侵食される世界
胴体から展開した顎は獲物を咀嚼し、飲み下した。
「ふぅご馳走様。味は分からなかったけど、美味しかったって言っておくわ」
ぽんぽんと腹を撫でながら、満足そうにアリアは言った。
ディアの声はしない。
今までは何やら叫んでいたが、羽衣璃が食われた瞬間電源を落としたかのように声が途切れたのだ。
そしてキルは、地面に倒れたままその光景をただ眺めていることしか出来なかった。
「何を……」
「うん?」
「何を、した。羽衣璃は、どこに――」
「食べたの。言ったでしょう? ご馳走様って」
食べた――? 言葉の処理が、追いつかない。まるで羽衣璃が死んだみたいではないか。
「吸血鬼狩りをやっていたから、再生特化型の攻略法も知ってるの。魂ごと消化すればどうってことないわ。ディアも取り返したことだし、ダンジョンからの指令も済ませておかないとね」
アリアはブラッドムーンを地面に突き立てた。
瞬間、ブラッドムーンを起点に景色が塗り変わっていく。
充満する鉄錆めいた匂い。
周囲の景色は赤いフィルターをかけたかのよう。
キルに纏わり付く大気は湿り気を帯び、どこか息苦しさを感じられる。
自分が知っているものとはやや異なるが、これではまるで……
「ダンジョン……」
「そう。この世界をダンジョンで塗り替える。それが私の使命なの。それじゃあ頑張って攻略してね、キル。まあ……コレを乗り越えられればの話だけど」
「待て――!」
翼を広げ夜空へと飛翔したアリアに手を伸ばすが、届かない。
示し合わせたように、羽衣璃に殺された冒険者達の死体が痙攣しながら起き上がり、リザードウォーリアめいた異形へと変貌した。
さらに地面を突き破り、無数のモンスターが姿を現す。
この世界に産み落とされた怪物達は、傷ついた獲物目掛けて殺到した。
「……んぁ?」
事務所兼自宅の寝室で、玉藻は目を覚ました。
「エヘヘ、通常の3万倍の性能……予算はいくらでもあるのよ――」
隣では、笹が寝言とヨダレを垂らしている。
「その予算はどこから出てるんだか……」
問いただしたい気もしたが、夢の中くらい好き勝手やってもかまうまい……と言いたいが、笹の場合現実でも好き勝手やっているので夢の中くらい自重してもいいのではなかろうか。
このまま、この同僚兼同居人のマヌケた寝顔を見ながら二度寝を決め込もうとすることも出来ただろう。
ベッドを離れカーテンを開けたのは、玉藻の中で嫌な予感があったからに他ならない。
そして昔から、この手の予感はよく当たる。当たらなくていいのに。
「なっ……!?」
玉藻の目に飛び込んできたのは、赤黒いドーム状の結界が街を飲み込んでいく光景。
「何が起きてんだ、これ……?」
結界の内部はここからでは確認出来ない。
「あの方向、エリアDからか……マジかよ。先輩起きろ。おい!」
なりふり構ってられぬと、玉藻はうつ伏せで寝る笹の尻をバシバシ叩いた。
「あたっ、何よタマちゃん。相変わらずお尻好きねぇ。でもいきなり激しいのはちょっと」
「言ってる場合か。つーか前から言ってるけど服着ろよ!?」
パジャマ姿の玉藻とは対象的に、笹は全裸であった。
「睡眠はこの世全ての束縛から解放される行為よ。つまり全裸こそ正道なの。それで、何が……ああ、そういうこと。中々面白いことになってるじゃない」
外の様子を見た笹は、納得したとばかりに目を細めた。
「全然面白くねーよ。勘弁してくれ本当に」
「それで、どうするの? タマちゃん」
「決まってんだろ。緊急クエストだ。所属冒険者全員に通達。先輩は結界の分析を頼む……あと服着てくれ。白衣以外もだ!」
全裸白衣という前衛的すぎるコーデを行おうとしていた笹に突っ込みを飛ばしながら、羽衣璃は友達の家に泊まっているキルに電話をかけた。
だが、通じない。GPSも圏外だ。
「アンニャロ、まさかダンジョンに……いや待てよ。友達の家って羽衣璃ちゃんトコだよな。キルがあの子差し置いてダンジョン行くか……? まさか!」
「どうしたの?」
「なぁ先輩、あの結界の中って電波は……」
「ちょい待って。おろろんちょちょぱっと……んー、無理っぽいわね。結界の中は異界化してる可能性が高いわ。電波とかそう言うのは一切合切弾かれてる」
相変わらず全裸白衣でパソコンを操作している笹は、都合の悪すぎる分析結果を告げた。
「まさかアイツ、あの中にいるってのか……!?」




