仕組まれた遊戯
「がっ、くっ……」
幻痛が、キルの胸を苛んだ。周囲を取り囲むように現れたのは、ローブを着た冒険者達。
何者かであるかは分からない……だが、少なくとも羽衣璃とキルにとって都合の良い存在であるとは思えなかった。
その中の一人がキルに近づき、フードを脱いだ。
「……リン、ネ?」
「よっ」
軽い調子で、リンネ・フィストオンは笑った。
心の奥底にある悪意を隠そうともせずに。
「どうし、て」
「どうして? キルって相当鈍感だよね、人の悪意って奴に。それともアレかな。あーだこーだ言ってたけど、私信頼されてたってことか。いやー嬉しくなっちゃうなーっと!」
無造作に、リンネはキルの腹を蹴った。
激痛と共に、胃に入っていたものが全て逆流しそうになり、キルは必死でそれを押しとどめる。
「んー、やっぱ力調整難しいや。フツーの蹴りでコンクリ砕けちゃうんだもんねぇ。大丈夫? 死んでない? あ、生きてる。じゃあいいや。で、なんだっけ。理由を聞きたいんだっけ。まあザックリ言うと、金と邪魔者の排除ってところかな。あ、金が黒鎧で邪魔者ってのがキルね」
「邪魔……?」
「キルは強いよね。けど強すぎるってのもまた考え物でさ。存在するのが面白くねえってヤツもいっぱいできる訳さ。せっかく動画を出しても、同じ時間帯にキルが動画出してたらあっと言う間に視聴者持ってかれて再生数全然回らないとか。せっかく狙ってたモンスターを討伐されちゃうとか。大手事務所の冒険者なら雲の上の存在ってことで諦め付くけど、『スルーズ』じゃあねえ?」
キルは愕然となった。
そんなものが、理由だというのか?
冒険者同士が潰し合ったところで意味なんてない。
むしろ、ダンジョンに挑む者がいなくなるという点ではマイナスもいいところだ。
決闘で互いの技量を磨き合うのならばまだしも、転送機能が使えないダンジョンの外で襲い、殺すなんて何の意味があるというのだ。
「あ、その目アレだね。強くなりたきゃ鍛えるなりすればいいだろって言いたいんでしょ? でも人間ってさ、大抵キルほど強くないんだよ。自分が強くなるより、他人を引き釣り下ろす方を選ぶってワケ。それで自分がどうにかなるワケじゃあないけど、まあ手っ取り早い。あ、勘違いしてほしくないだけど、私はキルのこと好きだよ? でも、一億は独り占めしたいよねぇ。そのためなら裏切りもの止むなしってとこかな? 事務所に三割取られるのも嫌だから、後で社長と笹さんも送ってあげるよ」
その言葉に、キルの頭の中で何かが弾けた。
「リ、ンネェ……!」
キルはリンネの胸ぐらに掴みかかろうとするが、リンネはそれを軽くいなし、キルの横面をナックルで軽く小突いた。
「おい、いつまで話してんだ。さっさと殺しちまえよ」
冒険者の一人に口を挟まれ、リンネは口を尖らせた。
「分かってないなー。こう言うのは段取りが大事なんだよ。いきなり頭グシャッとやっても趣がないっていうかさ。けど、言いたいことは全部言ったし、そろそろいいかな?」
相変わらず軽い調子で言って、リンネはナックルを振り上げた。
「ごめんねキル。これも仕事だから……いやぁ、言ってみたかったんだよね、この台詞」
瞬間、羽衣璃を閉じ込めていた瓦礫の山が吹き飛んだ。
「何が起こった!」
「メイジ、早く魔法をかけ直せ!」
「分かってるわ――えぎっ」
魔法使いは喉を毟られ、呪文を紡ぐことができなかった。
近くにいたもう斧使いはも首を刎ねられた。
偽りの身体が解け、生身の肉体が露わになる。
続けざまに繰り出された二つの手刀が、両者の心臓を貫いた。
即死だった。
「よくも……よくも……!」
両手を赤く染めた黒鉄の鎧が、身体を震わせた。その姿を見た者は、息を飲み、無意識のうちに一歩引いていた。
彼らは本能で理解したのだ。目の前にいるソレが、自分達の想像以上の怪物であると――!
