消した跡
それでも、有難いことには変わりなくて伊澄も平静を装いながらそうね、と答える。
「サンドイッチにしてもいいかもね。あるもので何とか出来そうだし」
散らばったものを集め、アルスと二人部屋の中に入る。
二人でいるには手狭なテーブルと椅子に肩を寄せあって、もらった食料を分け合った。
静かな沈黙が流れる。アルスも、伊澄も言葉を発さない。
伊澄に限っては何を言っていいのか、分からなかった。
アルスが一体、自分をどう思っているのかなんて本人に聞かなければ分からないとは理解している。
理解しているけれど、どうしてもあの言葉が頭を巡ってしまうのだ。
──人間だとは思ってない。
だとしたら、何なのだろう。
アルスにとって、自分はなんなのだろう。
伊澄に確かめる術がないまま、時間は過ぎて──。
「…………うっ…………」
伊澄の右腕に、電流が走ったような痛みを感じた。
咄嗟に腕を抑え、ゆっくりと視線を向ける。
「な…………!?」
そこにあったのは、誰かに強く握られたような真っ赤な手形の跡だった。
くっきりと、まるで伊澄を捕まえるような、逃がさないと言わんばかりの跡。
伊澄の背中に底冷えする虫唾が走る。
誰かに掴まれた訳では無いのに、手の跡なんて気持ち悪い。
「………………!」
無意識に、その跡を掻きむしる。
(消えろ、消えろ…………消えろ………………!)
「イスミ…………? おい、何してる!」
一心不乱に伊澄が腕を掻きむしっていると、アルスが慌てて止めに入ってきた。
伊澄はぼんやりと掻きむしっていた腕を見る。真っ赤になり、血の滲む腕には手の跡は見えない。
「いや、なんだか…………気持ち悪いの、見えたから」
「気持ち悪い……?」
「…………ん、でもなんでもない。もう、平気」
跡が無いだけで、伊澄の気が晴れた。
だから、アルスには緩く笑った。
「…………そうか」
アルスのことだ、何か察しているのは分かっているけれど今は、そっとしてくれる道を選んでくれたらしい。
「ほら、今日は休もう。私も、疲れちゃったから」
アルスを促しつつ、伊澄は二つ並ぶベッドに横になる。
異性が近くにいて、一緒の部屋だとかそんなものを気にする間もなく目を閉じる。
疲れているのは本当だったし、何より今は何も考えたくなかった。
「……おやすみ、イスミ」
「うん、おやすみ」
長い長い一日だった。
考えることも増えて、だけど思考が追いつかなくて。
ぐるぐると視界が回る感覚に陥りながら、眠りの底へ引きずられていった。




