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第94話:そっちがその気なら、やったろーやないかい!

 その日の夜。


 村に一つしかない小さなホテル兼食堂は、

完全に第48軍の兵士たちの酒場と化していた。


 傲慢な兵士たちの凄まじい威圧感に気圧され、

村の人間は恐ろしくて誰一人近寄ることができない。



 そんな惨状とは露知らず、

いつものように夕食を食べにやってきたシバとオトハ。


「なんや、これ?いつもと様子が違うで」


「えーー、そうなんですかーーー?

私、お腹が空いたから、先にお店に入りますねー」



 入り口で、シバが物々しい雰囲気に身構える一方、

オトハは呑気に、いつもの隅っこの席に座った。


 百戦錬磨、エリート揃いの第48軍の兵士たちにとって、

一般人のシバやオトハなどは、虫けらが紛れ込んできた程度の認識だ。


 彼らは2人など眼中に入らず、大声で酒を汲み交わし続けた。



「おい聞いたか?

明日、うちの軍とあの第89軍で模擬戦をやるらしいぞ!」


「ガハハ! 司令官殿も物好きだなぁ!

あんな落ちこぼれ最弱兵士どもに、俺たちが負けるわけがねえだろ!」


「適当に痛めつけて遊んでやればいいのさ。

どうせアイツら、まともな剣すら持ってねえんだからな!」


 シバもオトハの隣に座り、煙たい声を無視して、

ワインに口をつけ始めていた。


 だが、次の瞬間表情が曇る。



「だいたい、第89太陽系なんてのは

最弱の神や天使がいる出来損ないの世界だろ?

噂じゃ『まともな天使』すら一人もいねえって話じゃないか!」


「へえ、そんなところに落とされたのか?

つまり天使並みの魔力持ちすら存在しねえってことか。

なら俺たちでも簡単に捻り潰せるな! ギャハハハハ!」


(なんやてーー。ウチは確かに弱いが、

サクラちゃんたちを馬鹿にするのは、さすがに許せんな!)


 下品な爆笑を上げる兵士たち。

シバは冷ややかな怒りで目を細め、ソロバンを握りしめて立ち上がりかけた。



 ――だが、その時だった。


「あれ……? 今日は貸切なのか?」


 何も知らずに夕食を食べにやってきた、

第89軍の若い兵士が3人、食堂のドアを開けた。


「あぁ? なんだお前ら。今日は48軍の貸し切りだ!

最弱の第89軍は外で犬みたいに飯でも喰ってろ!」


「な……何だと!?」


「お前らのところのキルア司令官も、

今頃は俺たちのシリア様にへこへこ頭を下げて、

豪華な寝所を譲り渡してる最中だろうよ! 」


「無能で最悪な指揮官を持つと、部下も可哀想になぁ!」



 煽り立てる第48軍の兵士に対し、

第89軍の青年兵――ソトが、悔しさに震える声で言い放った。


「……俺たちのことを侮辱するのは構わん!

だが……キルア様を侮辱することだけは、絶対に許さん!!」


「ほう? 許せないなら、どうするんだぁ?」


 ギラギラとした意地の悪い笑みを浮かべ、

48軍の粗暴な兵士たちがわらわらとソトたちの周囲を取り囲む。



 その様子を遠目から見ていたシバの頭から、

先ほどの怒りがすーっと引き、代わりに「ヤバい」という冷や汗が吹き出した。


(あかん……あれはソトはんやないか!)


 ソトとは、この食堂で時折オトハやシバと同席し、

気さくに話しかけてくれる一般人にも心優しい兵士だった。


(あんな大群相手に……完全に逃げられへんで!)


「野郎、叩きのめせ!」


 先に剣を抜いたのは第48軍の兵士たちだった。


 ソトたちも必死で剣を構えたが、多勢に無勢。


 圧倒的な武力を前にあっという間に剣を叩き折られ、

無抵抗のまま大人数でボコボコに踏み荒らされてしまった。



「ガハハハハ! やっぱり最弱だ! お前らは外の泥水でもすすってろ!」


 ゴミのように食堂の外へ放り出されるソトたち3人。


 店内が再び下品な笑い声に包まれる隙を突き、

物陰に隠れていたオトハとシバがサッと外へ駆け寄った。


「大丈夫ですか!?」


「あ……オトハちゃん、シバさん……。

かっこ悪いところを見せちまったな……」


「カッコ悪いも何も!

ソトはん、腕が明後日の方向に折れてまっせ!

ほかの二人も意識が朦朧としてるやないか!」


「あはは……大丈夫だよ……って、い、痛てててて!」


「大丈夫なわけあるかい!

これ、病院行きでも治るのに何ヶ月かかるかわからんで!」


 痛みに顔を歪めるソトを見かね、シバがオトハに目配せをした。



「オトハちゃん。……ソトはんはウチらの友達や。直してあげよ」


「はい、シバさん! みなさん、これを食べてください!」


 オトハがカバンの中から取り出したのは、

表面が少し焦げ付いた何の変哲もない『デニッシュパン』だった。


「え? これを俺に……?

確かに腹は減ってるけど、大切な食糧じゃないのかい?」


「いいんです! また焼けばいいので!

それより早く食べてみてください!」


 オトハに押し切られ、

ソトが半信半疑でデニッシュを一口齧った。


「あ……これ、すっごく美味しい……!」


 ゴクリと飲み込んだ、その次の瞬間――。



 ――ふんわりと、ソトの全身が温かな聖なる光に包まれた。


「……え? あれ……!?」


 折れていた腕の骨がメリメリと音を立てて元通りに結合し、

全身の激痛と血腫が一瞬で消失していく。


「う、腕が動く……!?

さっきまでの痛みがウソみたいに消えた……!?」



 ひっくり返っていた残りの二人も目を丸くしている。


「ほら! お二人もオトハちゃんからデニッシュ受け取って、

早く頬張りなはれ!」


 慌ててデニッシュを口に詰め込む二人。


 同じように全身が眩しく光り輝いたかと思うと、

傷一つない完璧な状態でピンピンと立ち上がった。


「オトハちゃん……これ、超高級なポーションか何かかい!?」


「せやで! 特別な超高濃度ポーションを

練り込んで焼いたデニッシュや。次は気をつけるんやで?」


「そんな貴重なものを俺たちに……!

い、いくら支払えばいいんだ!?」


「せやなぁ……まあ今日のところは『おまけ』にしといたるわ。

その代わり、このことは絶対誰にも言ったらあかんで?

もうポーションはないから頼まれても困るさかいな!」


「分かった! 絶対に誰にも言わない!

……本当にありがとう!!」


 ソトたちは不思議そうに何度も自分の体を動かしながら、

深く感謝して去っていった。



 静まり返った夜道。


 月明かりの下で、シバがぽつりと呟いた。


「……こっちの世界も、えらいことになっとるなぁ。

ま、本来ならウチら一般人には関係ない話なんやけど……」


「でも……キルアさんやソトさんたち、可哀想です……」


 オトハがキュッと唇を噛み締める。



 シバはフッと不敵な笑みを浮かべ、

ソロバンをシャキンと鳴らした。


「せやな。……あの第48軍のやつら、ほんま胸糞悪いわ。

なぁオトハちゃん……ちょっとだけ『イタズラ』して、

あいつらコテンパンに凹ましてやらへんか?」


「はい! シバさんなら、絶対そう言うと思ってました!」


「わはは! バレてたか!

……よし、そうと決まれば作戦会議や! 部屋に戻るで!」


 二人は顔を見合わせてニヤリと笑うと、

明日の模擬戦に向けて、闇夜の中を足早に駆け出していくのだった。

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