名探偵キル
世界一綺麗なものは何か――それは晴瑠野羽衣璃であるとキルは断言できる。
彼女の美点を挙げれば枚挙に暇がないが、外見に限ればやはりその瑠璃色の瞳であろう。
どんな宝石も、彼女の瞳の美しさに比べればただの石ころ同然だ。
もし出来ることならば部屋に飾りたいくらいだが、しかしよく考えてみると羽衣璃の眼球だけのそれを羽衣璃と言えるのだろうか。
全て揃ってこそ羽衣璃と言えるのではないだろうか。つまり家の中に眼球どころか丸ごとの羽衣璃を部屋に飾りたい……いや、この表現は相応しくない。
一緒に住みたい。
そんな願望はさておき、現在キルはその親愛なる幼馴染である羽衣璃にとある疑念を抱いている。
黒鎧の正体が羽衣璃なのではないか。
その切っ掛けとなったのは、笹がハッキングによって得た情報だ。ダンジョンに迷い込んできた少年に、黒鎧は羊羹を渡していた。
そして羽衣璃は、キルがダンジョンに向かうときにお守りとして羊羹をくれる。
共通点はそこだけだ……だが、引っかかる。些細なことだが、最近羽衣璃は変わったなと思うことがある。
もしそれが、羽衣璃が鎧の魔剣と契約し、吸血鬼によるものなのだとしたら?
見極めなくてはならない。
真実を、誰よりも早く。
今日の体育の授業はドッジボールである。
誠に遺憾ながら、キルと羽衣璃は別チームだった。
なので、キルは羽衣璃を狙う。羽衣璃が誰かに当てられるくらいならば、自らの手で仕留める。
それがお決まりの流れだった。
「我妻さんの攻撃が来る! みんな晴瑠野さんから離れて!」
「え!? ちょっと委員長待ってくださいよ!」
司令官の非情な命令に、ぎょっと目を剥く羽衣璃。
「我妻さんは必ずあなたを狙う。犠牲者は一人の方がいい――大義のため犠牲になって!」
「何が大義ですか! そんなものぉ!」
「うわっ、ちょっと離して力強ッ!」
「ははは、同じ眼鏡キャラ仲間じゃないですか。一緒に逝きましょうよ委員長……!」
「いやー! そんな雑な括りは嫌だー!」
羽衣璃とベタベタしている委員長に羨ましいと思いつつ、キルはボールを投げた。
羽衣璃に怪我をさせず、かつ絶対に受け止めきれない絶妙な力加減……そのはずだった。
「あ、取れました」
しかし羽衣璃はついでとばかりに、片手でボールを受け止めていた。
「嘘でしょ……」
「いつも真っ先にやられる羽衣璃が止めた……」
「外野が定位置の晴瑠野が……」
「いつも『ひでぶっ』って言ってやられる羽衣璃が……」
委員長を始め、クラスメイトもざわつき始めた。
「どんだけ私のドッジボール評価低いんですか!? 人を運動オンチみたいに!」
「実際そうじゃない」
「ぐぬぬ否定できない……こうなったら汚名挽回です! キル、お覚悟!」
そう言って投げられたボールを、キルは難なく受け止め――
「――!?」
予想外の衝撃だった。片手ではマズいと、両手で受け止める。
だがしかし、ボールの回転は止まらない!
このままでは弾き飛ばされかねない――瞬間、キルのスイッチが入った。
彼女の本能はボール及び投手たる羽衣璃を脅威と判定。
キルは握力でボールを強制停止。標的に向けて、ボールを全力で投擲した――!
「あ」
やっちまった、と思うも時既に遅し。
「ひでぶっ」
ボールを顔面に受けた羽衣璃が、回転しながら吹っ飛んでいくのが見えた。
「……ごめん」
保健室のベッドで横になっている羽衣璃に、キルは深々と頭を下げた。
「大丈夫ですって。特に大事になった訳でも無いんですし」
鼻の穴にティッシュを詰めた羽衣璃はひらひらと手を振った。
キルの全力を顔面に受け、鼻血を撒き散らし吹っ飛んだ羽衣璃は再起不能となり保健室に運ばれたのだ。
「いやははは、キルの本気ボールってあんな感じだったんですね。今までそーとー手加減してくれてたって身を以て知りましたよ」
相当痛かったはずだろうに、羽衣璃は呑気に笑っている。
「それは……羽衣璃相手に、本気を出す訳にはいかないから」
羽衣璃を舐めているとか、そう言う話はない。
キルの身体能力は、同年代と比較しても大きく飛び抜けている。
超人の如き力を与えるアバターシステムは、変身者の肉体データもまたスペックに反映されるのだ。
だからこそキルは己を鍛える、モンスターを殺すために。
決して羽衣璃を傷つけるためではないのだ。
「なのに、つい本気出しちゃって……ごめん」
「だから謝らなくていいんですって。ぐぬぬ、参りましたねこりゃ」
羽衣璃は困り顔だが、キルにとっては、それだけの大事なのだ。
しかしその一方、キルの頭の中では別の思考が働いていた。
キルの全力を受けて、羽衣璃は鼻血を出してぶっ飛んだ。
だが――逆に言えば、それだけで済んだ。
気絶もしてないし骨も折れていない。
さらに本来取れないはずの速度のボールを片手で受け止めた事や、キルを本気にさせたあの投擲――間違いない。
羽衣璃に起きた変化その一――身体能力の劇的な向上。
元々羽衣璃は自他共に認める運動オンチだったにも関わらず、である。
羽衣璃は最近鍛えていると言っていたが、元の状態から一朝一夕でここまでの仕上がりになるのは明らかに不自然だ。
羽衣璃がそんな努力を出来るわけがないというのではない(むしろ一度コレと決めたときの爆発力は凄まじい)。
本人のやる気に関係無く、鍛えた時に生ずる結果というものは地道なものなのである。
つまり何らかの外的要因でこうなったのではないか――例えば、鎧の魔剣と契約し、吸血鬼になるといったような。
その時、授業終了のチャイムがなった。
「およっ、もう昼休みですね。こうしちゃおれません、お昼にしましょう」
羽衣璃はベッドから出ると、軽やかな足取りで保健室を出ようとした。
「羽衣璃」
「はい?」
「眼鏡、忘れてる」
「ありゃ、私としたことがついうっかり」
たははーと笑いながら、羽衣璃はキルから眼鏡を受け取った。
ふらついたり、眼鏡を手探りで探すこともない、実にスムーズな動きだった。
――羽衣璃の変化その二。視力の向上。




