曝かれた秘密
放課後、羽衣璃は一人家路についていた。
「キル、大丈夫ですかねぇ……」
キルの電撃早退の後、連絡を入れたが『大丈夫』とだけ返信があった。
見舞いに行こうかと送っても、返信はこれまた『大丈夫』であった。
「頭痛かぁ……午前中は平気そうだったけど」
むしろ、キルの本気ボールを受けた羽衣璃の方がそうなりそうなものである。
もっとも、羽衣璃の肉体再生能力は尋常ではないため、あの時の衝撃で脳にダメージが入っていたとしても、すぐに修復され問題無い。
この力は羽衣璃の異能によるものだという。
個人的には時間を止めるとかそう言うのが欲しかったが、心臓を破壊されても死なないというだけで充分すぎる。とまあ異能の話はさておき、
「うーん、こういうときってどうすればいいんですかねえ」
キルは端から見たら大丈夫じゃないときも大丈夫と言う人間だ。
故に、今頃頭痛でウンウン寝込んでいる可能性もなきにしもあらず。いや寝込んでくれているのならまだいい。
「気が紛れるから」とか言って筋トレしてたら目も当てられない。
「ひとまず、様子は見に行ってみますか」
確か家にももの缶詰があった筈なので、持っていくことを決めつつ帰宅した羽衣璃は、家のドアを開けた。
「こ、この匂いはカレー……!」
ああなんと素晴らしいのだろうと思っていると、玄関にキルのスニーカーが並んでいることに気付く。
「あれ? 何でキルの靴が……あ!」
前までだったら特に気にしなかっただろう。
が、今羽衣璃には同居人がいるのだ。キルに見つかると非常に不都合な同居人が。
マズいマズいマズい――!
靴を脱ぎ散らかし、羽衣璃はリビングへと走る。
「おかえり、羽衣璃」
「……おかえり」
二つの声が、羽衣璃を出迎えた。一人はソファーに座りテレビで特撮ドラマを見ているディア。そしてもう一人は、腕立て伏せをしているキル。
「た、ただいま……」
――な、なんですか、この『どんより』とした空気はッ……!
空気が鉛のように重い。
リビングを支配する剣呑なる雰囲気は、モンスターひしめくダンジョンを想起させる。
しかしここは羽衣璃の家である。
憩いと安らぎの空間であるはずなのに、何故こんなことに……!
確かなのは、その不穏な空気は、ディアとキルの二者によって発せられているということであるということ。
二人は一応初対面ということになっているが……最悪のファーストコンタクトであったことは想像に難くない。
「えっと……その、この状況は一体……」
「見ての通りさ、羽衣璃」
一時停止ボタンを押しながら、ディアは言った。
「僕はいつも通り自由時間を満喫している真っ最中だ。なのにこの不審者のきたら、勝手に上がり込んだと思えば、居座ったまま鍛錬を始める始末でね。せっかく楽しくドラマを鑑賞しているというのに視界の端にちらつかれては、楽しみも半減というものさ」
ディアはいつになく敵意を剥き出しにしていた。ちなみに今彼女が見ているのは、羽衣璃が薦めた特撮ドラマである。話数的に大分見進めているようだ。羽衣璃にとってそれはとても嬉しいことであるが状況が状況だ。
「いや、不審者じゃなくてキルですよ。私の幼馴染です」
と言うか、ディアはキルのことは知っている筈なのだが……
「そう言えば、なんでキルはここにいるんです? 頭が痛いんじゃなかったんですか?」
キルは固まった。
「えっと、それは……学校を出てしばらくしたら、頭痛が治って。そのまま戻るのもあれだから、ここに来た」
「ハッ、なんとも稚拙な言い訳だね。不法侵入するんだったら、もう少しうまい言い訳を事前に考えておきたまえよ」
「なーんだ、そうだったんですね」
「納得するのかそれで!?」
「頭痛がなくなったのはいいことじゃないですか」
「そうじゃないそういうことじゃあない! そもそも勝手に上がり込んでいることに突っ込みたまえよ!」
「え? でもキルって合鍵持ってますし、別に家にいても全然おかしくないし……筋トレしてるのもいつも通りだし……」
それこそ冒険者になる前は、キルは毎日のように家に来ていた。
なので、キルが家に上がり込み筋トレをしているという状況はイレギュラーでもなんでもないのである。
頭痛も治ったというのならば、安心することはあれ訝しむことはない。
「私も聞きたいことがある。羽衣璃、この女は何」
キルの問いに、今度は羽衣璃がフリーズした。
――こちらは『鎧の魔剣』のディア! 私はディアと契約して吸血鬼になったんです! 黒鎧の正体も私です! この前ボコボコにしてごめんなさ……いや言えるかあああああああ!
正直に言うわけにはいかない。なんとかギリギリ嘘にならない言い訳を考えるのだ――!
