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私はあなたを纏いたい! ~魔剣と始めるダンジョン攻略~  作者: 悦田半次


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魔剣の記憶

「これは――マズい、ですね……!」


 指の先から、自分の存在が徐々に削れていく。

 羽衣璃の肉体は既に滅びた。

 今羽衣璃が肉体のように知覚しているのは、羽衣璃の魂に他ならない。

 ここはアリアの体内。内臓のような物理的な質感ではなく、血の中に放り込まれたかのように、赤い奔流に流されていく。

 羽衣璃の魂は今、アリアに消化されている真っ最中なのである。

 並の魂であれば、あっと言う間に消化され、アリアの糧になっていただろう。

 だが、再生能力に秀でた羽衣璃は魂だけの状態になっても尚、己を保っていた。


「ぐおおお、負けて、たまるか――!」


 しかし今の自分に何が出来る? 再生能力だけが取り柄の半人前。

 いや、アリアの圧倒的な力を前にすれば三分の一人前でも盛り過ぎか。

 しかも今は、力を貸してくれるディアもいない……いや、待て。

 ディアをアリアに奪われたのは、アリアが吸血鬼の力が強かったからに他ならない。

 二重契約が発生した際の綱引きに負けたからであり、ディアと羽衣璃の契約そのものが破棄されてはいないのだ。


「まだパスが繋がっているとしたら……!」


 契約者と魔剣はパスで繋がっている。

 それを辿るディアにコンタクトを取ることができるのではないか。

 存在が削られていく恐怖を忘れ、羽衣璃はディアとの繋がりを探す。


「どこだ、どこに……あった!」


 パスはあまりにも頼りない糸のようで、しかししっかりと両者を繋げていた。

 羽衣璃はパスをたぐりよせるように、奔流に逆らいながらディアがいるであろう方向へ向かった。

 どれだけの時間が経っただろう。

 一分か、一時間か、はたまたもう一日が経過しているのか。

 外はどうなっているだろう、キルは無事なのだろうか。

 しかし何をしようにも、ディアがいなければ始まらないのだ。そして、見た。少女が一人、膝を抱えて蹲っていた。


「ディア!」


 手を伸ばす。しかし、ディアを囲む黒い繭のような障壁が羽衣璃を阻んだ。


「どうして……!」


 いや、そもそも気付いていないのか?


「ディア! 私です! 羽衣璃です! 気付いてください!」


 障壁を突破せんと、繭に殴りつけるように触れた。

 高圧電流じみた衝撃。

 魂の分解がさらに早まる。知った事か!

 ここで手を伸ばすのをやめれば、どのみち羽衣璃は終わる。

 ならば最後まで、足掻き抜く――!


