羽衣璃の作戦
「バカか君は!」
キルが荷物を取りに事務所に戻った後、ディアの第一声がそれだった。
ちなみにキルが泊まる旨は両親に知らされており、あっけなく許可が出た。
ちなみに母からの個別メッセージで『うまくやれ』と送られていたが、何をうまくやれと言うのか。
「バカとはなんですかバカですとは。失礼ですねえ」
ディアが見ていた特撮ドラマの続きを見ながら、羽衣璃は眉を顰めた。
「そりゃまあ、昨日の暴走はバカ呼ばわりされても仕方ないですけど、今回のは名案だったでしょう? ディアも堂々……とまではいかないけど、この家にいれて、キルとお泊まりも出来るんです。一挙両得ってヤツですね。いやー、我ながらうまくいきましたね」
「その我妻キルが家に泊まるって言うのが一番問題だということが何故分からない?」
「問題ありますかね? ちょっと前まではよくあることでしたよ?」
「君が人間だったら問題はなかったさ。だが今の君は吸血鬼だ。食糧を確保するために家を空けることだって珍しくない。怪しまれていなかったのは、この家に僕と君しかいないという状況だったからだ。我妻キルが家にいるとなったら、そう言うことも考慮に入れなくてはならないんだぞ」
「あ」
「もしかして、何も考えずにあんな提案をしたと言うんじゃあないだろうね?」
「いやいや、さすがに考えていることはありますよ。それはつまり、キルとディアに仲良くなって貰おうという作戦です」
「帰宅時のアレを見てよくその発想が思い浮かんだものだというのはさておき、詳しく聞こうか」
「ほら、同じ釜の飯を食った仲、とかよく言うじゃないですか。一緒にご飯を食べて生活を共にすれば、親友とまではいかなくても、そこそこ仲良くなれるかなと。そしたら万が一バレた時も、問答無用でディアが斬りかかられることもないかなという一抹の期待がありまして」
「その釜の飯を作るのは僕なんだがね」
「ぐっ……」
「まあ、君の言わんとしていることは分かったよ。期待に添えるかは分からないが……しかし、僕は我妻キルのことはよく知らなくてね。彼女について教えてほしい」
「キルのこと、ですか?」
確かに、ディアにキルのことを詳しく説明することはなかったので、丁度よい機会だ。
「キルと私は幼馴染って奴でして。物心つく前から一緒でした。けれど、ダンジョン災害があって、キルのお父さんとお母さんは目の前でモンスターに殺されちゃったんです。その後『スルーズ』の社長さんに引き取られてな冒険者になったって感じですかね、超ザックリですけど」
本人がいないところでこう言う話をするのは問題があるような気もするが、同じ『モンスター』として括られているディアには教えておいた方がいいだろう。
「……なるほど。彼女が何故あそこまでモンスターに殺意を向けているのか分かったよ。モンスターは、すべからく家族の仇、と言う訳か」
「キルの口からは聞いたことはないので断言はできませんけど……モンスターに対しては容赦ないのはまあ、昨日の通りです」
モンスターに対するスタンスは、冒険者によって様々だが、キルはその中でもダントツで容赦がない。
モンスターがどんなに愛くるしい姿をしていてもバッサリ切り捨てるので、『もふもふスレイヤー』『こびと殺し』『セイレーン駆除業者』等様々な二つ名を頂戴している。(まあ見てくれは可愛くてもモンスターはモンスターなので攻撃的である)。
「じゃあ次に、君が我妻キルをどう思っているかも教えてくれると助かるな。客観的な情報は元より主観的な情報も欲しい」
「キルのことをどう思ってるか、ですか」
うーむと該当する言葉を脳内から引っ張り出す。
「まず、とても強くて……」
「それは身を以て知った」
「強くなるためにいつも頑張ってて、努力家で、ストイックで……」
「意味が被ってるよ」
「えーっと、寂しがり屋で、少し不器用で、優しくて、親友で、一番の推しで――」
「あー分かった分かった。もういい、充分だ」
降参とばかりにディアは両手を挙げた。
「君が彼女をどう思っているとはよく分かったとも。ひとまず、我妻キルはしばらくここで暮らすことになる。最早これは変えられない」
「私としてはずっといてくれてもいいんですけどねぇ」
「君の危機感の欠如は、一周回って大物に見えるねまったく。ともかく、今以上に吸血鬼だと思われないように行動する必要があることは頭に入れておいてくれ」
「任せて下さいよ。そう簡単にボロなんて出しませんって」
「君が言うとどうも不安だね……あ、そうだ。最後にもう一つ」
「何です?」
「我妻キルは、よく食べる方かい?」
「食べる方ですね。私よりも食べると思います」
「なるほど……分かった。映像止めておいてくれ」
「何をするんです?」
「炊く米の量を増やすのさ。羽衣璃より食べるとしたら、今のままじゃ足りないからね。まだ炊飯は始まってないし、問題はないだろう……ん、なんだいその目は」
「ああいや、てっきり『君に食わせる飯などない!』とか言うのかと思いまして」
「本当はそうしたいさ。けれど客人をもてなさなければ、主人である君の品格に関わるだろう」
面倒だ面倒だと言いながら、ディアは台所へと向かった。
「律儀ですねえ」
しかしディアのそう言う所が、羽衣璃は好きなのだ。




