第六章:待ち人と戸惑い
あれから数日が過ぎて、干していた赤茄子も日差しを受けて乾き、それを油紙で包む作業が終わる頃、待ち人が丸太小屋にやって来た。
馬上で手を振るその人はこちらの心配を跳ねのけるように元気で、その姿に安心したリスは彼に向かって大きく手を振る。同胞の安否を心配していたディルデュランも安堵を顔に浮かべ、彼を出迎えた。
マーシュマロウは荷を積んだ驢馬二頭に、今回は鞍付きの馬を一頭連れて来ており、それは彼が乗っている馬より体格が良く、明るい栗毛に額の白い流星が目立つ、力強そうな馬だった。
「ああ疲れた疲れた」
「マーシュマロウさん、お疲れ様です。ご無事でよかったです」
馬から降りて腰を叩くマーシュマロウに、リスが労いの言葉をかける。ディルデュランはその肩を何度か叩いて歓迎の意を表した。鍔付き帽子をうちわのようにして顔へ風を送りながらマーシュマロウはリスの方を向くと、頭の上に乗せられた草藁帽子を目にとめた。
「お、リスちゃん、帽子作って貰ったの? 暑くなってきたもんね」
「はい、先日暑さにやられてしまって……お恥ずかしい……」
少女は先日のことを思い出し気まずそうに苦笑する。それにマーシュマロウは「あらー」と目を丸くし、ディルデュランを見やる。
「赤茄子を天日干ししているときでな……」
「あー、あの場所か」
それで草藁帽子を作ったのかと察したマーシュマロウは、この話題は掘り下げないようにして笑顔を作り、気持ち肩を落としている男の背中を叩く。
「まあ、積もる話もあるから、荷ほどき手伝ってくれる?」
「ああ、そうだな」
驢馬の背には中季までの小麦、菜種油、塩、香辛料などが積んであり、これらは前に来た時に彼に頼んだ物で、それ以外にも色々と持ってきたようだった。ディルデュランはそれらを下ろしながら中身を確認していると、小さな木箱を見つけて、それを持ち上げた。中を確認してみると、小さな壺に入れられた軟膏のような物に、小瓶に入れられた液体、鏡や櫛が布と共に詰められている。そのような物を頼んだ覚えがないので、訝しげにそれを見つめ、マーシュマロウに話しかけた。
「……これはなんだ?」
「あー、それは美容液に日焼け止め、鏡や櫛もリスちゃんに持って来てみたんだよね」
「リスに?」
「女の子には必要でしょ!?」
「………」
朴念仁の鑑のような反応をされたマーシュマロウは、言葉を詰まらせているディルデュランから小箱を取り上げる。代わりに小麦が詰まった大袋を渡すと倉庫小屋へと向かわせ、自分はそれを他の細々した物と一緒にして丸太小屋の方へと運んだ。
午後のお茶の時間に差し掛かる頃、荷物の積み下ろしと移動が終わり、3人は丸太小屋で椅子に腰かけ、保冷庫で冷ました薬草茶を飲みながら一息ついていた。ちなみに、丸椅子にディルデュラン、長椅子にマーシュマロウとリスである。
「ふー、日差しは強くても、こっちの方がやっぱり涼しいわ」
「そうなのですか」
だらしなく足を投げ出している彼の隣にちんまりと座っていたリスは、首をかしげた。記憶のない彼女にとって、人里の暑さは分からない。
「街中は木々が少なく、遮るものがない」
「地面も舗装してるから、照り返しもきついしねー」
「そうだな」
「そうなのですか……」
引き籠もっているディルデュランでも、人里の方が暖季は暑いことはよく分かっていて、暫くその話で二人は盛り上がった。しばし世情について話した後、マーシュマロウは自身の背負い袋の中から丸められた羊皮紙を取り出し、男へと手渡した。
「………これは」
「ああ、ここ50年位で中央に送り出された聖女たちの名前だな。各地を回って確認できた分だ」
羊皮紙を広げたディルデュランは、各地方ごとに分けられ書かれたそれを、険しい顔で見つめる。
「こんなに中央へ行っていたのか……」
「各地で生まれた聖女は教会に一旦集められ、教育を施されたあと、12才までに中央に送られ、故郷に帰ることなく、その身を国護に終身捧げるそうだ」
この中にリスもいるのだろうか、と男は眉間に皺を寄せながら書かれた文字を指でなぞる。そして、あることに気付いた。
「各地方から約5年ごとに聖女が送られている」
「気づいたか。そう、5年ごとだね」
「?」
言葉の意味が分からないリスは、不安そうに二人を見やる。
「………聖女という職は特殊なものだ。各地方に1人ずつ生まれ、さらに次代は先代が亡くなるその年に現れる」
「200年前までは、聖女は大領地にある中教会に属し、暖季の前の中季に各地方の小教会を回りながら豊穣の祈りを捧げるお役目はあるけど、約5年で代替わりするものではなかったんだよね……」
それぞれの言葉に、リスは息をのむ。
「5年で次代が出るということは……そんな……」