「う、うおおおおおおおおおおお!」


 羽衣璃の拳が、繭を貫く。瞬間、無数の記憶が羽衣璃の頭に流れ込んだ。





 その魔剣がいつ、どこで、誰に、何のために造られたのかは定かではない。

 魔剣は鎧となり、人間に力を与え、装着者を人ならざるモノに変質させた。

 異民族から民と国を守らんとした王。

 永遠の若さを望む淑女。

 全ての頂点に立たんとした少年。

 他にも数多の人間が魔剣を求めた。

 彼らは魔剣を手にし、自らの望みを叶えた。

 彼らの望みは多種多様であったが、不思議とその結末は判を押したように似通っていた。

 則ち、破滅である。


 魔剣がそれを避けるようにと、いくら助言をしようと、聞く耳を持つ者は皆無であった。

 彼らにとって魔剣は道具だ。道具の忠告を誰が聞こうか。

 そんな結末だったとしても、堂々と最期を受け入れるのならばまだいい。

 実際そのような者達もいたが、数えるほどしかいない。

 いざその時が来ると、大抵ディアになんとかしろと喚き散らすのだから見苦しいことこの上ない輩が大半だった。

 破滅が嫌なら最初から契約しなければ良かったのだ。

 ディアは自分と契約すればどうなるかは事前に説明した。

 だが彼らは代償をろくに考慮せずに、急かされるように契約を交わした。

 そして、吸血鬼へと身も心も変質した。


 自分が何のために人であることを捨てたのかをあっさりと忘却し、そこまでして得たいと思った望みですら、取るに足らないモノと判断するようになる。

 民を守ろうとした王が彼らを食らいつくし、国を滅ぼしたように、

 だが、吸血鬼になるということはそういうことだ。

 止めても聞かないならば、知った事か。

 せいぜい勝手にするがいい。

 説得を諦めた魔剣は、変質し、破滅に向かって突き進む様を嘲笑して見ることにした。

 端から期待せず諦めて、傍観者を気取った方が心も楽だ。


 契約者がどんな惨劇を引き起こそうが知った事でない。

 かくして多くの悲劇が産声を上げ、血が流れた。

 そんなことを何十何百と繰り返し、ディア・ルインはアリア・アルメリアと出会った。

 アリアは変なヤツだった。


「うぅん、契約すると吸血鬼になる、か……だったら、協力してくれないかしら」

「どういうことだい?」

「契約を交わしたら吸血鬼になるのよね。だったら、契約を交わさなければ、人間のまま戦えるってことでしょう?」


 ディアは呆れた。

 契約を交わすということは、ディアを拘束すると言うことでもある。

 その拘束が無い状態で魔剣を運用するとなれば、土壇場で裏切られたり見捨てられたりすることは避けられない。

 ましてや、ディアの鎧は人間が装着することを前提にしておらず、肉体にかかる負荷は相当なものになる。

 下手をすれば一回の装着で命を落としかねない。

 そう説明しても、アリアは構わないと言った。

 道具として生まれた性か、元より契約してくれと頼まれたら断らない性分である。

 それに彼女のようなタイプは初めてだったので、暇潰しに鑑賞させてもらおうという意図もあった。

 かくしてディアとアリアは協力関係になった。戦いを重ねる度にアリアの体に傷が蓄積されていった。


「君は何故そこまでして吸血鬼と戦うんだい?」

「誰かの笑顔のため、かしら。人が笑ってるのを見ると、楽しくなってくるじゃない?」


 だからこそ、笑顔を奪う吸血鬼と戦う。

 綺麗事だ。しかし血を吐いて、ボロボロになっても尚、臆することなくそんな綺麗事を吐けるとすれば……大馬鹿者である。


「……まあ、君のヘラヘラ脳天気な笑みを見ていると笑えてくる、というのは同意するね」

「なんかすっげー馬鹿にされている気がするわ……!」

「ああ、君は大馬鹿者だよ。アリア」


 しかし、アリアの笑顔でこちらも笑ってしまうというのは本心だった。

 アリアは、ディアに道具ではなく友として接した初めての人間だった。

 初めて手を繋いでくれた。

 そんなアリアに、ディアはいつの間にか親愛の情を抱いていた。だからこそ、薄々理解していた。


 ――アリアは、さらに大きな力を求めるだろう、と。


 吸血鬼を倒すために、吸血鬼発生の元凶の一つであるディアの所へ赴くような少女である。

 必要になれば、契約を交わすかもしれない。

 そう思わせる覚悟と危うさが、彼女にはあった。

 だが、アリアが今までの契約者達のようになるのは避けたかった。

 だからこそ、自分ができる最大限のこととして、契約の際に吸血鬼のスペックは弱まるが人間性を保てる調整の術式を構築したのだ。

 かくしてアリアは戦い続け――とうとう、真祖を討った。


 契約から五年。ついにこの世界に存在する全ての吸血鬼を倒したのだ。


 ――そう、思いたかったんだがねえ。


 人間の姿に戻ったディアは、激闘の末崩壊した古城を見回した。

 真祖の亡骸は存在しない。

 敗北を認めず無様に喚き散らしながらアリアに食われ、肉体はおろか魂すらも消化され消滅した。

 達成感が無いと言えば嘘になる。

 だがそれよりも、新たな懸念事項ができてしまった。


 真祖を倒す際、アリアはディアと契約を交わし吸血鬼になった。

 万が一があってはいけないからと、調整を行うこともアリアは拒んだ。

 辛くも勝利した結果を鑑みれば、調整を行わなかったのは正解だっただろう。

 だが、ここからアリアはどうなる? 吸血鬼は他者の血肉を喰らわなければ生きていけない。

 モンスターを捕食する手もあるが、吸血鬼の食事を重ねる度に人間性は削れていく。

 ディアが愛した彼女の善性もまた、失われていくだろう。契約を交わした時点で、それは避けられないのだ。


「ひとまず、帰ろうか。ぐっすり寝て、戦いの疲れを癒やすといい。起きたら僕がとっておきの朝食を――」


 ぐしゅり。

 現実逃避気味に並べられた言葉は、アリアから発せられた異音によって阻まれた。


「が、あ――」


 アリアが自分の心臓を引き釣り出し、両手で握り潰していた。


「何――やってるんだ、君は!」


 泡を食って、倒れたアリアの元へと駆け寄る。


「何……って、見ての、通りよ。自殺」

「なんで、そんな」


 いつもはよく回る舌が、今に限ってろくに動かない。


「私の、目的は、ね。吸血鬼を全て倒すこと、だから」

「ああそうだ。君は僕を源流とする吸血鬼も、真祖を源流とする吸血鬼も、その真祖も倒した! もう吸血鬼はこの世界には――」


 ――いる。この世界最後の吸血鬼が、ディアの目の前に。


「……こんな、こんな結末があるというのか!? ボロボロになるまで誰かのために戦って、最後は自らの命を絶つだと!? そんな馬鹿な話があるものか! 僕は認めない! こんな結末認めるものか! それに、それにだ――何で君は笑っているんだ!」


 血を吐き、息も切れ切れの状態でも尚、アリアは笑っていた。


「いやぁ……。ディアが、怒ってくれて、泣いてくれて……それって何か、嬉しいなって」


 指摘されて、ディアはようやく自分の頬を伝う涙に気付いた。


「何を、言っているんだ、君は……」

「私ね……人を食べたくて、仕方、ないんだ」

「……!」

「このままだったら、私は、多くの人から笑顔を奪う。それは……嫌だから、ここで、倒す。私が、私でいるために」


 弱々しくも、確固たる覚悟の光を湛えた瞳。

 紅く染まろうと、それは変わらなかった。


「だから、最後に……手伝って、くれるかな……ごめんね、ここまで来たのに、力、うまく、入らなくて……ダメだなぁ、私、肝心なと、ころで」


 アリアの心臓は完全には破壊されていない。

 吸血鬼にとっては大きなダメージだが、まだ死には届かない。このまま放って置けば修復されるだろう。


「……分かった。道具として、君の望みを叶えるよ」


 感情を封じ込め、ディアは魔剣の姿に戻った。

 切っ先が、アリアの心臓を捉える。


「ディア――」


 魔剣は、修復を始めた心臓ごとアリアを貫いた。


「――大好き」


 かくして、この世界の吸血鬼は絶滅した。


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