歪む
「久しぶり、ディア。百年……いや、二百年ぶりかしら?」
「何故、生き返った……? 君は死んだ筈だ。僕はこの目で見て、埋葬までしたんだぞ!」
「私も死んだと思ったわ。けれどダンジョンが力をくれて復活できたの。その代わりにこき使われることになったけど、そこは仕方ないわね」
そう言ってアリアは、んーっと背伸びをした。
「アバターも便利だけど、やっぱり生身の方が一番ね。しっくりくる」
「リンネは……?」
「ん?」
呆然とした表情のまま、キルは問うた。
「本物のリンネは、どこに」
「殺したわ」
あっさりと、アリアは言った。
「転移不可能エリアに誘い込んで、デバイスを貰ったの。おかげであっさりダンジョンの外に出られたわ。それに中身が違うって意外と気付かれないものね。記憶を読み取ってたっていうのもあるけど……ふふっ、私の演技力の賜物とも言えないかしら?」
アリアはデバイスを外すと、無造作に放った。
「デバイスの持ち主は殺した後に眷族にしたんだけど……あら、繋がらない。なんかもう死んでるみたい。せっかくのセカンドライフをあげたのに、残念」
「貴、様……!」
キルは殴りかかろうとするが、与えられたダメージのせいか再び倒れた。
突然の出来事に羽衣璃の頭もこんがらがりそうになるが、キルは重傷を負い、ディアは動揺している今、この中で一番冷静にアリアと会話できるのは自分しかいない。
「アリアさん……あなた、なんでこんなことをしたんですか」
「あら?」
「本物のリンネさんを殺して成りすまして、私達に冒険者けしかけて……結局あなたは、何がしたいんですか?」
「何って……うぅん、ダンジョンに課せられた使命は、この世界を侵食すること、かしら。けどそんなことより大切なのは、ディアを迎えにいくことだったの。けれどただやっほーって会いに行くのは味気ないでしょう? せっかくの再会なんだからどばーんと行こうと思ったの。賞金首としてディアが追われてたから冒険者に変装して、捕まえたー! としたところで種明かし。我ながら完璧な作戦……の、筈だったのに……」
僅かに、アリアの声に怒気が混じった。
「アバター手に入れて準備万端と思ったら、何か別の奴と契約してるとかそりゃないでしょう!? 浮気よ。NTRよ。許されざるわ!」
むきーっと、まるで子供のように地団駄を踏み、アリアはアスファルトにヒビを入れた。
「……と言う訳で。晴瑠野羽衣璃。あなたのせいで計画が台無しになったから、プランBを作ることにしたの。力と金に目が眩んだ強欲冒険者としてあなた達と戦い、倒した! やったか!? と思ったらラスボス登場衝撃の再開……って趣向にね。どう、ディア。びっくりした?」
瞳を期待に爛々と輝かせたアリアの姿は、イタズラ好きの子供を思わせた。
「……分かっているのかアリア」
声を震わせ、ディアは言った。
「今の君は、かつて憎んでいた吸血鬼そのものだ! あれだけ人を助けたいと、笑顔を守りたいと言って、行動で示してきたじゃないか! なのにこれでは……! あの時の君の気持ちは何処へ行ってしまったんだ!」
「あ、それ? もういいの、そう言うのは」
血が滲むようなディアの叫びに、アリアは余りにも素っ気なく返した。
同時に、羽衣璃も理解する。変質するとは、則ちこう言うことなのだ。
「吸血鬼になるってそういうことでしょう? まあ昔の私はこうなるのが嫌だから自殺したのだけど……いざ変わると別にどうってことないわ。それじゃあ、種明かしはおしまい」
次の瞬間、アリアは羽衣璃の横に立っていた。
「え……?」
「ほいっ」
アリアが腕を振った瞬間、羽衣璃の体は紙細工のように吹き飛んでいた。
「よっ」
上空に移動したアリアの踵落としによって、羽衣璃は地面に激突。アスファルトに蜘蛛の巣状の亀裂が走る。
「がっ……」
二撃分の衝撃が、羽衣璃の体内を蹂躙した。
鎧を装着していないのに、この速度、この強さ。
これが、吸血鬼の力なのか。
「本当は、見た瞬間殺したかったのよ? ここまで我慢した私の忍耐力は表彰ものだと思うわ。あ、勘違いしないでほしいのだけど寝取らせとか全然趣味じゃないから。見てるの本当に苦行だったから」
よろよろと立ち上がった時には、アリアはベルト化したディアのバックルを掴んでいた。
「だから返して。私のディアを」
アリアはディアを羽衣璃の身体から引き剥がした。
瞬間、羽衣璃の身体は宙を舞う。
回る視界の中に見えたのは、上半身を失い、スプリンクラーのように血を迸らせる下半身。
視界は鮮明だが何が起きたか頭で処理するのが困難だった。
地面に転がり、腰から下の感覚が激痛に塗り潰されたことでようやく理解した。体が分断された。
アリアの筋力により、ベルト状に巻き付いていたディアの刀身が羽衣璃を引きちぎったのだ。
あまりの痛みに目と口を限界まで開くが悲鳴すら出て来ない。
支えを失った下半身も、力なく倒れた。
「ディア……」
手を伸ばし、戻れと念ずる。しかしディアは羽衣璃の側に戻ることができなかった。
「なん、で……?」
「私だってディアと契約しているんだもの。私が『戻るな』と念ずればディアは逃れることができない。同一の契約ならば、吸血鬼として力の強い方が勝つ。簡単な綱引きよ」
羽衣璃の血にまみれたディアは、刀身を震わせながらもアリアの腰に巻き付く。
「逃げろ……今すぐここから逃げるんだ、羽衣璃……!」
「む、まだ逆らおうなんて悪い子。まあいいわ。調教して、屈服させるのも面白そうだし」
アリアは支配下に置いた魔剣を見せつけるように両手を広げ、首を傾けた。
「えっと、確かこう言うのよね――変身」
ディアから発せられた闇が、アリアの体を包み込み、変わる。
今まで毎日のように装着していた鎧が、羽衣璃の目の前にあった。
「ふふッ……アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ――!」
鎧を震わせアリアは嗤った。
それは紛れもなく、厄災の産声であった。




