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「家も作ろう。金ならある。私は狼族の直系だ。力も強い」
真剣な言葉に改めて頭を抱える。
村を探し出したアランの気力と根性は称賛するが、ここはロベルのオッチャンたちが隠れる村だ。色恋で浮かれたからといって隠匿された土地を暴かれてしまっては、困るのだ。
オマケにアランはよりにって猫系とは反りが合わない犬族のを束ねる長の子らしい。ゴリゴリの権力者だ。
国境沿いにあるこの村を知られ、向こうに情報が行くのは困るのだ。
ましてや、ここは国から追放されている。国家の庇護のない棄民による村だ。
彼らの邪魔なるようなことを、俺が引き起こしてしまった罪悪感にジクジクと胃が傷んだ。
「…………」
「大丈夫か?」
「……そもそも、ここをなんで探したの? 詮索しないってお願いしたじゃん」
「明日会おうと言ったのに、来ないからだ」
「いつ来れるか分からないって、俺言ったよね!?」
なんなんだこの人!
怒る俺を眩しいものでも見るように眼を細めたアランに、俺はガックリと肩を落とした。
「中に入れてくれとは言わない。だが……」
「もう話すことは無いよ。俺はアランと結婚するつもりはないし、一緒に住むつもりもない。子供は他の人と作るか、ら……ッ」
そこまで言って、手首に鋭い痛みが走る。
アランの手に手首を掴まれ、物凄い力で握りこまれる。痛みに呻く俺を、鋭い眼光が貫いていた。
「おまえっ! 坊っちゃんの手を離せ!」
ロベルのオッチャンは青ざめ、慌ててアランの手をはずそうとする。強い力で掴んでいるせいで離れないアランに、ロベルのオッチャンは深い溜め息をついて肩をすくめた。
「は、はなして」
「ダメだ。私以外と子作りするなど、到底許せない」
「やめろっ!」
暗い翡翠が怪しく光る。ゾクリとしたものが背筋を駆け昇った。
ロベルのオッチャンが咄嗟にアランの顔を殴り付け、衝撃で一瞬手が弛んだのを見計らって外した。バッと離れてロベルのオッチャンの後ろに回り込んだ。
警戒するように睨むと、アランは悲しそうな顔をして俺を見詰めた。
「もう、来るなよ」
「いやだ」
「来るなってば!」
引き絞るような切ない声に、罪悪感が募るが、俺だって譲れないものがある。
俺はこの異世界での生活をどこか他人事として見ていたのかもしれない。逃避、非日常、ゲーム、優越感。そういうものに突き動かされていたのではないか。
だから、彼の眼にこんなにも怯えるのかもしれない。
「……また、来るから」
振り切るように視線を外した俺を庇い、ロベルのオッチャンは出ていけと繰り返してアランを追い出した。
小さくなっていく背中に、ようやく詰めていた息が出ていく。
「……坊っちゃん、しばらく来ない方が良いかもしれん」
「でも……」
「来たとしても、アイツには会わん方が良い。犬族はこれだから嫌なんだ。猫と蛇とキツネは呪うが、犬は食らいついて離さない。一度噛みつかれたら逃げるしかないんだ」
「でも、もしも村が……」
「坊っちゃん」
肩を叩かれる。
出会った時よりずっと白髪が増えたロベルのオッチャンが、笑みを作って微笑んだ。
「大丈夫だ」
俺は、力なく頷いた。
***
島に戻ってからも、まんじりとしない時間を過ごした。
始まったばかりの冬季休暇は、いやに落ち着かない。布団に入っては寝付けずに寝返りばかりを打っていた。
「……おはよー」
「あら、坊っちゃん、おはよう」
「坊っちゃん、おはよう」
「あ、え、うん、おはよ」
いつも通りの皆に面食らって、つい、どもる。
そわそわしていたが、あれからアランのことがどうなったのかを聞くことはなく、その日は日常を謳歌した。
子供たちに勉強を教えたり、天体の本を読み聞かせたりした。
「アルコールでは成功しましたが、例の青カビはまだ研究中です」
「ヤタエ医師によってかなりの進捗がみられますが、まだ安定しませんね」
「データの数値化にはまだまだ定義化が難しいですねぇ」
ロベルのオッチャンがいるかと思って診療所を覗くと、ヤタエ医師とその教え子たちが集まっていた。
他の建物よりも石造りでしっかりしているのは、ここに多くの薬品が保管されており、その薬品の多くが陶器や瓶に詰められているからだ。陽射しを避け、冷暗所になるため、夏でも涼しい石造りの診療所は三つの空間に区切られている。
一つは治療台の置かれた診察室、そして薬品を保存する薬品室。最後はこの研究室だ。
ここでは人体や医療、薬品の成分抽出について日夜議論が行われ、研究が進められている。
ネット通販で手に入れたフラスコを寄贈した時などはヤタエ医師を筆頭にずいぶんと盛り上がり、抽出に大きく役立った。
実験的に村で出来た酒を抽出すると、見事にアルコール度数の引き上げに成功した。蒸留出来ることで長期保存を可能し、消毒にも活用出来るとして、蒸留された酒は樽での保存が決まった。これによって薬剤の精製は一気に進んだのだった。
診療所を出て村を歩く。
