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「カンナギ様が土台を作って、坊っちゃんが堅牢にしたこの村を陥落させられるもんなら、陥落してみて欲しいわ!」
ロベルのオッチャンは、獰猛な眼を細めて挑発的に笑った。
籠城戦において一番大変なのは水と食料だ。次に武器や防具の補充だろう。
その点において、この村ほどの兵糧はない。
なんせ、この村は丸ごと囲まれており、家畜や畑、果樹園まで入っているのだ。水源まであるので、これで食料問題の多くは解消されていた。
これが殆どの要塞や城に適用出来ないのは、守る範囲が大きいと建設まで時間がかかる上に防衛人数に人的資源が大きく割かれ、いざ1ヵ所突破された場合、そこに集まるのには距離が離れていることから時間を要するというデメリットがあるからだ。つまりは小さい方が守りやすいってことだ。
これをカバーしているのが恐ろしいことに地下の住人であるモグラ獣人たちである。
彼らによって中央から伸びる通路が出来ており、雑多な建造物を越えずに中央に集まりやすく直線経路が繋がれているため、もし侵入された場合はこの通路をつかって各地域に集まりやすくしているのである。
そしてなにより、ロベルのオッチャンによると、二重の掘まであることが一番の凄さなのだとか。
「今まで魔獣と戦いながら狩猟までしていたんだぞ? もともと戦うことに慣れている屈強な俺たちが住んでいる上にここまで堅牢だ。下手な要塞よりすごいぞ」
「えっ、そうなの?」
「……俺は堀を作らせた辺りで防衛や要塞に使うもんだと思ってたぞ?」
「魔獣に襲われないようにと思って……」
「イラクサも?」
「空を飛ぶ魔獣がいるって聞いて……」
「城の図案も?」
「迎撃に使えるかと思って……」
「過剰防衛だが、実際に使えているのだから問題ないな。ガーッハッハッハッハッ!」
現に定期的にアランたちに襲われているが、そのたびにロベルのオッチャンたちはヤレヤレとばかりに迎撃しているのだそうだ。
「あのぉ、なんか必要なものある?」
「いやあ、ねぇな!」
ガハハ!と笑ったオッチャンは物見櫓の居心地を良くするために、椅子とテーブルを作っていた。俺がいま座ってる椅子がそれらしい。暇なんか。
ハラハラしていることが馬鹿らしくなるほどいつも通りの日常に、俺は勝手に心配して針や消毒液、包帯を大量に置いた。
村には炉が無いので、この村にある剣は基本的に外から購入したものだ。
弓矢は矢じりこそ石だが長年魔獣と戦い、狩猟をしてきたこちらの修練度は高く、犬族による度重なる進行を歯牙にもかけずにいる。
そして、俺のいる冬季休暇の末になって、ようやくロベルのオッチャンが停戦に漕ぎ着けた。
「どうやって停戦させたの?」
「ンー?」
ハイパーエリート貴族だったロベルのオッチャンに聞くと、停戦協定の書類から顔を上げてニヤリと笑った。
「まずは、この国に助けを求めた」
「ええっ!? そんなの助けてくれるわけないじゃん! ……もしかして強力な助っ人が王都にいるの?」
居るわけないだろう、とロベルのオッチャンは肩を竦めた。
白髪ばかりになった顎髭をなぞりながら、オッチャンは俺が持ち込んだ将棋盤を取り出して王の駒を置いた。
「我々が擁立していたのは亡くなった王子であり、現王室は対抗勢力であった者だ。俺たちを助けるわけがない。それどころか討伐されかねん。しかし、自分たちで兵を立て、ここまで攻めるには面倒だ。……どうしてだと思う?」
「……遠い、から?」
「それもある」
「人が死ぬし、時間もかかる」
「それもある」
「犬族と強力するのが嫌だとか」
「それもある」
「……ウーン」
「なかなか良いところまで行ったな」
ガシガシと頭を撫でた後、オッチャンは王の駒の周りに様々な駒を置いていく。対面にも駒を配置すると、今からでも将棋が打てるようになった。
ここに、チェスの駒が置かれた。
「足りない要素は二つだ。一つは対抗勢力であった俺たちは放逐されただけであって討伐するには理由が少なく、無理に進めると民からの信用を失いかねないことだ。俺たちはこの土地に根付き、行商人としてこの辺境にさまざまなものを流通させてきた」
塩やハーブ、保存食、香水に始まり、薬なども取り扱っており、辺境とは思えない経済流動を起こしていた。
この土地はもちろん、周辺の領主とも独自に交流しており、やり手の商人として認知されている。国の北部にあり、国家の手が届かない場所の公共事業にシレッと紛れ込んでいたり、必要な食糧を供給していたロベルのオッチャンたちを討伐するとあっては、国境沿いを守る役割を担っているすべての領主が納得しないだろう。
「そして二つ目。これが一番でかい」
「なに?」
「金だよ」
はあ? と、眉をひそめた俺に、オッチャンは笑った。
軍を送る。兵を挙げて討伐する。
言うは簡単だが、やるには大層金がかかる。
「一人が1日に食う飯はどのくらいだと思う? 水の消費量は? 薬や包帯はどうする? 滞在する土地には負担をかけるだろう。その交渉は? かわりになにを提供する? 兵が死ねば慰労として遺族年金を出さねばならん。毎月毎月、何年も。それが何十、何百と兵を動かすとして、いったいいくらかかると思う?」
「うわぁ……」
おそらくとんでもない金額になることは間違いない。素人の俺でも想像するだけで気が狂いそうだ。
信じられないほどの作業と工程を経た上に大金をかける。
ではその財源はどこから来るのかという話になる。王家が節制するのか。ロベルのオッチャンたちを殺すためだけに節制などするわけがないだろう。
では税を課すのか。それこそ民から不満が溜まる。
最終的には、やるよりもやらない方が良いという結末に陥るのだ。
ロベルのオッチャンはそこまで話すと王だけを置いて敵陣の将棋の駒をすべて払いのけた。盤上には、最早チェスの駒と、万全な自陣しかいない。
「我らが敬愛すべき国王陛下はこうおっしゃった。俺たちの村……イバラ城を迷いの森ごと自治区と認める。しかし、自治区である貴殿らに国家としての助力は必要ではない、と」
「あー…、なる、ほど…」
国にとってはロベルのオッチャンたちが勝手に作っている土地だとした方が楽だった。犬族に説明するにしても、各国の見え方としても、民への説明にしても、自治区すればあらゆる衝突を避けられる。
おまけに、大した資源もない迷いの森はもともと渡してもかまわない土地だ。国家としては、迷いの森を渡すだけで犬族が邪魔な俺たちごと引き潰してくれるなら願ってもないことだ。なんせ、軍の金も人的資源も、すべて大嫌いな犬族が払うのだから。
「なんかやだなぁ」
「なんかやだ、という感覚は大事な感性だ。しかし、これが政治なんだ。そして実際には俺たちが勝ったんだからな」
停戦協定の羊皮紙を掲げたロベルのオッチャンが、その羊皮紙でチェスの駒を盤上から叩き落とした。
「隊を率いて制圧するんだと息巻いていた小僧には良い教訓になったろう。莫大な金を投じて何度も何度も遠征しては攻めきれずにおめおめ帰った。いよいよ犬の国家もアラン王子の暴走は無視できない金額になったんだろうよ」
ニヤニヤと嗤ったロベルのオッチャンは、めちゃくちゃ悪い顔をしていた。
普段は日に焼けた田舎の農夫みたいなのに、こういうときは本当にハイパースーパーエリート貴族になるのだった。