震える手で口元を押さえ、沢山の名が連なる羊皮紙から目を逸らす。痛々しい彼女の姿に二人が口をつぐむと、丸太小屋の中に沈黙が落ちた。
「そんなに短い期間で代替わりすることに、人は何も思わなかったのか……」
先に沈黙を破ったのはディルデュランだった。そんなに短命が続くのなら疑念の声が上がるはずだ、と彼は苦々しい顔をしてマーシュマロウに声をかける。それに対して彼は肩をすくめた。
「当時、疑念の声は上がったのだろうけど、中央教会はうまいこと言って、その代替わりのことを隠して聖女を集めたんだろうなあ。まあ、今じゃ200年前の常識を知っている人はもういないんだけどねえ……」
「すっかり塗り替えられているのか……」
「そうだね。都合の良いように改ざんされているってわけだ」
「うむ……」
思わず唸り声をあげるディルデュランから羊皮紙を取り、沢山の名前が連なる最後をマーシュマロウは指さした。そこへ全員の視線が移る。
「で、ここ見てよ」
そこには、中央入りから5年を経過しているにもかかわらず、次代の聖女が生まれていないと記載されていた。それは、この地方の当代の聖女――リスが死んでいないという証拠でもあった。男と少女は息をのむ。
「そう、これは君だよ、リスちゃん」
マーシュマロウは指先を少し上に戻し、そこに書かれた文字を読み上げる。
「この聖女が生まれ育ったのは、森北都アレンデ。この森近くの町、ノースアレンデ教会の司祭の娘で、その名はアンゼリカ・セリ。年の頃は……遡れば17かな」
「17!?」
ディルデュランはリスの年齢に驚いて立ち上がり、思わず座っていた丸椅子を倒す。
「小柄だからそう見えなかったけど、人ならもう成人してるよね。まあ、そこまで驚くのは失礼じゃね?」
マーシュマロウは驚愕している男に座り直すよう促す。解せぬという顔をしたディルデュランは、倒れた丸椅子を直して座り、腕を組みながらリスの方を見やった。少女の方はというと、自身の出自を知ったことに茫然としており、男の失礼な物言いには気づいていないようだった。が、ひどく思いつめた顔をしている。
「リス……いや……アンゼリカ……か……」
「……それが私の名前。でも、実感がありません」
ディルデュランが心配を含んだ声で少女に声をかけると、辛さを滲ませた返事が返ってくる。それにマーシュマロウも、何とも言えない顔をリスに向けていた。
「……あの……私に両親はいるのでしょうか」
「………ご健在……と言いたいところだけど、次代が出てこないことで君が死んでいないのを知った中央から使者が来て、匿っている容疑をかけられ、連行されていったそうだ」
「……!?」
「無事かどうかは現段階でそこまで調査できてない。中央の内情についてはこれからなんだ」
「わかりました……」
真っ青になりながら返事をするリスに対して、ディルデュランはなんと声を掛けて良いか分からず、表情をこわばらせる。
そうして、丸太小屋に再び沈黙が落ちた。
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マーシュマロウさんからお話を聞いたあとから、自分でもどうしたらよいのか分からず、足もとがふわふわした感覚のまま夜になってしまった。
自分の本当の名前と年齢、出自、両親の現状を知ることになったけれど、それを聞いたから何かを思い出せるわけでもなく、自分のこととは感じられなくて、ただ不安な気持ちだけが大きくなっただけで、危険を冒して調べてくれているマーシュマロウに対して申し訳ない気持ちにもなっている。
ディルデュランもあれからずっと難しい顔をしていて、何を考えているのか分からないけど、寝る前に飲みなさい、と渡された心を落ち着ける薬草茶に、彼の気持ちが込められているようで切なくなった。
光り虫の明かりが灯る丸太小屋の中は、今は私とディルデュランだけ。マーシュマロウは作業小屋に寝床を設けたので、そちらに飲み物を持って移動してしまって、その後は何とも言えない気まずい静けさが小屋に満ちてしまった。いつもなら自分が彼に話しかけて会話が生まれるのだけど、今はうまく言葉が出ないままでいる。
……私はリスじゃなく、アンゼリカという聖女だった。
それだけなのに、もうリスに戻れないような切ない気持ちになるのはどうして?私、リスのままでいたいのかな。本当の自分に戻るより、ディルデュランと笑いながら暮らすリスのままで……。
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翌日、目を覚ましたリスは、いつものように朝食の支度を手伝っていた。しかし、ディルデュランとの会話はなかなか続かない。昨日の話を互いに意識しているのか、なんとも言えない空気が丸太小屋の中に漂う。その中で少女は黙々とパン生地をこねていた。そこへドアを開け、マーシュマロウが入ってくる。
