夢と現実の狭間で
──ねぇ、どうして私を置いていくの?
そんな声が聞こえて、伊澄はぼんやりと目を開く。
目の前には揺らぐ、黒い影。
「…………!」
見覚えのあるその姿は、この街を襲ったそれだ。
なぜ、ここにいる!? と伊澄は飛び起きようとした。
けれど、体が動かなかった。思考ははっきりしているのにまるで体が動かない。
手足が鉛のように重くて、伊澄の動け、と言う命令に逆らっているようだった。
(これは金縛り……!)
オカルトや、心霊現象で聞いたことのあるそれを伊澄は思い出した。
金縛りそのものは科学で証明されている、と聞いたことがある。
きっと、この声も見ているものも幻だ、と伊澄は恐怖に震え始めた自分に言い聞かせた。
そう、これは全て悪い夢。
何もかもが悪い夢なのだ。
──前にも聞いたでしょう。どうしてって。
それでも黒い影は、伊澄に問いかける。
その声は悲痛に満ちていた。泣きそうな、伊澄に縋り付くような声だった。
──あなたは私を捨てたのに、私を連れていかないまま、どうして始めようとするの?
「…………何言ってるの? 私は、始めようとしてなんか、ない」
だって、終わらせたのに。終わらせようとして、ここに来てしまったのに。生きるつもりもなかった。
だから、終わらせようとしてここまで来た。神様──セリオスに報いて静かに眠るために。
───あなたはわたし、わたしはあなた。なんだって、分かるの。
──嘘も本当も、全部ね。
──本当は気づいているくせに。だって、あなたは………………。
その言葉は、伊澄の耳に深く突き刺さった。
「イスミ、おい、イスミ!」
「あ、あるす…………?」
「よかった、魘されてたぞ」
大丈夫か、と問いかけられて伊澄は腕を目の上に置いた。
息を整えながら、今まで見ていたのが夢だったのだと気づく。
けれど、現実にあったような、ちゃんと言葉を交わした気がするのは否めない。
黒い影と、ちゃんと話をした。
少ない言葉数だったが、あれが何を言わんとしているのか分かった。
もう、目をそらす訳には行かなくなったと理解した。
「あの子は私、ずっと前に捨てた……」
そう、あの子は、私自身だ。




