肉欲
「……危なかったです。美味しくて、つい飲み過ぎちゃうところでした」
口の中に残るキルの血を、羽衣璃は舌の上で転がした。
鉄分を含んだ濃厚な味わいで、上質な赤身肉をそのままスープにしたようだ。
初めて飲んだ人間の血は予想以上に美味であり、自制しなければそのままキルの血を吸い尽くしていただろう。
「羽衣璃、どうして……」
キルは、血が伝う首元を手で押さえながら、呆然と問うた。
「キルに知ってもらうためです。今の私がどういう存在か」
「……ッ」
「私は吸血鬼です。モンスターを食べて飢えを満たしてはいますが、その本質は人喰いの怪物なんです。だから思うんですよ、人を見ているとおいしそうだって」
それはあまりにも自然だった。
放課後の帰り道にマクドナルドの横断幕にある期間限定メニューの写真を目にして『あー、おいしそうだな』と思うくらいに、人を何気なく捕食対象として見ていた。
「私はまだ人の心を残してます。だから、今まで持っていた人に対する認識も残ってるんです。けれど、その中に自然に食欲が入り込んでくるんです。キルと一緒にお風呂に入ったときもそうでした」
あの時、一糸まとわぬキルに抱いた感情は――
「とっても、おいしそうだって思ったんです。大切な人なのに、親友なのに……そんな奴なんですよ、私は。それを自覚しても何とも思わない化物なんです」
嫌悪すら湧かない。それが今の自分。無二の親友ですら捕食対象として見る、吸血鬼。
「羽衣璃、何もそこまで――」
「いいえディア。これは、必要なことなんです」
言葉で取り繕うことも出来ただろう。しかし、それはできなかった。キル拒絶され、敵と認識されたとしても……ここで真実を言わなければ、自分はキルの隣にいる資格を失う。
そう羽衣璃は思ったのだ。
「関係、無い……!」
「え……?」
「人間だろうが、吸血鬼だろうが、関係無い。羽衣璃は、羽衣璃だから……私の、大切な人だから。そんなこと、どうだっていい……! 私は羽衣璃を受け入れたい。側にいたい!」
「キル……」
それは、あまりにも真っ直ぐな目だった。
羽衣璃に食われかけながらも、キルは受け入れると言った。
その姿はあまりにも気高く、眩しかった。
「それに……勘違い、かもしれない」
「勘違い……?」
「私に対する性欲を食欲と勘違いしている可能性がある」
「いきなりなに言ってるんですかキル!? 私が抱いているのは健全な食欲ですよ!」
いや親友を食べたいと思うのが健全かどうかはさておくとして。
「じゃあ、ドキドキはしなかったの?」
「ドキドキって……キルの裸を見て、ですか? それはその、しましたけどでもそれは食欲でして……」
「食欲でドキドキはしないと思う」
「……確かに。いやでも待ってください。それじゃ私キルに性欲抱いていたってことになりません!? 不健全ですよ。イカンですよそれは!」
「問題無い。私も羽衣璃にドキドキするしムラムラする」
「オィィィィ台無しですよせっかく今までいい感じに進んでたのに!」
「ふむ。確かに今までの吸血鬼達は性欲と食欲を一緒に見たそうとする傾向が強かったな……どちらも官能の一種だからね。性欲を食欲――この二つの欲求は吸血鬼にとって非常に近しいものと言える。性欲を食欲と勘違い……と言うのは、間違いだろうが、羽衣璃は二つとも旺盛だからね。食欲と性欲を混同している可能性は充分に高い」
「ディアも冷静に分析しないでください! つーか食欲はまだしも性欲は旺盛じゃありませんから! ノーマルですから!」
「私は旺盛でも大歓迎」
「キルも乗っからんでください! とにかく! これで万事ハッピーエンドですね!? さあ帰りましょう! ゴートゥー布団です!」
「それはできない」
「えっ」
「私が受け入れられるのは羽衣璃だけ。鎧の魔剣は殺す……それは変わらない。譲れない」
キルが再びシリアスモードになってしまったせいで、再び周囲の空気が張り詰める。
血糖値スパイクが起こりそうな程のテンションの乱高下であった。
「羽衣璃に嫌われても、憎まれても、私は鎧の魔剣を殺す。そう決めた」
キルの瞳はもう揺らいでいない。
「そうですか……でも、私にも譲れないものはあるんです。だから――!」
羽衣璃は地面を蹴った。
「決闘で、勝負です……!」
叫びと共に、渾身の拳撃を繰り出す――!
バキィッ、ゴキッ、メキャッ、ボコッ、メメタァッ、ガキッ ドバドバドバドバッ
痛ましい打撃音が、廃墟に響く。それは、決闘と言うには余りにも一方的だった――
「――ボロ負けじゃないか羽衣璃!」
「ぐおおこんなはずでは……吸血鬼なのに。私吸血鬼なのに……!」
「再生すると分かれば、容赦はしない」
有限実行とばかりに、キルは拳で、脚で、次々と羽衣璃の体を破壊していく。
「ぐぬぬ……さすがですキル。生身では全然勝負になりません。なので奥の手を使わせて貰います。ディア!」
「……やれやれ。君には感謝してるんだが――格好良く決めろとは言わないが、もう少し無様じゃなく立ち回れないものかね?」
そんなグチめいたことを言いながら、ディアは剣へと変化し、羽衣璃の腰に巻き付いた。
「……!」
キルもデバイスを起動。
「「変身!」」
声が重なり、二人の姿が変わる。
「キル――!」
「羽衣璃――!」
交差する拳が、両者の頬を撃ち抜いた。