村の開発はかなり進み、門扉が築かれ、新しく作られた塀には弓窓が作られていた。塀に作られた小さな窓から、弓を射るのだ。
上を見上げると、空からの侵入に警戒し、物見櫓には獣人が常駐するようになっているのがわかる。
「地下の穴が増えてる……?」
モグラ獣人が地下に複数の通路を作っているのだろう。覗き込むとモグラ獣人のゲンと会った。
他にも数人の大工が居て、頭を傾げる。
「よう、坊っちゃん!」
「なにしてるの?」
「地下帝国を築いているのだ!」
ムンッと胸を張るモグラ獣人のゲンに、大工たちも楽しそうに笑った。
地上の獣人たちでも通行出来るように、大工は地下に木材や石材を持ち込み、通路を覆って補強しているのだという。
複雑な地下は、ここを最初に作り始めたモグラ獣人のゲンでないと全体像を把握できない。
彼らによると村に数人いるモグラ獣人の中でもゲンでない限り分からない通路があるのだとか。上に建物や獣人が生活しているため、そこを支えなければならない為、好き勝手掘れる訳ではない。それくらい地下という場所は難しいので、ますますゲンにしか手をつけられない場所になるのだそうだ。
ましてや他の土地からモグラ獣人が来て掘り始めても、決して上手く浸入できないと自信満々であった。
理由は簡単だ。重要な通路は石材で補強されて、別のルートを通ると糞尿の沼に当たるからだ。
この村は排泄物を廃棄する場所もモグラ獣人のゲンによって決められている。井戸に繋がる水脈などに触れず、けれど安全にと作られた地下経路はゲンによる傑作だ。
働き方改革がされるほど過酷労働していたくらいには、ウチのモグラ獣人は凄まじいやり手なのだった。
***
ロベルのオッチャンに会えずに日本時間では数日が過ぎた。
村ではかなりの日数が経過していたのだろう。俺が出入りする泉はとうとう建物に覆われることになっていた。
外の様子を窺えるように申し訳程度の窓がひとつあるだけの小さな小屋は周囲をレンガでぐるりと囲み、上から土を被せられてブラックベリー、檸檬、タラの木、山椒などのトゲのある樹木が植えられていた。
水源としても貴重な資源であるため、水路は一段下げた床に埋められ、各地域に流れるように設備されている。
気づいた頃には小屋の扉も内側から閂によって施錠されるようにされていた。扉自体は引戸で、外からソコを見たら小屋とは思えない様子になっていた。慎重に開ければ怪我はしないものの、外からは分かりにくいように偽装されていた。
物々しい空気はいよいよ本格化し、とうとうロベルのオッチャンは行商人に扮して長旅をすることもなくなっていた。ロベルのオッチャンは歳だからと言っていたが、マイクやドジャーも出掛けることはなかった。
「……オッチャン、そろそろ教えてくれても良いんじゃない? 外はどうなっているの?」
「ん? ああ、犬族とうちの国が迷いの森をめぐって冷戦状態になっているんだ」
「…………ッ!」
覚悟していたものより大きな影響に、俺は驚愕した。
自分がなにか恐ろしいものの引き金を引いてしまったことに気付き、皮膚が粟立つ。青ざめてその場にへたり込むと、ロベルのオッチャンがあわてて椅子に座らせた。
「犬族の国にとっても、猫族のうちの国にとっても、迷いの森は使用用途がない上にろくに資源もない土地だ。とはいえ、ソリの合わん犬族に欲しいからと言ってみすみすくれてやるつもりもないだろう」
「それで、……冷戦?」
「外交上は、だな。実際にはアランが隊を率いてこの土地に何度も侵入している」
「そんな……」
猫系獣人たちの長がこの国の王であるように、犬族の長というのは王だ。アランが王子であり、俺を求めているということは、すなわち、……そういうことだったのだ。
俺が、この事件を引き起こした。
「あちらさんは迷いの森を何度か探索している。アランがいるから迷わずココに着くからな。何度か村に入ろうとしていた」
「……っ」
「まあ、返り討ちにしているがな」
「……えっ?」
聞き間違いかと思ったが、本当にそうらしい。
悲壮感など欠片もなく、カラリと笑ったロベルのオッチャンは、外の掘による大きな防壁が役立っていると教えてくれた。
外堀には獰猛な水棲生物がいる上、そこを渡ることが出来る橋はこちらからしか操作出来ない上げ橋である。掘で一度は必ず止まらなければならない為、その瞬間をヤタエ医師によって精製された毒を塗られた弓矢を打たれる。
地下はモグラ獣人による完璧な迷路が築かれ、危なそうな地下経路は石でも補強されており、残るは空からの侵入だ。
鳥人による襲撃には手こずったが、各家にトゲのある植物が植えられていることから、鳥人が着陸できる場所は限られており、こちらも中々侵入出来ない。
おまけに、俺が防衛のためにと持ち込んだものはトゲのある植物の中でもイラクサで、刺さると激痛を伴う。ちなみに茹でると食える。
「うちは最近イバラ城なんて呼ばれてるんだぞ」
ロベルのオッチャンはからからと笑った。
あれ、俺たちの村ってもしかして、すごい……?