旅の疲れはいくらか取れたようで、昨日よりもすっきりとした顔をしていた。
「なに、この空気。お葬式?」
丸太小屋に入るなり、場の重苦しい空気を感じ取った彼は、思わずそう口にした。
「お、おはようございます」
「……おはよう」
リスとディルデュランが気まずそうに挨拶を返す。マーシュマロウは一度天井へ視線を向けると、やれやれといった様子で二人へ視線を戻した。
「昨日の話、気にしてるの? リスちゃんの出自が分かったことは大きな話だけどさ。これからどうするかなんて、刻印宝珠の件が終わってから考えればいいじゃない?」
「それはそうだが……」
「二人とも、固いこと考えない。朝食を食べたら、次の段階の話をしよう」
言いよどむディルデュランとは対照的に、マーシュマロウは快活に笑うと、窓際のベンチへ腰を下ろした。どうやら朝食の支度を手伝う気はないらしい。リスとディルデュランは顔を見合わせ、そして少しだけ笑うと、再びそれぞれの手を動かし始めた。
今朝の朝食は、暖季によく食べる総菜パンだった。
平鍋に酵母を使わない平焼きパンの生地を敷き、その上に乳酪、赤茄子、玉ねぎ、甘唐辛子、乾酪、香草を乗せる。最後に塩を振り、上下から火の宝珠を当てて焼き上げたものだ。とろりと溶けた乾酪が野菜に絡みとても美味しい。焼き上がったものを切り分けて平皿に乗せると、マーシュマロウは早速、はふはふと息を吹きかけながら口にした。
「んー、うまい! やっぱりこういう食事の方がいいよなあ……。人と暮らすのも悪くないんだけど、食事が合わない時があるからな」
肉を食べる文化のない森人にとって、肉を食べる必要がある人間の中で暮らすことは、時として体に負担をかけるのだという。普段はなるべく食べないようにしているが、付き合いや接待の席では、どうしても口にしなければならないことがある。そういう時は決まって消化不良を起こすため、胃薬が欠かせないらしい。
「そうなんですね。でも……私は人間なのに、今の食生活で何も問題がないのですが」
リスの言葉に、ディルデュランが補足する。
「……リスは光の精霊から命を貰った。その影響で、我々に近い存在になっているのではないかと推測している」
寿命が延び、精霊の存在を感じられるようになった。森人と同じ食生活でも問題なく生きていられる。もともと聖女は大地神から加護を受けた存在だ、精霊との馴染みも元々良かったのだろう。そう言葉を続けるディルデュランにリスは頷いた。
自分も総菜パンを一口食べる。程よい塩気と野菜の甘さが、口の中いっぱいに広がった。
食事を終え、食卓を片付けた後。
今日はすぐに畑へ出ず、薬草茶を淹れてから、全員で丸椅子とベンチに座り、膝を突き合わせた。
「さて、これからのことだけど」
マーシュマロウが口を開く。
「俺は暖季から中季の間に、ハーツイーズを探すことにする」
そう言って、自分の顔の前で人刺し指を立てた。
「もともと森人は数が少ない上、この目立つ髪の色だ。老大樹様の言う『人の側にいる』というのが本当なら、各都市を歩いて情報を集めれば見つけられると思う」
次に中指を立てる、二本目。
「そして同時に、各地に散らばっている森人にも今回の件を伝える。寒季の初めには、一か所に集まって話し合いができるよう、予定を組んでいく。まずはここまでだ」
そして、最後に薬指を立てて三本になる。
「で、その次」
マーシュマロウはディルデュランを見る。
「森人の話し合いには、ディルデュランにも出てもらう。そのために馬を連れてきた。時が来るまでに慣らして、乗れるようになっててくれ」
「……分かった」
「角鹿で森の外に出たら、目立つことこの上ないからな」
ディルデュランは頷いた。しかしその直後、ちらりとリスの方を見る。この子を置いてここを出るのか。一人にさせるのか。そんな感情がその横顔から透けて見えた。
「なんだー、心配なの?」
マーシュマロウがにやにやと笑う。
「一人にできないもんね。可愛いもんね~」
ディルデュランは眉間に皺を寄せると、無言でマーシュマロウの顔をわし掴みにした。ミリミリ、と嫌な音が響く。
「いでででで! 冗談、冗談!」
「あっ、あっ、駄目です! 凄い音がしてます!」
リスが慌てて立ち上がり止めたおかげで、マーシュマロウは万力のような指の締め付けから解放された。
彼は掴まれていた顔を撫でさすりながら、
「冗談通じないやつだなあ……」
とぼやく。
「安心しろ。お前さんが不在の間は、うちのかーちゃんにここへ来てもらえるよう話してある」
