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現実逃避


伊澄の叫びは、願いは届かなかった。

アルスは男たちによってどこかへと連れ去られていく。


「お願い、アルスだけは助けて。私はどうなったっていいから!」


自分の願いなど忘れて、ただ伊澄は叫んだ。

元々、いつ死んだって、死んでいなくなったっていいと思っていた身だった。


だから、ここで願いが叶わなくたって、いい。

神様に、セリオスに一つ報いれなくても、構わないとそう本気で思った。


「暴れるな!…………このっ!!」


伊澄はむちゃくちゃに暴れた。

腕に擦り傷ができようと、どんなにみすぼらしくなろうと。

構わない、構っていられなかった。


伊澄の身動きを取らせなかった男が、伊澄の頭を強く地面に押し付けた。

途端に、ぐらりと視界が歪む。強い衝撃だけのせいじゃない、世界が滲む。


痛い、と声も出なかった。出るのは嗚咽だけ。しゃくりあげる声がただただ、伊澄の胸を締め付け続けた。


伊澄も四肢を拘束され、米俵のように担がれる。左右には生き残った人々が伊澄を睨み続けている。


伊澄は泣き腫らした目で、多くの民衆をただ見ていた。

悲しいのか、悔しいのか、辛いのか、何が何だか分からない。


全部の感情が、一気に伊澄を責めているような感覚だった。


あまりに無力な自分。

触れただけで全てを壊すこの手を使っても、アルスを救えなかった。


何があろうとも、自分は何も出来ない。

結局はあの時のように、自分もアルスも救えなかった。


(私は、どうしたら良かったのだろう?)


その答えは誰も教えてはくれない。

ベッタリと未だ、誰かの血が付く自分の手を強く握りしめることしか伊澄には出来なかった。


──────────────────


連れてこられたのは、円形の広場のようだった。

円をぐるりと囲むように、火のついた篝火が等間隔で立てられている。

そして、真ん中に祭壇のような台が置かれていた。


伊澄の嫌な予感が的中する。

その台へ、伊澄とアルスは捨て置かれるように押し倒される。


なにするの、と反論するまもなく台に炎が燃え移る。

まるでタイミングを図ったかのように、住民が手にしていた松明を伊澄たちの方へ投げたのだ。


油でも撒いていたのだろうか、一気に周りの酸素を消費して炎は燃え盛る。

熱さと煙が肺を満たし始めた。伊澄は服の袖で鼻と口を抑える。


意識のないアルスにも同じように塞ぎ、煙を吸わせないようにした。

けれど、炎の勢いは増すばかりだった。


陽炎のように揺らいだ空気の向こうで、民衆が感情の無い目でこちらを見ているのに気づいた。


本当に、同じ人間か? と思えるほど無感情。人が、自分たちの手で死ぬかもしれないのに何ともこう無関心のように居られるのか。


成り行きを見守るしか脳がないのか、と叫びたかった。

それも今は薄い酸素と、煙のせいでむせ込む。


炎は木製の台を、焼き尽くし始めた。

このままだと、焼死だ。そんなのは、嫌だ。


あの時みたいに、アルスにばかり頼っては行けない。

けれど、どうしたらいいか分からなかった。


孤立無援。四面楚歌。絶体絶命。

伊澄の頭は現実逃避をするように、無駄な言葉の羅列を繰り返して──。


炎の熱で、涙が蒸発するのを感じた。


誰か、助けてとも言えずに──。

心の中で神様、助けてと言い続けた。つくづく都合のいいことばかりを願うのだなと、自分自身に悪態をついた。



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