「よくもキルを、傷つけたなああああああああああ!」
怒りの咆哮が、夜空に響いた。
目を貫く喉を抉る手足を千切る。
「おい、何だよこれ! ぎゃああああああああああああ!?」
アバターが壊れれば、今度は生身の身体を同じように壊す。
「待って、私はただ頼まれただけでぎっ」
殺す壊す滅ぼす――!
「こんなの聞いてなアバッ」
怒りと憎悪と殺意が渦を巻き、羽衣璃の心から余分なものを削っていく。
ぶっ壊せるのならば、構わない――
『羽衣璃――!』
ディアの声が響いた。
同時に思い出す。以前自分が暴走した時のディア。
涙が決壊しそうなその瞳を。
「……ッ」
踏みとどまった。
同時に、どさくさに紛れてキルに魔法を放つ魔法使いの姿が目に映った。
羽衣璃はそこに割り込み、その魔法を受ける。
そうだ、忘れるな。
一番大事なことは、大切なものを守ること。
それを忘れずに――敵をぶっ潰す!
「オォォォォォォォォ!」
怒りを燃やしながら、しかし我を忘れないギリギリの狭間に己を置く。
「ワイヤーで拘束しろ!」
二人の冒険者が射出したワイヤーが、羽衣璃の両腕を捕らえる。
魔法使い達が杖を構えるが、羽衣璃は両腕に力を込め、拘束していた冒険者達を逆に振り回す!
今まさに魔法を放たんとした魔法使い達を、ワイヤーに繋がられた冒険者で薙ぎ払う!
アバターの重量は人間と変わりない。
それだけの重さを持つ物体が、鎧のアシストを受けた羽衣璃の豪腕によって武器と化す――その様はさながら人間モーニングスター!
一撃では終わらず、二撃三撃と重ねられる追撃。
防御力が低い魔法使い達は、とうとう耐えきれずアバターを破壊され、生身の姿を晒した。
「も、もうやめ――」
生身で人間モーニングスターを受けた者達は赤い染みとなった。
しかしモーニングスター本体のアバターは依然健在である。
『やはり、魔法使いと戦士には耐久力の差があるか……その二人はどうするつもりだい?』
「こうするんです!」
羽衣璃は繋がれた冒険者達を上空に打ち上げ、両腕のアームブレードを標的目掛けて撃ち出した。
アームブレードは冒険者達に蛇の如く絡みつき、一瞬でバラバラにした。
空中で変身解除されたした冒険者二人は、アスファルトに叩き付けられ動かなくなった。
残った二人のうち一人の表情が恐怖に歪んだ。
「う、うおおおおおおおおおおお!」
ハンマーを振りかぶり、やぶれかぶれの突撃。
羽衣璃は回し蹴りでその首を断った。
アバターを失い地面に転がった冒険者は、恐怖の眼差しを羽衣璃に向ける。
「こ、この化物――」
羽衣璃はその頭を踏み潰した。血と脳漿がひび割れたアスファルトに飛散する。
「……だったら何ですか、クソ人間」
羽衣璃は地面を蹴り、最後の一人に目掛けて殴りかかった。
「あなたが最後です。リンネ・フィストオン……!」
「派手にやったねぇ。聞いときたいんだけど、人を殺したの初めて? どんな感じ?」
しかし、リンネは羽衣璃の打撃を受け流し、腹に痛烈なカウンターを叩き込む!