「コモンおばさんか……。わざわざ悪いな。今は東の山の方で暮らしているんだろう」
ディルデュランは右手で顎の下を撫でながら、遠い目をした。脳裏に浮かぶのは、恰幅が良く快活な女性の姿。もう、どれくらい会っていなかっただろうか。マーシュマロウの母であるコモンは、女手一つで彼を育て上げ、商売のコツを伝授した人物でもある。彼女自身、鉱山街に店を持ち、長年薬屋を営んで繁盛させていた。
「そうそう。今もあそこで元気に商売してるよ」
マーシュマロウは笑う。
「そんで、お前が女の子と一緒に暮らしてるって話したら、今すぐ飛んで行きそうだったからさ。言い聞かせるのが大変だったわ」
「……お前」
わはは、と明るく笑いながら、マーシュマロウはディルデュランの肩を叩く。ディルデュランは目を見開き、マーシュマロウの顔を凝視した。コモンがその時どんな様子だったのか、容易に想像がついたらしい。
「事実じゃん。ねえ、リスちゃん」
「えっ、は、はい?」
突然話を振られ、リスはベンチから飛び上がらんばかりに驚いた。視線だけで困ったようにディルデュランの顔を見て、それからマーシュマロウの方へ向き直る。
「ディルデュランさんがここを離れる時は、コモンさんが来てくれるのですね」
リスはほっとしたように微笑んだ。
「ここでの寒季は初めてですし、一人ではとても無理でしたので……ありがとうございます」
そう言って丁寧に頭を下げる姿は、とても健気だった。ただ、その顔にははっきりと、
――ディルデュランさんがいなくなるのは寂しいです。
と書いてある。ディルデュランはそれを見て、居心地が悪そうに咳払いをした。
「とまあ、現時点ではこんな感じの進行になっている」
マーシュマロウが話を戻す。
「森人で話し合いをした後、国が持つ刻印宝珠と聖女の件について、今後どうしていくかを決めることになるだろう」
そして二人を見る。
「二人とも、いいか?」
マーシュマロウはそう言って、自分の膝を一つ叩いた。それにリスとディルデュランは同時に頷く。
刻印宝珠を人間に教えたハーツイーズが、今何を思っているのか。それすら、まだ分かっていない。現時点でできることは、ここまでだった。すでに聖女の命を使ったやり方は人間社会に深く浸透している。それを人間の生活から切り離そうとすれば、相応の抵抗が起こるだろう。だからこそ、慎重に進める必要があった。
話し合いは、ここで一旦終わった。ディルデュランとリスは畑へ向かい、マーシュマロウは馬たちの世話へと向かったのだった。
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私は丸太小屋の外に出る前に、壁にかけられた草藁帽子を被る。日がだいぶ上り、暖季の強い日差しが差し込んできているので、ディルデュランがいつものように薄荷水に浸した布を首に結んでくれた。首筋に大きな手の温かさと冷たい布の感触が触れて、胸が痛くなる。朝から彼は、私のここでの名を呼んでくれなかった。
私の本当の名は「アンゼリカ・セリ」。それを聞いても自分の名前のような気がしていない。私にとっては、本当の名前より「リス」と呼ばれる方が、もう本当に自分らしく感じてしまっている。記憶だって何も戻っていないから、なおのことそうなのだけど……。
畑に入ると、今日も赤茄子がたくさん実っている。私とディルデュランは分かれて収穫を始めた。籠に一つずつ丁寧にもいで入れていく。雑草はあえて抜いていない自然に近い農法で収穫された野菜は、その分力強い味がする。今収穫している赤茄子だけでなく、今の時期は甘唐辛子、瓜、色んな野菜も収穫できた。
離れたところでマーシュマロウが馬と驢馬たちに草を与え、ブラシをかけているのが見える。不穏な話をした朝が嘘のように、長閑な風景だった。私は収穫物で籠が一杯になったところで、小川の上流の方へ歩いていく。すでにディルデュランが収穫を終えて、野菜を洗いながらこちらを見ていたので、少し急いでそちらへ歩いていく。
「遅くなりました」
「いや、気にしなくていい。野菜はそこに置いてくれ、今日食べる分はそこの籠だ」
そう言う言葉が固い。何かを考え続けている顔をしている。私はじっと彼を見ていたが、一つ息を吐くと、自分が持っていた籠を置き、洗い終わった方の野菜の籠を持って丸太小屋の方へと向かった。私も言い出せないのだ。「アンゼリカ」ではなく、「リス」と呼んで欲しいと。
私は丸太小屋に戻り、テーブルに野菜籠を乗せると、いつものように水瓶の水で体を綺麗にし、革靴を日陰に干していた。すると、水場で野菜を洗い終えたディルデュランが空を見ているのが見えた。どうしよう、話すなら洗い物を渡す今が良いと思うのだけど……。私は手に脱いだ服を抱え、恐る恐る彼の方へ歩いていき、声をかける。
