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あまりにも冷たくて、どうしようも無かった


その日は、とても晴れていた。

目を細めるような眩しい日差しの中、リュックだけを背負いほぼ着の身着のままで外へ出た。


外へ出たと言うよりも、放り出された、という感覚に近かった。

誰も迎えには来ない。行く宛もなくて、ただ一人生きていくのだと覚悟した。


────────────


その日から、ずっとがむしゃらに走ってきたような気がする。

生きる意味も、生きている理由もわからぬまま、必死に真っ当に生きようとした。


それしか知らなかったし、出来なかったから。

人並みに生きるために、社会に馴染むために必死に働いた。


だけど、入った会社は所謂ブラック企業と言うやつだった。

そこで出会った赤澤は、最初の内はとても優しかった。


けれど、だんだん月日が流れるにつれて、伊澄が親を刺したこと、少年院にいた事を突くようになって伊澄の心は消耗していった。


──人を刺したんだって?


──お前みたいなやつを、使ってやってるんだ。感謝しろよ。


過去に言われた赤澤の言葉が、ぐるぐると頭の中を回り続ける。

忘れられない、忘れたくても忘れられない。


「聞いてるのか、本当に使えないやつ」


目の前で暴言を吐き続けるこの男の顔は、伊澄には醜悪に見えた。

そんなことを思う自分も、何だか汚く見えてくる。


目線を落とし落ちる影。震える足元が奈落の底へ続く穴にも見えて──。


「いいか、お前みたいなのは動物なんだよ。理性なんてない、人間のなり損ないだよ」


ははは、と乾いた笑いをあげながら赤澤は伊澄の元を去っていく。

言い返せないまま、ただ黙ってやり過ごすしかできない自分。


それでも、反論しないのはまたどこかで理性を失って同じ過ちを繰り返すのが怖かった。

誰かを、傷つけるのが怖かったのだ。

自分を見失ってしまうのが、恐ろしかった。


「もう、嫌だ。消えていなくなりたい」


触れられたくないことだった。

自分の過去の過ちなんて、思い出したくもなかった。

けれど、そう思う自分に嫌気が差した。逃げたいだけなんじゃないか、と。結局はあの親から生まれた自分も、同じ穴の狢なのだと突きつけられるようで。


あの人たちは自分でなんとかせず、他人の──娘である伊澄を使って見返そうとした。自分の努力をせずに、血の繋がりはあるが他の人を使って。


(私も、一緒)


自分の力で何とかせず、逃げ出したい。

誰か助けて欲しいだなんて。


「他力本願も良いところ」


誰かに頼るなんて今までしてこなかった。

許されなかった。ここまで来ても、許して欲しいなんて虫がいい話だ。

そんなの、あるわけないのに。


「犯罪者である私が、誰かを……誰かが好きになってくれるなんて……あるわけないのにね」


伊澄はただ、疲れ果ててしまった。伊澄の世界に。

何もない。あるのは、灰色の色のない世界だけ。


なんの楽しみも見いだせず、ただ消耗していく心を引きずって明日を迎えるのに。


「もう、終わらせよう……」


そう思って、伊澄はふらふらと街の中を歩き出した。

たどり着いたのは、古びた雑居ビル。入口はとても狭く薄暗い階段が上へ上へと続いていた。

人通りの少ないのが幸いして、誰にも怪しまれずに進んでいけた。


ここで誰かに呼び止められるのだけは、御免だった。

立ち止まるつもりも、誰かの言葉を聞くつもりもなくてただ終わらせるために、ここに来たのだ。


階段をのぼり切り、屋上に出る扉に手をかけると鍵が掛かっていた。

でも、長年放置されていたのだろう。錆び付いたドアに思いっきり体当たりをすると派手な音を立てて開いた。


びゅっ、と冷たい風が吹く。

いつの間にか自分が汗をかいていたことに気づいた。


「何焦ってるの……私は」


未練なんて何もない。

思い残すことも、何も。無いはずだ。


ふと見上げた青空が、あまりにも澄んでいて虚しくなる。

雲ひとつない空が、私みたいだと思ったのだ。心の中が空っぽなことを突きつけられたようで、伊澄の胸が傷んだ。






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