仲間が無数の屍を晒す中、リンネは依然として笑っていた。
「別に、モンスターを殺すのと変わりませんよ」
「わーお、身も心も変わっちゃった感じ? じゃあ、も一つ質問。キルと私、どっちが推せてた? 晴瑠野羽衣璃」
「……!」
『こいつ、何故……!?』
「キルの幼馴染なんだよね? まさか、黒鎧とキルが友達だってギルドに分かったら……連中はどう動くかな?」
攻撃が当たらない――いや、正確には触れてはいる。
が、まるで雲を掴むように受け流され、気付けばカウンターを喰らう。その繰り返しだ。
「キルだけじゃないよ。キルが所属してる『スルーズ』も厄介なことになるかなぁ。社長はそこでキルをクビにするとかは絶対にしないだろうしね。あとは友達とか君のお父さんとかお母さんとか……沢山の人達がとても面倒なことになる」
僅かに動きが鈍った羽衣璃の腹にナックルの一撃が決まった。
『耳を貸すな羽衣璃! 奴はキミを惑わそうとしているだけだ!』
「娘が化物になってたーなんて知ったらショックだろうねえ。いいや、仮に受け入れられたとしても世間が、街が、国が――世界が許さない。キミという異形を受け入れる余地はこの世に存在しない。吸血鬼にしちゃ、そこそこ人間性残してるみたいだけど、化物は化物。人の世界で生きることは許されないんだなぁ、これが――!」
アッパーカットが決まり、羽衣璃の体が揺れる。
追撃のストレート――が、その一撃は羽衣璃の右手に受け止められた。ならばと左の拳を突き出すが、やはり結果は同じだった。
それでも並々ならぬ衝撃だったのか、鎧の腕部からは血が流れている。
「ゴチャゴチャゴチャゴチャと……よく回る舌ですね」
自分でも驚くほど低い声が、口から出た。
「許すとか許さないとか、どーだっていいんですよ。つーか、何で許可が必要なんですか?」
掌がリンネのナックルに食い込み、亀裂を生む。
「私は勝手に生きるし、勝手に居座らせてもらいます。それを邪魔するって言うのなら――ギルドだろうが世界だろうが戦ってやりますよ」
――第三・第四拘束、解除。
両腕の〈顎〉が展開し赤熱化した掌で、ナックルを握り潰すように破壊!
破壊の余波にリンネの体が揺らぐ。回避は不可能!
「それに私は――自分らでアレコレやっといてそれっぽい説教垂れる悪役が、大大大大大嫌いなんですよおおおおおおおおおおおおおおおお!」
叫びと共に、羽衣璃渾身の諸手突きがリンネを打ち抜く――!
「ぐああああああああああああああ!?」
絶叫と共にリンネの体は瓦礫の山に突っ込み、爆発炎上!
『それが君の覚悟か、羽衣璃』
「そんな上等なもんじゃないです。ただのド怒りですよ。キル殺そうとしといて何ほざいてんだかって」
リンネの『中の人』はあの炎の海の中だ。
助けなければ死ぬだろうが、羽衣璃は動かなかった。今はそれよりもキルの安全を――そう振り向こうとした瞬間、凄まじいプレッシャーを感じた。
『!? これは……!』
「――なるほど、そういうことなのね」
炎の中から、声が響いた。声音も口調も、リンネとは違う。
だが、知っている。この声の主を、羽衣璃は知っていた。
「我欲のままに振る舞い、邪魔者はことごとく滅ぼす……あはッ、やっぱり私達《、、》はそうじゃないと」
炎の中から姿を現したのは、深紅のドレスを纏った一人の少女。夢の中で見たまま――ではない。記憶の中の彼女は、あんなドレスは着ていなかったし、瞳も紅くなく、銀髪でもなかった。
牙も生えていなかった。
何より、人間だった。
「何故だ」
ディアの声は震えていた。
「何故、君がここにいる――アリア……!」
吸血鬼は、かつてのように笑ってみせた。




