その場を支配したのは
「あぁ」
アルスはそれ以上言及することなく、伊澄の頭から手を退けた。
そして、後ろを振り返る。
そこには伊澄とアルスのやり取りを静かに見ていたセリオスが立っていた。
ふーん、とかほほぅ、とか何やら考えることがあったらしいセリオスは、アルスのことを面白そうに見ている。
「あー、君たち面白いことになってるね? ひとつ捨てたのに、また拾っちゃって。この世界のルールって分かってやってる?」
「ルール……?」
ルール、とはなんだろう。
この世界にルールなんてあるのか?
そんなこと考えたこともなかった伊澄は首を傾げる。
セリオスの口ぶりからすると、アルスは何かルールを犯している──いや、君たちと複数形で言っているから伊澄も含まれるのだろう。
私たちが何かを犯した、とでも言いたいのだろうか。
「まぁ、こっちの話だよ。気にしないで」
そんなこと言われても気にしない方がおかしいというものだと伊澄は口を開こうとした。
「あなた様はもしかして、セリオス様ですか」
伊澄とセリオスの間に、と一人の男が立ちはだかる。
いかにも司祭だと自己主張の激しい白い服に、頭より長い白い帽子。
顎に豊かな髭を蓄えたその男はセリオスの名を呼ぶ。
「あぁ、いかにもそうだよ。君は、この町の教会の人間かな?」
「はい、私はセリオス教を説き、皆をまとめております。あなた様にお目にかかれて光栄です」
頭を下げた司祭は、恭しくもセリオスに問いかける。
「この者たちを、今まさに天へと還しこの地の穢れを払おうと考えておりました。この町は今、かなりの惨状です。何卒、あなた様のお力添えをいただきたく」
司祭が腰を折ると、群がっていた民衆は祈るように手を合わせる。
統率の取れた動きに、伊澄は嫌悪を覚えた。
自分たちは何もせず、神頼みだなんて。
何もしていないのに、こんな目に遭わせておいて? と。
怒りはセリオスだけでなく、民衆にも感じた伊澄だったが、冷たい視線を感じてセリオスを見た。
その先で、セリオスの表情が、抜け落ちるようになくなっていることに気づく。
「馬鹿なこと言わないでよ」
なんの感情もない、冷たい声に伊澄はおろか司祭も震えた。
冷たい水を浴びせるかのように発せられたその声は、民衆にも届いたようだった。
ざわめきは一瞬にして静まり返り、場はセリオスによって支配される感覚に陥る。
神様、とはこういう存在なのだろうと感じさせるには十分な程の威圧感だった。
「僕はそんなもの要らないよ。天に還す? 誰が望んだの? 僕じゃないよね?」
セリオスが踏み出す。一歩一歩進むごとに、司祭の顔は歪み、額には脂汗とも冷や汗ともつかない雫が流れた。
「どうしたの? 信仰する神が来たんだよ? そんな顔しないでもう少し、笑って見せたらどう?」
司祭はセリオスの背で見えなくなる。
けれど、その体が震えているのが伊澄には気配で察せられた。
もう、一発殴るとか、一矢報いるという所の話ではなくなってきてしまっていた。
触らぬ神に祟りなし、とはこういうことなのかもしれない。
今は、やめておこう。
けれど、諦めてなるものか。もっと、確実な方法を、これこそはと言えるものを探してみせる。
そう、伊澄は心に誓った。
きっと無策で行ったら、司祭と同じ末路を辿るのだろう、と伊澄は思いながら。
「あ、あぁ……………………」
ばたん、と乾いた音が響いた。
「あーぁ、腰抜けちゃった? それとも自我が壊れちゃったのかなぁー?」
呑気な言葉と共にセリオスは空中に座る。文字通り足は地面に着いておらず、ふわふわと宙に浮いた状態だった。
もう誰も、セリオスが神様で、自分たちの上位の存在で、反抗しようとする者は居なかった。




