一緒にいってあげる
「お望み通りね」
そっと手を伸ばすと、不意に体温を感じた。触れるものは、人の肌そのものでするりと撫でると柔らがかった。
弾けるように、黒い霧が晴れて姿が露になる。
「また、会えたね」
にこり、と少女は笑った。
伊澄の身長よりも少し低い、幼さが滲む顔つき。
その姿は、伊澄の小さい頃そのままだった。
(私の未練……どれだけ深いの)
この姿は、両親に受け入れて貰えなかった子供の伊澄の姿か。
大人になってもそのまま居続けたのは、業のようにも思えた。
(そっか……だから重くて、動けないのか)
今、セリオスが言っていたことを理解した。
確かに、どこへも行けないだろう。
そして、死んだら解決できない。
その手段は絶たれ、もうない。
(生きていたら……どうにかなったのかな)
ふと、考えて伊澄は小さく首を振った。
生きている間に考えつかなかったのだから、そんなこと考えたって仕方ない。
子供の伊澄は、すりすりと伊澄の手に頬擦りをして目を閉じる。
何かを擦り寄せるように、子供の伊澄は言う。
「やっと、私を見てくれて嬉しい。私にはあなただけ。あなたには、私だけなのよ」
分かるでしょ、と無邪気に悪意なく言う。
伊澄は押し黙ったまま、その言葉を聞いていた。
「ずっと、私がいたのにいつの間にか忘れて、あたかも普通な振りをして……気づいたらあの人の所へ行こうとするんだもの」
あの人、とはアルスのことだろう。
伊澄が気づいてしまった、アルスへの気持ちにきっと、彼女も気づいてしまったのだ。
「いつだって独りだった。それが普通だと思った。誰も好きにはなってくれないし、誰かを好きにはならないって決めたのに」
愛されないと諦めていた自分が、誰も好きにはならないと遠い昔に決めた。
好きというものを感じなければ、苦しくはないから。
「これが、私の未練……」
諦めていた、無いものとして思おうとした。
それが今、伊澄を縛り付けていた。
手に入らないものを、ずっとずっと想い続けていたのだ。
そして、彼女はそれをずっと持ち続けて……こうして存在している。
「ごめん……なさい……」
何に謝ればいいのか、何に謝っているのか分からなかった。
けれど、そうする他なかった。
伊澄は膝をつき、幼い自分と目線を合わせる。
「私と一緒に、いってくれる?」
そう問いかける。
忘れていたわけではない、見て見ぬふりをしていた伊澄に。
いつの間にか、目に涙を溜めていた彼女も嬉しそうに歯を見せて笑った。
純粋な、笑顔だった。ぽろり、と涙が零れて床に落ちる。
「いいよ、一緒にいってあげる」
そう、彼女は言った。




