちこたえてるのに、そっちが消えちゃあ世話ないですよ……!」
だがどうする。
今のディアは完全に心を閉ざしてしまっている。
あのアリアの変貌ぶりを見れば無理もない話だが、それだけでこうなるとは考えづらい。
ともかく、ディアの意識を取り戻さなければ話にならない。
大声で呼びかけても頭突きしても平手打ちしても拳でも駄目だ。
羽衣璃が今まで触れてきた物語では大抵それで正気を取り戻すパターンが大半であったが――
「……あ」
あった。試していないものが、一つだけ。
「うあーマジかー……」
やりたくないというと些か語弊があるが、抵抗があると言えばウソになる。
その方法はよく考えてみれば定番中の定番で、しかしそれは王子様とお姫様みたいなキャッキャウフフというか、ロマンスっぽいノリが必要な関係で成立しないといけない気がする。
では、羽衣璃とディアはどうだ?
「まぁ、嫌ではないですけどぉ……」
ディアに誘われたり了承されたらするかもしれない……が、今ディアは心を閉ざしている。了承の取りようがない
「……いや、待てよ?」
そもそもこの手の物語では、ソレのシーンまで王子とお姫様は見ず知らずの他人であるパターンが多い。
会って早々アレをかますというのはよくよく考えると中々にすごいが、まあ物語のそれをアレコレ言うのも野暮というものだろう。
ともかく――王子様とお姫様が初対面でアレするのなら、一緒に暮らして半月くらいの羽衣璃とディアがアレをしても特に問題ないのではなかろうか。
少なくても前者よりはマシではなかろうか。
「うん、どうですよ、きっとそうです!」
我ながら乱暴極まりない理論だがやるしかない。
このままだとどのみち羽衣璃は消化されるし、ディアもよく分からないが消えるのだ。
やぶれかぶれである。
「ファーストキス、いきまーす!」
そう叫び、羽衣璃はディアと唇をズキュウウウンと重ね合わせた――!
――あ、柔らかっ
ファーストキスはレモン味――ではなかった。なんなら味は感じなかったが、その柔らかさは確かに感じた。同時に、虚ろだったディアの瞳に光が戻る。
現状を確認したのか、彼女の顔面は瞬時に赤く染まった!
「うわああああああ!? 破廉恥な……破廉恥な! 君はなんて破廉恥極まりないことを……!」
「いやよく言うじゃないですか! 目が覚めないお姫様はキスで起こせって!」
「僕がお姫様というガラか! どちらかというと君だろう!」
「いやまあこのご時世ですし、お姫様のキスで起きる王子様ってのもアリじゃないですかね! うんそうですよ!」
羽衣璃もかなり恥ずかしかったので、大きな声で叫ぶことで必死に誤魔化そうとしていた。
最早成功した喜びはどこかにすっ飛んでしまっている。
「それにこっちはずっと呼びかけてきたんですよ! アレコレやっても起きなかったのにキスしたらホイホイ起きるディアの方がよっぽど破廉恥です! こちとらファーストキスだったんですからね!?」
「んなっ……それはもう少し相手を考えたまえよ!」
「そんな暇なかったんですよ! ディアはさっきまで消えかけてましたし、私は現在進行形で消化されてる真っ最中ですから!」
その言葉に、ディアの顔は一気に蒼白になった。
「そう、だった。君は死んで……じゃあ、僕も死んだのか――」
「うわっ、急に落ち込まないでくださいよ! 言ったでしょ、消化されかけてるって。まだ生きてます! なんか魂だけの状態ですけど!」
「……そうか。僕と羽衣璃を繋ぐパスは健在だから、こうして会話をすることができるのか――だが、それも時間の問題か」
ディアは再びその場で蹲ってしまった。
「ちょっと待ってくださいディア。何でそう諦めモードなんですか!」
「……どうしようもないんだ。僕は今、君が消えかけていても何もすることはできない。僕にできることで、現状を脱する事に繋がるものが何もない……いつもそうだ。肝心なことは、何もできない」
「ディア……」
ディアの心境とシンクロするように、彼女の周囲が昏く、淀んでいく。
「いつもそうだ。止めようとして、拒絶されて、諦めて、開き直って……それを繰り返し、傍観者を気取った結果がこのザマだ。再び心から一緒にいたいと思える相手に出会えたのに、また無茶苦茶になってしまった。しかも無茶苦茶にしたアリアも元を辿れば僕のせいだ。そもそもアリアが戦い始めたのも僕の過去の行いが原因の一つで……そうだ、全部僕のせいだ。僕がいたからこんなことになったんだ……羽衣璃ともアリアとも、出会わなければ良かったんだ……存在しなければ良かったんだ、造られなければよかったんだ――」
ぶちっ。実体を持たない頭の中で、何かがキレた。
「こんの、バカ野郎――!」
フルスイングの頭突きが、ディアの額に炸裂!
