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第90話:試作機一号、爆走す

――幽霊船騒動から、時間を遡ること24時間前。



 村の外れにある破れ鍛冶屋の敷地でロクが

悲鳴に似た声を挙げた。


「オトハ、本当にこの壁の絵通りに作らなきゃダメか……?」


 頭を抱えるロク爺に、オトハは満面の笑みで答える。


「はい、親方!

やっぱり『空を飛ぶ』と言ったら、くじらちゃんです!」


「いやいや……くじらってぇのは、海の中を泳ぐもんだろ」


「えーー? 私が見た夢の中では、すいすい飛んでましたよー?」


「お前の夢はどうか知らんがな、世界の常識では泳ぐんだよ!」


「そうなんですか、シバさん?」



 助けを求められたシバ(ユヅキ)は、

ソロバンを叩きながらフッと目を細めた。



(あぁ……それは前にサクラちゃんから聞いたことある。

くじらのイラストが入った『飛行機』っちゅうやっちゃな。


オトハちゃん、夢でサクラちゃんの記憶の欠片を見たんやろ)



「ねぇ、シバさん。くじらちゃんは空を飛びますよね?」


「まあ……見方によっては飛ばんこともないな。

そもそも海の中を『飛んでいる』ようにも見えるしな」


「ほら~~っ!

親方、驚かさないでくださいよ~、えへへ!」


「おいおい、シバまで適当なこと言うなよ……」


 ロク爺が呆れて壁のくじらを一瞥する。



(それにしても、ケッタイな娘やで。


 前は子猫のイラストをつけた空飛ぶ円盤を作るし、

今度はくじらの巨大な飛行機かいな)



「ところでオトハちゃん、

このくじら、一体どうやって飛ぶんや?」


「ふふん! シバさん、良い質問です。

くじらちゃんの好物は『スルメ』なんです!」


「「 ……スルメ? 」」


「はい! このスルメをあげると、喜んで空を飛ぶはずです!

早速ですが、試作品があるので飛んでもらいましょう!」


 そう言うと、オトハは作業場に増設された

ドックへとトコトコ歩いて行った。


 そこに横たわっていたのは――全長20メートルほどもある、

くじらのイラストがデカデカと描かれた巨大な『箱舟』だった。



(この飛行機、サクラちゃんから聞いてた

『羽』っちゅうもんがついてへんな……。


 子猫の円盤、にゃーちゃんとも何かが違う)



 シバが商品価値を見るように、鋭い視線を送る。


「親方、見ててくださいね! 空飛ぶ実験をお見せします!」


 オトハが、持参したスルメを、

箱舟に描かれたくじらの口元へと近づけた。


 すると――。


『おいおい、姉ちゃん。美味そうなもの持ってるじゃねえか』



「「 うわあああ!? 」」


 ロク爺とシバが同時に叫んだ。


 なんと、箱舟の木壁に描かれたイラストが

アニメーションのようにぬるぬる動き出し、

ガラの悪い声で喋り出したのだ!


「あ、おはようございます、くじらちゃん!

ちょっと実験で空を飛んでもらいたいんですけど、いいですか?」


 オトハがスルメをくじらの口元でひらひらさせる。


『ちょっと待て。

まさかスルメだけ食わせようってんじゃねえだろうな?』


「そうですよー?」


『お前、飲兵衛の気持ちがちっとも分かってねえな!

スルメと言えば、アレだろアレ!』


「醤油……ですか?」


『ダメだダメだ!

おい、そこの親父! お前なら分かるだろ!?』


 くじらのイラストがクルリと回転し、

作業場に佇むロク爺の方を向いてニヤリと笑った。



「な、な……絵が喋っとるぅ!?」


『当たり前だろ! おいらはこの娘っ子に命をもらったんだぜ。

生きてりゃ喋るに決まってんだろ!

それより親父、スルメに付き物の『アレ』を娘に教えてやってくれ!』


「あ、あぁ……すまん。オトハ、スルメと言えば……酒だろ」


『分かってんじゃねえか、べらぼうめ!

おうおう、酒を飲ませねえと、テコでも動かねえぞ!』



「……ずいぶん口の悪い魔道具やなー」


 シバは呆れながら、商売道具のボトルを取り出した。


「ほら、ここにワインがあるわ。飲みなはれ」


『おう、ありがとうよ、兄ちゃん!』


 次の瞬間、くじらがズズズ……と大きく息を吸い込み、

シバの持つワインとオトハのスルメを一気に吸い込んだ!



『うい~~~っ! たまらないねぇ、ヒック!

じゃあ一走り、飛んでくるかぁ!』


 ――ゴオオオオオオッ!!


 作業場の大きさを超える巨大な箱舟が、

凄まじい勢いで垂直離陸する!


 風圧で飛ばされまいと、オトハがロクにしがみついた。


 空中に浮かぶ、巨大なくじら。


 一気に浮いたかと思うと、

次には、フラフラと蛇行しながら飛び始めた!


「魔道具も酔っ払うんやな……」


 遠ざかる箱舟を見上げ、シバがポカンと呟く。

千鳥足ならぬ「千鳥飛行」で空を暴走する、くじらの箱舟。


 その前代未聞の姿こそが、各地で目撃され、

「幽霊船」として報告が上がっていったのである。



 ――そして、現在。


 キルアが執務を執る前線基地司令部の真上には、

合計「3体」のくじら箱舟が悠然と浮遊していた。


 よく見ると、箱舟の甲板にはそれぞれオトハ、

シバ、そしてロク爺が乗っている。


 オトハとシバは楽しそうに風を感じているが、

一番後ろのロク爺は顔色が紙のように真っ白になり、

生まれたての子鹿のように震えていた。


「「 たいちょーさーーん! 」」


 上空から、オトハが能天気に手を振っている。


 司令部の窓からその光景を見上げるキルアは、

開いた口が塞がらなかった。


( こんなに早く、空飛ぶ魔道具を作り上げたというのか!?

それも、一度に3体も……!!)


 キルアはワナワナと震える手で胸元を押さえ、確信した。


(やはり……あの娘は、神がこの地に遣わした

『真の天才』に違いない……!)

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