「えーっと、ですね。彼女の名前はディア・ルインと言いまして、外国から来た……みたいなんです」
「みたい?」
すっとキルの目が細まる。
しまった、そこは断言すべきだった。
しかし坂を転げ始めた石は止まらないのだ。貫くしかない。
「じ、実はディアは記憶喪失で、自分の名前しか覚えてなかったんです! 行くあてもなく街をさまよっていたところを私と出会いまして……やっぱり海外で記憶喪失って色々大変じゃないですか。なので、記憶を取り戻すまで生活する場所を提供しようと言う訳でして……」
「記憶喪失なのに日本語ペラペラ……」
「自分の事以外は覚えてるタイプの記憶喪失なんです! そうですよねディア!」
「まあ、そんなところだ」
ディアも乗ってくれたので、ホッと一安心だ。
異世界も海外みたいなものだろうし、そこまで現実から外れている訳ではない。
「……どう言う関係?」
まだ納得し切れていないのか、キルは追加の質問を飛ばす。
「関係……? 一応、我が家の居候って感じですね。家事とかやってくれるのでとても助かってます。すごい料理上手なんですよ!」
これは百%本当のことなので、気負いなく言えた。
「別に大した事ではないんだけどね。まあ、君が喜んでくれるなら何よりだよ」
何でもないように言うディアだが、心なしか声が弾んでいる。
「料理……そう。だから弁当が……」
キルの目が益々鋭くなった。何故だ。
「一応、分かった。でもそれは羽衣璃がやる必要はない。警察に任せればいい」
痛いところを突かれた。
「え、え~っとそれはディアが嫌って言ってまして……何というか、ハハハ」
嘘ではない。ディアの存在が公の組織にバレるのはとても不都合だ。
しかし我ながら、アウトサイダーな道を驀進しているのだなあと今更のように実感する羽衣璃であった。
「ハハハ、じゃない。記憶喪失なのになんで嫌がっているの? そもそも、おばさん達には話してあるの?」
「ぎゃぼっ」
ダラダラと冷や汗が流れた。
「やっぱり、言ってないんだ」
「えーっと、その、これは深淵よりも深い理由がありまして、ですね。えーっと、そのなんといいますか」
無念、言い訳のストックは既に尽きていた。
「……」
キルはスッとスマホを取り出した。
「あわわわ、ちょっと待ってくださいキル! それだけは……!」
「おばさんからは羽衣璃が変なコトをしたら連絡するようにって言われてる」
「まさかの監視要員!?」
「羽衣璃に誰かを連れ込む甲斐性なんてないだろうけど……とも言ってたけど、予想外」
「実の娘になんという言い草!」
しかし甲斐性がないというのはイマイチ否定できないのが悲しいところである……というのはさておき、今の状況はかなりマズい。
下手をすればダンジョンでキルに追い詰められた時よりも大ピンチだ。どうしたものかと思っていると、ディアが肩をすくめた。
「……分かった。降参だ。僕は出ていく、それでいいだろう?」
「え!?」
「仕方ないだろう。僕が羽衣璃のご両親の許可を経ていないのは確かだからね。こんな素性も知れない怪しい女を愛娘が勝手に住まわせているとなれば、心証も悪かろう」
『それに、君から離れるつもりはないよ、羽衣璃』
ディアが羽衣璃の肩をポンと叩くと、脳内に声が響いた。
鎧を装着していなくても、ディアが羽衣璃に触れていれば念話も可能なのだ。
『じゃあ、どうするんですか?』
『去るフリをすればいいんだ。僕は君の陰に潜伏できるからね。食事も用意できる。我妻キルが来た時には隠れればいい。難しい話ではない』
『それは……』
確かにうまく取り繕うのにはそれが一番だろう。
むしろここまでバレずに続けられたことが僥倖と言うべきだろう。ディアの案は有効である。羽衣璃に代案が出せるかと言えば否だ。しかし――
「出ていく必要はありませんよ、ディア」
羽衣璃はキルに向き直り、土下座した。
「お願いですキル。父さんと母さんには黙っててください!」
ははーっと深々と頭を下げる。
「正直、追い出したフリをしてうまいことできないかなとも思いました。でも、キルには隠し事をしたくないんです。ディアを追い出すのも嫌なんです。なので、その……お願いします!」
「羽衣璃……」
内心ごめんなさいと、ディアにも頭を下げた。
「……一つ条件がある」
「条件……?」
「そう。それを受け入れるのならば、おばさん達には言わない」
「そ、それはどんな……」
「待ちたまえ羽衣璃。嫌な予感がする。我妻キルはここぞと無理難題をふっかける気だぞ」
ディアの言葉を無視して、キルは条件を告げた。
「私もしばらくここに泊まる。それが条件」
「ほら見たことか。そんな要求受け入れられる訳が――」
「あ、そんなんでいいんですか? じゃあそれで」
「羽衣璃!?」




