第93話:武器さえあれば……
頭を抱えて座り込むキルアの元へ、
慌ただしく足音が近づいてきた。
「キルア様! 部下より急報が届いてございます!」
「……どうした?」
「本日1500、第48軍司令官・シリア様が、
我が陣営にお越しになるとのことです!」
「……そうか。もう、そんな時期か」
キルアは気まずそうな表情を浮かべた。
深々と溜め息をつくと、
いつもの冷静な官僚の顔つきへと戻った。
「どなたでっか? そのシリア様というお方は?」
様子を見ていたシバ(ユヅキ)が、
傍らに立つ副官に小声で尋ねた。
副官は悔しそうに歯噛みしながら答える。
「シリア様は……
キルア様の士官学校時代の同期にあたるお方だ。
学生時代、シリア様は成績でキルア様に
一度として勝つことができなかった。
……だが、侯爵家の次男という強大な血統ゆえ、
卒業後は最強の第48軍の司令官に任命されたのだ」
シリアはすでに3つの太陽系世界を攻め落とし、
順調に武功を重ねていた。
しかしそれは、シリア自身の指揮能力というよりも、
彼を支える優秀な副官たちと、補給に恵まれた
勇敢な下士官たちの軍功に過ぎない。
それにもかかわらず、シリアは事あるごとに
この最前線の辺境を訪れては、キルアに対して
露骨な自慢話とマウントを繰り返しているのだった。
「キルア様だって、十分な予算と自由に動かせる
正規軍さえいれば、太陽系の3つや4つなど楽々と……」
副官の説明を聞きながら、シバは複雑な心境だった。
(……まぁ、ウチらとしてはラッキーやったな。
そやけど、司令官はん、ちょっと可哀そうすぎるな)
「すまない、オトハさん、シバさん。
どうやら我が軍に招かれざる客が来るようだ。
また改めて、その『くじら』を見せてください」
「いいですよー! じゃあ、私たちはこれで失礼しますねー!」
空中へと浮遊し、優雅に去っていく3体のくじらを
見送りながら、キルアは固く拳を握りしめた。
(オトハさんが発明する常識外れの魔道具さえ揃えば……
我が第89軍とて……!)
刻限通り、豪華絢爛な装飾が施された
移動陣幕とともに、シリア司令官がやってきた。
「やあ、キルア! そろそろ第89太陽系も堕ちそうかい?
まさかとは思うが、君ほどの優秀な司令官が、
未だに敵の領地に踏み込めていない……なんてことはないよねぇ?」
嘲笑を浮かべて歩み寄るシリアの横から、
彼の副官ヒスが慇懃無礼に口を挟む。
「シリア様、それは少々失礼というものです。
いくら第89軍とはいえ、さすがに星の一つや二つくらいは
占領しておられましょう」
「いや……まだだ」
「ん? 今『まだ』と言ったのかい?」
「……軍備が十分に整うのを待っている段階だ」
「ハハハ! 軍備が整うのを待っている、だって!?
それ、500年前にも全く同じことを言っていなかったかい?」
シリアは腹を抱えて大笑いした。
「私もそうだが、同期の司令官たちも500年あれば、
最低1つは、太陽系を手中に収めているというのに」
「……。」
「そんなことでは、
優秀な兵士たちも鈍ってしまうんじゃないのか?」
「……いや、シリア。それはない。
兵の訓練だけは、片刻も怠りなくこなしている」
「ほう? だが、実戦のない訓練など退屈だろう。
……おや、そうだ! ヒス、
確か今回は我が軍の小隊をいくつか連れてきていたね?」
「はい、シリア様。護衛の近衛兵団のほかに、
最前線から猛者揃いの小隊を5つほど連れてきております」
「よし! それじゃあキルア、
君の軍の士気を上げてあげるために、
ここで我が軍と『模擬戦』を行おうじゃないか!」
「なっ……! シリア様、
それは……! 我が軍にはろくな武器すら……!」
傍らの副官が叫びかけたが、キルアは手でそれを制した。
「……分かった。模擬戦を受け入れよう」
連戦連勝を誇る第48軍と、
ろくな装備すら支給されていない第89軍。
武器の性能も数も違いすぎる。
同じ実力であったとしても、
大人と子供ほどの戦力差が出るのは明白だった。
だが、ここで断れば、シリアは
「第89軍は恐れをなして逃げ出した」
と本国中に吹聴するだろう。
そうなれば、今後の軍の予算申請や運営において、
さらに破滅的な不利益を被ることになるのだ。
「よろしい! では明朝0900、
場所は第89軍のメイン訓練場だ。
君の軍がどこまで食い下がれるか、
楽しみにさせてもらうよ。……ハハハハハ!」
キルアの屈辱に満ちた表情を心底楽しそうに眺めると、
シリアは高笑いしながら執務室を去っていった。
その後ろを、屈強な近衛兵たちと副官のヒスが、
ニヤニヤと蔑みの笑みを浮かべながらついて行く。
「……武器さえ……武器さえあれば……!」
静まり返った執務室で、残されたキルアはポツリと、
悔しさに震える呟きを漏らすのだった。