「ディルデュランさん、洗濯物持ってきました」
私がそう言うと、彼は硬い表情のまま、小川の脇に置いた籠を指さした。
「ああ、その籠に入れてくれ。そうだ……マーシュマロウに、洗濯するものがあったら持ってこい、と声をかけてくれ」
「………分かりました」
やっぱり「リス」と呼んでくれない。
私はそこから言葉が出なくて、洗濯物を籠に入れ、マーシュマロウの元へと小走りで向かう。ダメだ、言えない。大したことではない気がするのだけど、こういうことを朝から何回も繰り返している。後ろを振り返ると、また彼は空を見上げていた。考える時の癖だ。
私は溜息をつきながら、馬と驢馬のブラシをかけ終わり、木の柵に寄りかかって草笛を吹いているマーシュマロウの側に行き、声を掛ける。
「マーシュマロウさん、いいですか」
「なんだい、リスちゃん。なんか用事?」
マーシュマロウは「リス」と呼んでくれる。それに私はほっとしながら、言葉を続けた。
「ディルデュランさんが、洗濯物があるなら持って来て欲しいって言ってました」
「お、そうか。じゃあ洗ってもらおうかな。今、作業小屋の方から持ってくるから、待ってて、ってあいつに伝えてくれる?」
「はい、分かりました」
私はまたディルデュランの元へと戻って行く。まだ空を見ているのが目に入った。彼には、サワサワと草を分けながら歩く私の足音が聞こえたのだろう。こちらを振り返る時、暖季の日差しを反射した白い髪が輝いて見えるのに、私は目を細めた。
「ディルデュランさん、今持ってくるから待ってて、だそうです」
「そうか、分かった」
また返事が固い……。
私は背の高い彼の隣に立つと、胸の前で両の拳を握り、意を決して声を出す。
「私の事は悩まずとも、『リス』のままで良いと思います!」
そう言って唇を固く結び、ディルデュランを見上げた。風が草藁帽子の下の胡桃色の髪と光の精たちをふわりと揺らした。
「……気づいていたのか」
ディルデュランは左の掌で自分の口元を隠すようにし、気まずそうに私を見下ろしている。自分でもしょうもないことで頭を悩ませていると思っていたのかもしれない。どこか気恥ずかしさが感じられるような表情で、私はそんな顔に見入ってしまう。
「朝からここでの名前を呼んでくれなかったので……」
「すまない。正直、どちらの名を呼べば良いか聞きたかったのだが、言い出せなかった。お前が希望するなら、今まで通りリスと呼ばせてもらう。………それと別に……お前が成人していると聞いて、相応の扱いをしなくてはいけないのかと思っていたが……」
私は彼の言葉の初めの方には「わかる、私も同じ」と頷いていたが、後ろの方になると、段々顔が熱くなってきた。
相応の扱い? ディルデュランが私に!? と思ったが、私は対人に関する記憶があまりないので、どんな扱いなのかと首を捻った。霞む記憶の中から探ろうとしても、自分と関わった人たちのことは出てこなかった。
「あの、相応の扱いとは……?」
私は困惑しながら彼に問う。普段、子ども扱いをされていたとしても、からかわれたり雑に扱われたこともなかったので、差異が分からない。だから私は聞いてみたのだ。
「………」
ディルデュランは私の言葉にわずかに背中を仰け反らせると、一歩後ろに下がる。それから、口元を覆っていた掌で顔を隠した。
「いや、いい。普段通りでいく。変な事を言ってすまない。ああ、うん、気にするな」
言葉を濁されて、私はますます困惑した。どういう反応なんでしょう、これ。
「おーい、洗濯物持ってきたぞ。いやあ、悪いな、一緒に洗ってもらって。ん、なに? どうしたの?」
私たちが微妙な状況で立ち尽くしているところに、洗濯物を持ってきたマーシュマロウさんがやって来る。
この空気、どうしようと思っていたので、何も知らない彼が来てくれたことに私は息を吐いた。それはディルデュランもそうだったのだろう。顔から手を外すと、マーシュマロウに
「いや、何でもない。この洗濯物はこの籠に入れてくれ」
と話して、洗い終わった野菜を入れた籠を持つと、食糧倉庫の方へと持って行った。
とりあえず、名前については「リス」とまた呼んでくれることになったので、私はひとまず胸を撫で下ろしたのだった。
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一日の作業を終え、夕日が差し込む山小屋の中。ディルデュランは、マーシュマロウに引き渡す分の商品の最終確認をしていた。
