あなたがいないと
鋼と鋼がかち合う。
何合打ち合っただろうか。
今それを数える余裕はキルにはなかった。
一瞬でも気を抜けば、首が飛ぶ。
屋上の足場のいたる所に亀裂が入る程には戦っているが、致命的なダメージは受けていない。
「やるわね! 本物のリンネと同じくらい強いじゃない。キル。本当に弱体化してるの?」
「よく、喋る……!」
再変身によるバックファイヤは、今も尚キルの神経を苛んでいる。
それでも知った事かと剣を振るい続ける。
攻撃は最大の防御。
息つく暇もなく連撃を繰り出し、相手を追い詰める――それがキルのスタイルだ。
しかし、こちらがここまで大きなダメージを受けてないように、敵に有効打を与えることもできていない。
理由は吸血鬼が有する再生能力や鎧の耐久力ではなく、アリア自身の剣技にあった。
アリアの斬撃の一つ一つは暴風の如き勢いを持っている。
鎧を纏う前からも身体能力は同じ吸血鬼である羽衣璃を凌駕していたが、鎧を纏った今はそれ以上だ。
だが、彼女の立ち回りの源泉となる剣技そのものは、意外にもオーソドックスなものだ。
防御を重視し、相手の攻撃を凌ぎつつ隙を突いて痛烈な一撃を見舞う。
剣を扱うモンスターはダンジョンの中にもいたが、彼らの場合ただ振り回しているだけで、剣技と呼べる程の技量は持っていなかった。
だがアリアは違う。威力はさておき、剣技そのものはとても地味なのだ。
だが動きの一つ一つに無駄がない。基礎を徹底的に磨き上げた剣技――吸血鬼という絶対強者の剣技にしてはあまりにも浮いているように、キルは見えた。
エリアDでの会話から見るに、アリアもまた人間だったのだ。
ここに至るまでにどれだけの研鑽があったのか。感心と同時に空しさがキルの胸をよぎる。
「それだけの剣技を持ちながら――どうして、人をやめた」
だからこそ、疑問が口をついて出た。
「別に大した事じゃないわ。力が必要だったの。それを手にするには人間のままでいられなかった。ま、なんでそんなことで悩んでたんだって今なら思うけど!」
一際大きな火花と共に、アリアが後退。距離を取られれば、光刃が来る……!
そう判断し、キルは間合いを詰めようとする――が、
「でもね、キル。私は剣士じゃなくて吸血鬼なのよ? ブラッドムーンばかりに気を取られると――」
頭上に影が差す。アリアの翼が両手を組んだように絡み合い、鉄槌の如くキルに振り下ろされた――!
「……!」
刀で受け止めるも、全身が軋んだ。このままでは潰れる――そう思った矢先、限界を迎えた屋上が崩壊。
さらに三フロア分突き抜け、キルはビル内部の床に叩き付けられた。
「がっ……」
「はい、よそ見は厳禁!」
落下のエネルギーを乗せた大上段斬りがキルに迫る!
キルは左手のワイヤーを壁に撃ち、体をそちら側に引き寄せたことで回避!
さらに壁を蹴った勢いを乗せ、アリアの場所まで舞い戻り斬撃を見舞う。
無人のオフィスの中での斬撃の応酬。
刃の軌道上にはテーブルや書類、機械類などがあったが、障害にすらならぬ。
「それにしても、健気ねえ……」
「何……?」
「万が一、キルが私を倒したとして、羽衣璃ちゃんを助け出せたとするわ。でも、それで羽衣璃ちゃんが振り向いてくれるとは限らないんじゃない?」
アリアの指摘は正しい。
キルは羽衣璃が好きだ。
羽衣璃もキルを好きだと言ってくれた。
だが羽衣璃がキルと同じ熱量の愛を注いでくれるかと聞かれれば、分からない。
仮にキルが助け出したとしても、ディアと共に姿を消してしまうことも充分に考えられる。
それは嫌だ、怖い――。
「目が泳いでるわよキル。それじゃあ勝てない――アイアンメイデン」
キルの足下から無数の棘が生え、足を貫いた。
「……!」
さらに周囲から棘を有した棺のパーツが殺到。
このまま棺の完成を許し、キルは無残にも串刺しになってしまうのか――否!
「ハァッ!」
裂帛の声と共に、刃が煌めく。一息にキルは棺のパーツを全て破壊した。
「嘘でしょ!? 足動かせないのに!?」
足下の棘も破壊し、刀を鞘に収めたキルは、一瞬でアリアに肉薄した。
「羽衣璃に振り向いて貰えない……? だから、何だ」
それは怖くて、嫌で、もしそうなったら正気でいられる自信はない。だが、
「それが助けない理由に、なるものか……!」
正直、助け出せたとしても問題は山積みだ。
特に鎧の魔剣の処遇について言いたいことは山ほどある。
だが、あの殴り合いで羽衣璃の想いは充分に伝わっていた。
だからこそ、こんな宙ぶらりんのまま終わらせてはならない。
愛し合うにしろ話し合うにしろ殴り合うにしろ、どれも羽衣璃がいなければ成立しないのだから――!
「――オーバードライブ!」
限界を超えた速度と威力を有する居合いが、アリアを上空へと切り上げた。
アリアの肉体はビルの屋上よりさらに上へと吹き飛ばされる。キルはそれを追うように、まだ耐え切れそうな天井に両腕のワイヤーを射出した。
腕力と脚力を振り絞り、キルは自らの体を上空に向けて撃ち出した!
その勢いたるや一瞬でアリアを追い抜き、刀を振り下ろす――!
「……な!?」
目を見開いた。キルの斬撃は、頭部の顎に受け止められていた。
「残念――だったわねぇ!」
アリアは空中で体を捻る。
体を支えるものがないキルは、その凄まじい遠心力によって再びビルへ落下。
今度はさらに三フロア分床をブチ抜く!
「ぐっ……」
落下の衝撃に耐え、さらに遠くなった空を見上げたキルの目が、大きく見開かれた。
「無償の愛って奴ね。私も嫌いじゃないけど、尚更羽衣璃が許せないわ――第三拘束解除」
鎧右腕――第三の顎が展開し、そこから流れ出る魔力がブラッドムーンに注ぎ込まれる。
「それだけ愛されときながら、私のディアに手を出そうっていうんだもの」
禍々しい輝きを帯びたその剣を、アリアは振り抜いた。
放たれる光の奔流が、ビルを一瞬で貫き――爆散させた。