「ぐはぁ!? は、羽衣璃、君は何を……」
「それはこっちの台詞です!」
困惑するディアに羽衣璃は怒鳴りつけた。
「この後に及んでまだウジウジしてるんですかあなたは! 普通だったらキスして目覚めて大逆転の始まりでしょうが! 何また振り出しに戻ってるんですか! それに何ですか黙って聞いてりゃ出会わなきゃよかったんだって、私を馬鹿にしてるんですか!」
「ち、違う。僕は、ただ、君が危害を被るくらいなら――」
「出会わなければ良かったって? 冗談じゃないですよ! 勝手に後悔しないでください! 私の気も知らないで!」
「……! それなら、僕の気は知っているというのか!?」
ディアは羽衣璃の胸倉を掴んだ。
「分かるのか!? 自分のせいで愛する人間が変わってしまうのを! そんな彼女を――殺、して――ようやく、やっと感情に蓋をして整理を付けたんだ! なのにまたアリアは現れて、君を食った! かつてのアリアが忌避していたことを、今のアリアは嬉々として行っている……この絶望が君には分かるのか!」
「分かりませんよ……でも想像はできます。ディアの絶望が私の想像が付かないくらい大きなものだって。けど、ディアだって知らないでしょう!? 私がどれだけあなたを大切だと思っているか!」
「僕が大切だって!? 冗談じゃない。君が僕の過去を知らないからそんなことが言えるんだ。どれだけの血を流してきたと思う!? 君が知ればあっと言う間に幻滅するさ! そうに決まってる! なんなら今すぐ語って聞かせようか!」
「生憎と、ついさっき見てきたところです! 大分やんちゃしてましたね! 正直言って私もドン引きレベルの所業でしたよ! 明らかに地雷な契約者多過ぎとかとかホイホイ契約に応じすぎだろとか言いいたいことは山ほどありますし、あなたの存在を善悪二者択一にしたら間違い無く悪でしょうよ! けどそれがなんだって言うんですか!」
「なん、だと……?」
「ディアは私を助けてくれました! 私に美味しいご飯を作ってくれました! 側にいてくれました! 確かに過去は色々やらかしたんでしょう。けど全ては過去でしょう!? 今のあなたは――私にとってのディアは、命の恩人で美味しいご飯を作ってくれる世話焼きで少し口うるくてお人好しな――大切な相棒です!」
過去の亡霊達が一斉に否と突きつけても、知った事か。この想いは、例えディア本人でも否定させない。
「出会わなければ良かったなんて、そんなこと言わないでくださいよ! ましてや造られなければよかったんて、悲しいじゃないですか! あなたがいなかったら、私はとっくに死んでました! あなたがいてくれたから、私は変身できたんです!」
「羽衣、璃……だが、僕に、そんな感情を向けられる資格は――」
「資格もへちまもありませんよ! 私がしたいからそうするんです! こちとら吸血鬼ですからね! 道徳? 倫理? 知ったこっちゃあないんですよ! 私をそんな風にしたのはディアなんですから! 申し訳なく思うのならば、責任取って側にいてください――! ぐはっ」
羽衣璃の存在に一際大きなノイズが走る。
「羽衣璃……! もういい! 君が消えてしまう!」
「消えないためにってことでもあるんですよ、これは……けど、そのためにもう一つ聞かなきゃいけないことがあります。ディア! 何がしたいですか!」
「僕が……?」
ディアは戸惑うように、目を泳がせた。
「魔剣とか道具とかそう言うんじゃなくて。あなた自身の願い、欲望、望み……なんでもいいです、それを言ってください! 私は言いました! 今度はディアの番です。あなたは今、何をしたいんですか……!」
言うべき事は全て言った。後は、ディア次第だ。どのような答えが来るのかは当人次第。
しかし大丈夫だという根拠のない確信があった。何故って? 簡単だ。ディアは、自分が思っている以上にタフで強い。
「僕は――」
その答えに、羽衣璃は少々頬を染めながらも笑った。