品物は薬草茶が一番多く、それ以外には干し赤茄子とそのオイル漬け、干し果物、干し薬草、草木染めの布、細工物、組み紐など、細々とした物がある。それらを驢馬が背負いやすいよう、重さを均等に分けてまとめ、マーシュマロウが持ってきた袋へ詰め込んでいく。四つ分になった荷物は山小屋の入口付近に置かれ、明日、驢馬の背に積まれる予定だった。
「薬草茶は人気商品だからね。リスちゃんが来てから仕入れの量が増えて、嬉しいよ」
そう言ったマーシュマロウは、ベンチに座りながら、ざるに入った隠元豆の筋を取っていた。リスもその隣で筋取りをしていたが、彼の言葉に嬉しそうに微笑む。
薬草茶もそうだが、二人で作業するようになった分、単純に作れる量が増えている。
増産した理由は、少女があまり食べないとはいえ、養う人数が一人増えたのは確かであり、森では手に入らない食料品などを買うためにも、納品量をこれまでの一・五倍ほどにする必要があったからだ。
「組み紐も引き取ってもらえて良かったです」
リスがにこにことマーシュマロウに話しかける。
ここへ来てから何度も練習した組み紐作りはすっかり上達し、今回から商品として引き取ってもらえるようになっていた。
「リスちゃんが作る組み紐は色使いが女の子らしくていいよね。若い子に人気が出そうだと思うよ」
「そうですか。良かった……」
リスは気恥ずかしそうに足をもじもじさせている。それを見たマーシュマロウは、可愛いねえ、と思いながらにっこりと笑った。
「あ、女の子で思い出した。ちょっと待ってね。これが終わったら渡すものがあるんだ」
その言葉に、リスが首を傾げる。何だろうと思いながら、華奢な指で隠元豆の筋を摘まんで引っ張る。そうしているうちに、ざる一つ分の隠元豆の筋取りが終わった。
マーシュマロウは立ち上がり、卓でほかの野菜を切っていたディルデュランにそれを手渡すと、生活用品をしまってある棚から木箱を取り出し、リスのもとへ戻ってくる。
「これこれ。卓上鏡と櫛、日焼け止めと化粧水だよ。女の子の必需品」
木箱を受け取ったリスは、その中身を見て思わず目を丸くした。
鏡は二十センチ四方ほどで、木枠には花の彫り物が施されている。木製の櫛も同じ意匠で、どちらも艶が出るまで丁寧に磨かれた良い品だった。日焼け止めと化粧水も肌の弱い人でも使えるもので、容器を見る限り、決して安い物ではなさそうだった。
「こんな……受け取れません!」
慌ててリスがそれらを押し返そうとするが、マーシュマロウは笑顔のまま受け取らせようとする。
「まあまあ。こんな朴念仁のところへ来てくれてありがとうねえ。こういうことに気が利かない男だけど、これからもよろしく、っていう意味だから。ほら、受け取って」
「えっ、えっ?」
野菜を切っていたディルデュランのナイフの手元が狂った。ダン!という音と共に、切り損ねた赤人参が卓から落ち、床をころころと転がっていく。
「おい!」
卓の方から声を上げるが、マーシュマロウはそれを無視して、日焼け止めと化粧水の使い方をリスに教え始めた。
内心焦りながらちらりと少女を見ると、リスは日焼け止めと化粧水に気を取られているらしく、今の言葉の意味までは理解していないようだった。それを見て、ディルデュランはほっとする。リスには、余計な感情を持ってほしくなかった。
まだここへ来て長くない。ようやくこの生活にも慣れ始めたところなのだから、今こうして穏やかに過ごせているだけで十分だと男は思う。――それだけではない。その下には、自分自身が余計なことを意識したくないという気持ちもあった。今回のことで名前の呼び方や接し方に悩み、二人の間の空気がぎくしゃくした。ああいうことは困るのだ。
ディルデュランは溜息をつき、動揺して落とした赤人参を屈んで拾い上げる。本当に、マーシュマロウは何を考えているのだ。そう思いながら難しい顔をした。
「わあ、お花のような香りがします」
無邪気に化粧水の香りを嗅いでいるリスの笑顔を見ながら、ディルデュランは複雑な気持ちになる。ここへ移り住んでから、ずっと独り身でいた。この先もそのつもりだった。それなのに――。
「……まったく、とんだ拾い物をしてしまった」
そう考えながら、ディルデュランは芋に手を伸ばし、皮をむき始める。
できれば親元へ返してやりたい。だが、光の精から命をもらったことが、将来的にリスを孤立させるかもしれない。そう考えると、このままここにいた方が良いのではないかとも思う。あるいは、ほかの森人のもとへ送り出すのも良いのかもしれない。けれど、最終的に決めるのはリス自身の意思だ。
ディルデュランは、もう一度小さく溜息をついた。
/*/
翌日、マーシュマロウさんは驢馬にたくさんの荷物を積み、馬に乗って旅立っていきました。次に来るのは中期、そして森人たちが集まる寒季の初めの、年に二回。私はその背中を見送りながら、一抹の寂しさを感じていた。
