はち合わせ
昼休みが終わり、午後の授業。
教師が英文法について説明をしているが、今のキルは、ほとんど頭に入らない。
少し離れた席に座り、睡魔と格闘しているらしい羽衣璃を見た。
昼休みには、羽衣璃の変化は見られなかった――強いて言うのなら、弁当に不満を言わなくなり、むしろ笑顔で食べることになった事だろうか。
弁当のクオリティも、ぱっと見ただけで上達しているのが分かる。
しかしこれに関して言えば今に始まったことではなく、かなり前のことだ。
具体的に言えば――黒鎧が現れた次の日である(確かあの日はサンドイッチだった)。
鎧の魔剣と弁当……今ひとつ繋がりが見えないが、この日付の一致は偶然なのだろうか。
まあそれはひとまず保留としたとしても(羽衣璃の笑顔が増えることはキルにとっても喜ばしいことだ)、羽衣璃の変化の中であからさまに不自然なものが二つもある。
――鎧の魔剣と契約した者は吸血鬼となる。
羽衣璃に起こった変化も、吸血鬼化の影響ならばどうだろう。
それに、黒鎧の中身が羽衣璃だったとするならば、遭遇した当初、戦う意思が無いことを示したり逃げようとしたことは納得できる。
人助けをしているのではないかという仮説も、羽衣璃ならするだろう。
だが、そんな相手に自分は何をした? 問答無用と斬りかかり、殺意をぶつけ、首を刎ねた。
もうその時点で今すぐ羽衣璃に土下座し謝罪したい気持ちで一杯になる。そして、羽衣璃が吸血鬼だった場合――吸血鬼としての食事はどこから摂取している?
映像ではモンスターを捕食する場面があったが、それは人間を食べないとイコールにはならない。
……もし、羽衣璃が人を喰っていたのだとしたら、キルは――
――仮定の話。仮定の話、だから。
まずは羽衣璃が吸血鬼であるか否かの確証が必要だ。
状況証拠は大分揃っているが、まだ偶然の可能性もある。そう思いたい。
そのために、物的証拠を探す。
考えるのは分かった後で良い。
方針は決めた。後は実行あるのみ。
キルはスッと挙手をした。
「ん? どうした我妻」
「頭が死ぬほど痛いので早退します」
と言う訳で、学校を堂々と早退したキルは羽衣璃の家の前に来ていた。
先生に嘘を吐いたのは心が痛むが仕方ない。
「……もっとうまい言い訳のほうがよかったかも」
羽衣璃の家は何年も通っていることもあり、住んでいる事務所よりも馴染みがある。
既に記憶が薄れつつある我妻の家より、ここの方がずっと「実家」と思える場所だった。
そんな家に今、キルは不法侵入する。
窓を割って侵入する必要はない。
キルはこの家の合鍵を所持している。
それを使い、家の中を漁る――これは合鍵を渡してくれた晴瑠野家の人々への裏切りではないか。
「……それでも、やるしかない」
羽衣璃が帰ってくるまでに、彼女が吸血鬼である証拠を見つける。
覚悟を決め、鍵を捻った。
玄関に入った瞬間、香辛料の香りが鼻をくすぐった。
「カレーの匂い?」
さらに台所から物音が聞こえた。
「誰かが、カレーを作っている……?」
でも、誰が。
羽衣璃は今学校にいる筈だし、彼女の両親が帰ってくるという話は聞いていない。 つまり台所でカレーを作っているであろう存在は、キルの知らない人間だ。
音を立てないように靴を脱ぎ、台所へ向かう。中を覗き込むと、小柄な少女が一人、カレーの味見をしていた。
「……ふむ、これがカレーの味か。ベースは分かった。さて、何を足したものか。羽衣璃は甘めの味付けが好みだから、まろやかにする方向性がいいかもしれないな。しかしやりすぎるとカレーの特性が薄れかねない……初めて作るものだし、冒険は危険か?」
銀髪に紅色の瞳。そして何より、ぞっとするような人間離れしたその美貌。一瞬アバターかと思ったが、あれは間違い無く実際の肉体だ。
「ああ、帰って来てたのかい。お帰り羽衣璃。今日は随分早いじゃない――か」
人の気配を察知したのか、こちらを振り向いた少女は、柔らかい笑顔をフリーズさせた後、眉を顰めた。
「……君が誰かは知らないが、不法侵入とは感心しないね」
「あなたこそ誰。羽衣璃の、何」
二者の間で火花が散る。少女が何者かは知らない。が、一つだけ確信できることがある。
――こいつは、敵だ。




