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罪悪感


そう思ったら、もうだめだった。

この心に耐えるのも、この生活を続けていくのも。


伊澄は伊澄として生きていくことにほとほと嫌気が差してしまった。

屋上の柵も、長い間雨風に晒されて元の色が分からないほど錆び付いていた。


ぎしぎしと嫌な音を立てながら、無理やりよじ登る。

十階にも満たない階数の雑居だが、やっぱりさくの向こうに足がすくむ。


けれどここまで来たら、足を止められるわけがなかった。

あと一歩、足を踏み出せば楽になれる。


「自分であることを止められる…………」


そう思うだけで、心が軽くなった気がした。

この世に伊澄を引き止めるものなどない。残したいものも、残したものも特になかった。


一歩、空中へと足を踏み出せば支えを失った伊澄の体はがくり、と下へ引きずられていく。

ただ、重力に従って下へ下へ。それが地獄への入口なのか、天国への入口なのか分からないまま。


それでも、伊澄は終わりに向かって進んでいるのだと安堵して目を閉じた。


未練もない、と思っていたのに閉じた瞼の裏に写ったのは伊澄に笑いかける、両親の顔だった。



──────────────────


「…………ミ、イスミ!」


「え、あれ、アルス…………?」


「どうした、部屋の扉の前でぼんやりして。入ってこないから、どうしたのかと思った」


いつの間にか部屋の中にいたアルスが、目の前にいる。

眉根を寄せて、怪訝そうな顔をしていた。


心底、心配していると言った表情が──。


(これも嘘ということかな)


思い出されるのは、人じゃない、と言うアルスの言葉だった。

聞いてはいけないものを聞いてしまった自覚はある。


アルスにその真意を確かめるのは、怖かった。

怖くて聞けなかった。


(心に、しまっておこう)


誰にも悟られぬように、自分だけが知っていることにしておこう。


「本当にどうした? 何か、あったのか? それともイスミも具合が悪いのか」


どれ、とアルスの手が伊澄の額に伸びてくる。


「や、めて!」


ぱしん、と乾いた音と伊澄が持っていたパンや果物が落ちる音が響く。

アルスは手を柔らかく伸ばしたまま、伊澄を見て固まっていた。


やってしまった。無意識だった、そのままアルスの手を拒んでしまった。

アルスの目が見れなくて、伊澄は視線を床に落とす。体を縮こませ、右腕を握る左手に力を込める。


身を守るように小さくなりながら、アルスの言葉を待った。

アルスから身を守るなんて、馬鹿げている。アルスが傷つける行動をするはずないのに。


(それをしたのは私の方)


それでも、アルスのことが怖かった。

拒絶したのに、拒絶されるのが怖かった。


「ごめん、熱があるのかと思ったんだ。違うならいい。それに、急に触ろうとしてすまなかった」


ゆっくりとアルスの手が遠のいていく。

それになんだかほっとしてしまう自分に、罪悪感を感じながら伊澄はゆるゆると顔を上げた。


そこにはいつもと変わらない、柔らかな笑みを浮かべるアルスがいた。


「食料を持ってきてくれたんだよな。ありがとう」


床に散らばってしまったものを拾いながら、アルスはどれが食べたい? と伊澄に聞いてきた。


なんでもない、と言うふうに気遣ってくれるアルスに伊澄はただ申し訳なさに襲われた。



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