彼はとても賑やかな人だから、ここに来ると場が明るくなる。普段は口数の少ないディルデュランもたくさん話をするし、私は二人の話に耳を傾けるのが好きだった。
「静かになるな」
左隣に立つディルデュランがぽつりと呟いた。私はそれに、こくりと頷く。
死の森の奥で暮らしていると、外の世界との繋がりはどうしても薄くなってしまう。それでも彼はいるし、光の精たちの気配も濃厚で、本当の意味で孤独というわけではなかった。ただ、何も聞こえない人間にとっては、それでも本当の孤独に感じられるのではないかと思う。
「でも、ディルデュランさんと日々穏やかに暮らすのも、私は好きです」
マーシュマロウさんと驢馬たちの姿が完全に樹々の向こうへ消えるまで見送りながら、私は思っていることを口にした。私が「寂しい」と感じていることを、きっと彼は気にしてしまうだろうから。
「そうか」
それだけを言って、ディルデュランは黙った。私は隣に立つ彼を見上げてみたが、暖気を含んだ強い日差しが逆光になっていて、その表情を読み取ることはできなかった。
私たちはその後、いつもの日常へと戻っていった。ただ、少し気になることがある。ディルデュランさんの態度が、こう……いつもより距離があるというか……。
側でしゃがみながら瓜の余分な花を間引いている彼の姿に首を傾げつつ、私は立派に育った瓜を二つ抱えて畑の中を歩いていた。地形をそのまま活かした畑は、地面がでこぼこしている。私は足元に気をつけながらディルデュランの脇を通り、側に置かれた籠へ瓜を入れようとした。その時、地面に開いた穴に足を取られた。
「きゃ……」
体が前へ倒れる。抱えていた瓜が手から飛んでいくのが、なぜか妙にゆっくりと見えた。続く衝撃に備えて、私はぎゅっと瞼を閉じる。
「リス!」
けれど、地面に顔から衝突する寸前で、体が止まった。ディルデュランが咄嗟に右手を伸ばし、私の上半身を受け止めてくれたのだ。
「危ない。歩く時は気をつけろと、あれほど……」
彼は私を抱えたまま、安堵したように息を吐いた。それから左手を腰へ回し、右手で脇の下を支えると、一緒にゆっくりと立ち上がる。
「足は捻っていないか?」
「すみません、考え事をしていて。足は……大丈夫だと思います」
支えられながら足を動かして答える。変な方向に捻ったりはしていなかったので、私はほっとして肩の力を抜いた。
私は転びやすいので、彼が側にいる時は何度も助けてもらっている。今回もしっかりとした腕に支えてもらい、私は安心していた。
「そうか。良かった」
しかし、ディルデュランはいつもと違った。手をぱっと離すと、それ以上何も言わずに瓜の花の間引きへ戻ってしまった。普段なら服についた土を払ってくれたり、ほかに怪我をしていないか、あちこち確認してくれたりするのに。
私は首を傾げ、困惑しながら飛んでいった瓜を拾いに行く。
「あった」
瓜は二メートルほど離れたところに落ちていた。私は手で土を払いながら傷がないか確認し、改めて籠へ入れる。その時、ディルデュランと視線がかち合った。けれど彼は、ふいっと目を逸らした。私は理由の分からない、もやもやとした気持ちを抱えることになった。
とにかく、私の出自や年齢について聞いてから、彼はおかしい。空を見上げて考え事をしていたり、こうしてあからさまに距離を取ったり。私は名前の呼び方で悩んだくらいで、それ以外の態度は何も変えていない。だから、おかしいのはディルデュランの方なのだ。そう思いながら、しゃがんで作業を続ける彼の姿を、私は視線で追った。
こちらとしてはもっと構ってもらいたいし、触れ合う機会だって増やしたい。つまり、今よりもっと彼と仲良くなりたいと思っている。
昨日ディルデュランが言っていた「相応の扱い」というものが、今の状態なのだとしたら――。私としては、断固としてお断りしたい。
大きくて傷だらけだけれど優しい掌で撫でてもらうことも、手を繋いで歩いてくれることも、転んだ時に支えてくれる腕も、そして、時折見せてくれる貴重な笑顔も、私は全部大好きなのだから。
私は困ったような顔をしながら、彼の背中をじっと見つめたのだった。
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男は空を見上げていた。本日、何回目になるだろう。マーシュマロウがいなくなったことで、リスとディルデュランは、また二人きりの生活に戻った。しかし、困ったことに、少女に対して以前のように接することができなくなっている。成人している。子供ではない。その意識が一つあるだけで、どう接すればいいのか分からなくなったのだ。生真面目な性格ゆえの苦悩だった。
間季に来てから、今は暖季の盛り。その間、食事をしっかり取るようになったリスは背も少し伸び、身体の方も急速に年齢相応に追いついてきている。先ほど転んだリスを助けた時、それを実感してしまった。
ゆっくりと成長する森人とは違い、少女の成長速度は人間のそれだ。ある程度まで成長すれば、あとは緩やかになるだろうと予測はしている。だが、何しろ精霊から命を与えられた場合、これからどう変化していくのかは不確定すぎる。
やはり、女性の森人のもとへ送るのが良いのかもしれない……。あの子が変わっていくことに、自分がついていけていない。それを「未成年だから」という建前を使って、感じないようにしていたのに。厄介なことになった。
腕を組みながら空を睨むディルデュラン。その姿を、後ろからリスが見ていたことにすら気づいていない。男は小さく溜息をつくと、畑で瓜の花を間引き、それからいつものように野菜を洗い、洗濯をした。
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それからしばらくして。午前中にやるべきことを終えて小屋の扉を開けると、リスがすでに朝焼いたパンや果物、飲み物などを並べて待っていた。こうして見ると、昼食の準備だけでなく、大方の家事も板についてきたな。そんなことを思いながら、ディルデュランは複雑な気持ちで席についた。
「食べようか」
「はい」
二人は食卓についた。ディルデュランはまず白湯を飲み、リスはパンを手に取る。ここまでは、いつもと変わらない。
「今日は午後から何をしますか?」
自分の分のパンに塩気のある乳酪を塗りながら、リスが午後の予定について尋ねてくる。胡桃色の柔らかな髪が、動くたびにふわふわと揺れている。それを眺めながら、ディルデュランはどうするかと考え、やがて答えた。
「午後は……休みでいいだろう。マーシュマロウに渡すものはすべて渡したし、急いでやることも今はない」
彼にしては珍しい言葉だった。
「休み?」
いまだかつて、そんなことを言ったことがない、とばかりに、リスはパンを食べる手を止め、目を丸くして彼を見つめる。
普段は畑仕事の後に手仕事などをしていた。明るいうちは、その日にできることをするのが日課だったのだ。
そのため、突然「休み」と言われても、どう過ごせばいいのか分からないらしい。
「お休み……前はどのように過ごしていたのですか?」
該当するものが思い浮かばなかったのだろう。リスがおずおずとディルデュランに尋ねる。
「涼しい所で、何もしないで過ごす」
表情を変えることなく返ってきた答えに、少女はかえって困惑した。その様子を見て、ディルデュランは言葉が足りなかったな、と気づく。グレーの瞳を天井へ向け、それから上を指差した。
「要は昼寝だな。ここの大樹の上に、実はそのための場所がある」
今度はリスにも分かるように言い方を変える。
「そんな場所があるのですか!?」
少女の大きな目が丸くなり、明るい茶色の瞳が一瞬でキラキラと輝いた。知らない場所への好奇心が、あふれ出している。その様子に、ディルデュランは眩しそうに目を細めた。
「ああ。食事を終えたら案内する」
ディルデュランは自分のパンを手でちぎり、口に入れる。時間が経って固くなったパンを白湯で喉へ流し込みながら、持っていくものを考えた。自分一人なら身一つで登って、そのまま寝る。だが、リスが寝るのなら、何か下に敷くものが必要だろう。
「木の上に登るなんて、ここに来て初めてです」
「その場所へは、大樹の裏側から登れる。大きく枝分かれしているところに板を渡して、ロープで固定してある。普段は枝葉に隠れて、下からは見えにくい」
「そうなのですか……」
会話をしながら、うきうきとした様子を見せる少女。それに呼応するように、髪の中の光の精たちがチカチカと瞬いている。その様子を見ているうちに、ディルデュランの沈んでいた気持ちが、少しずつ浮上していった。
リスの笑顔には、不思議な魅力がある。
人の気持ちを和ませるような――それは、聖女としての力なのかもしれない。
男は、ふっと肩の力を抜いた。別に、ディルデュランはリスのことを嫌っているわけではない。自分が光の精との命の交換によって彼女を生きながらえさせたこともあり、その責任もある。だが、一緒にいて手はかかるものの、嫌な思いをしたことは一度もない。
むしろ――。
「……ああ」
ディルデュランは、テーブルの木鉢に入れてあった李を一つ手に取った。傷の多い掌の上で、ころりと転がす。自分の方が、変に考えすぎていたのかもしれない。そう思いながら、男は李を眺めていた。




